KAMの事例でコーポレートガバナンス

2020年から日本でも導入されるKAM(Key Audit Matter)。日本では「監査上の主要な検討事項」と呼ばれ、企業の監査における重点領域に関する情報が、監査報告書で報告されるようになる。この監査における重点領域は、いわゆるリスクアプローチによって決定されることから、KAMを理解するためには、リスクアプローチの理解が重要になる。グローバル企業の監査に長年携わってきた監査のプロフェッショナルが、KAMの事例を紹介しながら、社外取締役や監査役などガバナンス責任者、さらに投資家などの方々に、KAMを理解すれば何がわかるのか、そして何がわからないのかについて、できるだけ簡単な言葉で、わかりやすくアドバイスします。

上場企業のガバナンス責任者は、KAMをテコにして、監査法人の監査手続に対する理解を深め、企業のガバナンスを強化することができます。投資家は、KAMを理解することにより、アニュアルレポートによる企業の開示をさらに深く理解することができます。 監査における情報の非対称性を解消し、資本市場の健全化に貢献したい。そのためのブログです。

事業等のリスクの開示について (JALとANAの比較)

2020年3月期の有価証券報告書から、「企業内容等の開示に関する内閣府令」が全面適用され、企業の事業内容に関する記述情報の拡充が求められている。多くの企業ではまだ形式的な対応にとどまっているものの、従来より統合報告書で企業情報を積極的に開示している企業を中心に、グラフや図表などを積極的に活用するとともに、開示内容を充実させている。

開示内容を充実させることが、企業の収益性に直接つながるわけでは無いが、投資家からの投資を呼び込み、またガバナンスの強化につながることにより、資本市場の好循環につながってほしいと思っている。

有価証券報告書ので拡充が求められている記述情報のうち、「事業等のリスク」のセクションは、多くの企業では、これまでは「…可能性があります。」というリスク要因のみの記述に対して、「当社グループは…対応しておりますが…」という一文を付け加えるケースが多く、物足りなさを感じてしまう。ただ、一部の企業ではリスクの定義や、戦略との関連性、リスクへの対応策に関する記述を記載するようになってきており、このような先進的な事例が他の企業にも広まってほしいものである。

もちろん「事業等のリスク」の開示を拡充させることが、企業の業績アップにつながるわけでは無いが、十分な開示をしている企業は、事業リスクについて真剣に考えていると考えても良いと思うし、それによって、リスクが顕在化した場合の対応も変わってくるのではないだろうか。

今回のコロナ禍は、航空業界の業績に多大な影響を与えたわけであるが、JALとANAがこのリスクを事前にどこまで認識していたかを「事業等のリスク」の開示を感染症の発生前後で比較することにより検討してみたい。

JAL2020/32019/3の比較  (クリックして読んでください)
JAL
ANA2020/32019/3の比較 (クリックして読んでください)
ANA


両社とも感染症のリスクは把握していたものの、ANAの方が、新型インフルエンザ感染症リスクとして独立した項目で、より具体的な記載になっていることがわかった。ただ、他のリスクの開示も含めて「…可能性があります。」といったリスク要因の開示のみで、企業としてのリスク対応策などについては言及がなく、事業等のリスクの記述を見る限り、開示府令の全面適用の影響をあまり受けていない。

リスクへの対応として、実際のところ両社にどのような差があったかは分からないものの、今後、この顕在化したリスクへの対応で両社にどのような差が生じるかを見ていきたい。

今後は、先進的な記載を紹介していきたいと思う。

KAMの事例分析 - (オランダ)ノムラ・ヨーロッパ(4)

今回は、ノムラ・ヨーロッパの最後のKAM 「関係会社への貸付金および前払金の評価」を読んでいこう。

ノムラ・ヨーロッパの有価証券報告書はEDINETで参照できる。監査報告書付きの財務諸表が原文と日本語訳を読むことができるので、是非参照して欲しい。

まずは、監査人のリスク評価と、KAMとして識別した理由の説明である。
IFRS第9号にもとづく信用損失引当金の算定について簡単な説明から始まっている。

リスク

ノムラ・ヨーロッパファイナンスエヌブイは2018年4月1日よりIFRS第9号「金融商品」を適用している。IFRS第9号は信用リスクに係る減損の方法として予想信用損失に基づいた新たなモデルを制定している。信用引当金は、当初認識時以降、信用リスクが著しく増加していない限り、向こう12ヶ月のデフォルト確率に起因する予想信用損失に基づいている。なお、当初認識時以降、信用リスクが著しく増加している場合には、引当金は当該資産の予想残存期間におけるデフォルト確率に基づくこととなる。

IFRS第9号では、貸付金の信用損失引当金については、将来1年間にわたっての予想信用損失を引き当てること求めているが、当初認識後、信用損失が著しく増加した場合には、その貸付金の残存期間全体の予想信用損失を引き当てることを求めている。

次に、監査人がKAMと判断した理由である。

我々は、財務書類の注記 5において開示されている関係会社への貸付金および前払金を監査上 の主要な事項として認識している。その判断は、ローン・ポートフォリオの大きさとIFRS第9号の適用の本質的な複雑さ、および減損が損益計算書に重要な影響を及ぼす可能性に基づいている。

判断の理由は、ローンの金額が大きく減損損失が財務諸表に与える影響が大きいことと、IFRS第9号の適用に関する本質的な複雑さがを理由にKAMと判断したという説明である。これまでのKAMと同様に具体的な説明にはなっていない。経営者の判断による会計上の見積りであることからリスクが高いという判断がKAMとした主な理由だと思われる。

それでは、このリスクに対応する監査人の手続を理解しよう。

我々の監査アプ ローチ

我々は、減損のプロセスとモデルについての理解を得ることによって関係会社への貸付金および前払金の評価を検証した。我々は、予想信用損失を算定するために使用されているモデルの評価を内部の専門家の補助を得ながら行った。我々は、信用リスクの著しい増加を判定するための基準を検証し、内部の信用格付けの正確性をテストした。 我々は、内部の専門家の補助を得ながら将来の予測を含むデフォルトの確率の決定を評価した。

監査人は、内部統制の理解と評価のために、減損損失算定のプロセスと、モデルについて理解したという説明である。また、監査人は、モデルを理解するにあたって金融商品の専門家の補助を得たことが説明されている。
また、信用損失は、貸付金の信用格付ごとに見積もられるデフォルト確率に基づいて算定されることから、その信用格付けが正確であるかどうか、特に、信用リスクが著しく増加し、1年分の予想損失でなく残存期間全体の予想損失を計上する必要があるかどうかの判断について、その正確性を検証している。デフォルト確率の決定方法についても専門家の補助を得ながら評価したことが説明されている。

次に実証手続である。

さらに、我々は移行日および事業年度の終了日において減損引当金の計算を行った。 加えて、我々は関連する開示の正確性と網羅性をテストした。

IFRS第9号の適用開始への移行日と、監査対象事業年度末時点の減損損失引当金を監査人が独立的に計算を行い、会社の計上額を検証している。さらに関連する開示の正確性と網羅性のテストを行ったという説明である。

具体的な監査手続の概要としては、通常の手続である。KAMと判断したリスクの説明があまり具体的でないため、リスク対応手続としても具体的には記載されていない。このあたりは、ドイツ銀行のKAMと比較してもらえればと思う。

最後に監査人の主要な見解である。

重要な見解

我々は、実施した監査手続に基づき、関係会社への貸付金および前払金についての評価は適切であると認識している。 関係会社に対する貸付金および前受金に関する開示はEU-IFRSに定められている要件を満たし ている。

関係会社の貸付金および前受金の評価について、手続にもとづいて適切であったという説明である。また開示についてもIFRSの要件を満たしているという監査人の所見が示されている。


(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
ノムラ_KAM(3)

 ノムラ_KAM(3E)

KAMの事例分析 - (オランダ)ノムラ・ヨーロッパ(3)

今回は、2つ目のKAM 「純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債の評価」を読んでいこう。

ノムラ・ヨーロッパの有価証券報告書はEDINETで参照できる。監査報告書付きの財務諸表が原文と日本語訳を読むことができるので、是非参照して欲しい。

まずは、監査人のリスク評価と、KAMとして識別した理由の説明である。

リスク

ノムラ・ヨーロッパ・ファイナンス・エヌ・デイのポートフォリオは金融負債から構成されて おり、それらの価値は様々な価格評価モデルに基づいて算定される。これらの金融負債は市場で観察可能なインプット(主にレベル2) と市場で観察不能なインプット(主にレベル3) 両方のインプットを使用した価格評価モデルに基づいて算定される。

前回の記事で取り上げた一つ目のKAMはデリバティブの評価であったが、どちらもレベル2とレベル3の金融商品であることは同じである。
次にKAMとして識別した理由について読んでいこう。

我々は、財務書類の注記20において開示されている純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債の公正価値を監査上の主要な事項として認識している。その判断においては、貸借対照表全体および重要性に対する関する勘定残高の大きさ、および純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債に固有の見積りの本質的な複雑性に起因する、関係する純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債の評価を誤るリスクも考慮に入れている。

こちらも1つ目のデリバティブと同じである。金額が大きいことと、見積りが本質的に難しいということがKAMとした理由である。見積りにあたって、どのようなインプットが難しいといった具体的なリスクが書かれていないので、監査人の職業的専門家としてのリスク判断や特に注意を払った箇所に関する情報は含まれていないのは残念である。

上で参照されている注記20である。
純損益を通じて公正価値で測定されている金融負債が、非流動と流動に区分して開示されている。
IFRS第9号では、金融負債は原則として償却原価で評価されるが、金融負債を純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定することより、それらの金融負債を公正価値で測定し、公正価値の変動を純損益に計上することも許容されている。ただし、自己の信用の変動が、負債の公正価値に与える影響については、純損益でなく、包括利益に含めることになっている。

注記20(1)
注記20(2)


それではリスク対応手続についても読んでいこう。

我々の監査アプ ローチ

我々は、実施されている関連する内部統制をテストすることで、純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債の価格評価を検証した。さらに、我々は価格評価に使用されたインプットと独立に取得した市場レートとの比較や、内部の価格評価の専門家の補助を得ながら価格評価モデルを独立の立場から検証することを含む、価格評価の実証テストを実施した。

リスク対応手続としては、評価に関する内部統制をテストするとともに、価値評価を検証している。また、実証手続として、評価に使用されたインプットについては、市場レートと比較したり、評価モデルを専門家の助けを受けながら検証したことが説明されている。


手続の説明としては1つ目のKAMのデリバティブと同じである。レベル2やレベル3の金融商品のテストであれば、これらの手続は通常実施する手続である。具体的にリスクを説明していないため、デリバティブであろうと、金融負債であろうと、同じリスク対応手続となってしまっている。

繰り返しになってしまうが、こういった説明は監査を実施しなくても書ける内容であり、監査報告書の利用者にとって特に有用な情報とは思えないのである。


IFRS第9号の初度適用に関する手続について言及がなされている。

加えて、2018年4月1日時点での自己の信用リスクに関する評価調整を含むIFRS第9号「金融商品」の初度適用に際しての純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債についての指定と測定の正確性について検証した。

自己の信用リスクによる金融負債の価値の変動を包括利益に調整する会計処理について、初度適用にあたるため、特にその指定の範囲と測定の正確性を検証したことが説明されている。


最後は開示に関する手続である。

最後に、我々は開する開示の正確性と網羅性をテストした。

開示すべき金融負債がモレなく正確に開示されているかについてテストしたという説明である。


KAMの最後に、重要な見解が付されている。1っ目のKAMと同様に内容である。

重要な見解

我々は、実施した監査手続に基づき、純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債の評価は適切であると認識している。 純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債に関する開示はEU-IFRS に定められている要件を満たしている。

KAMの冒頭に説明されているように、これらは、手続の結果について説明したものであり、個別の監査意見ではない。手続の結果をKAMに含めるかどうかは強制ではないので、日本基準のKAMでもこのような見解が付されるかどうかは不明であるが、オランダの監査報告書であれば、通常含められるものである。


(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)

ノムラ_KAM(2-1)
ノムラ_KAM(2-2)

 ノムラ_KAM(2E)
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