KAMの事例でコーポレートガバナンス

2020年から日本でも導入されるKAM(Key Audit Matter)。日本では「監査上の主要な検討事項」と呼ばれ、企業の監査における重点領域に関する情報が、監査報告書で報告されるようになる。この監査における重点領域は、いわゆるリスクアプローチによって決定されることから、KAMを理解するためには、リスクアプローチの理解が重要になる。グローバル企業の監査に長年携わってきた監査のプロフェッショナルが、KAMの事例を紹介しながら、社外取締役や監査役などガバナンス責任者、さらに投資家などの方々に、KAMを理解すれば何がわかるのか、そして何がわからないのかについて、できるだけ簡単な言葉で、わかりやすくアドバイスします。

上場企業のガバナンス責任者は、KAMをテコにして、監査法人の監査手続に対する理解を深め、企業のガバナンスを強化することができます。投資家は、KAMを理解することにより、アニュアルレポートによる企業の開示をさらに深く理解することができます。 監査における情報の非対称性を解消し、資本市場の健全化に貢献したい。そのためのブログです。

KAMの事例分析 - (オランダ)トヨタモーターファイナンス(1)

日本の会社の海外子会社が日本で資金調達する場合、日本で有価証券報告書を提出することが求められる。その場合、日本の基準で監査された財務諸表でなく、海外現地で監査された財務諸表を、日本の基準で監査された財務諸表と同等のものとして提出することが認められている。

日本企業のKAMとしては、三菱ケミカルが任意で開示したものを取り上げたので、今回はEDINETから、日本企業の海外子会社のKAMを取り上げてみたい。

トヨタモーターファイナンスのオランダ子会社の英文および日本語訳の財務書類がEDINETで公開されており、その中にKAMが含まれている。また、監査報告書の中に重要性の基準値についての説明が含まれているので、ここから読んでいきたい。

日本の監査基準では、重要性の基準値のコンセプトについてガバナンス責任者とコミュニケーションすることが要求されているものの、オランダのように重要性の基準値を監査報告書に開示することは要求されていない。したがって、日本企業の監査における重要性の基準値が開示されることはまずないと思われる。

重要性 

61百万ユーロ (2018年3月31日現在:46百万ユーロ) 


適用したベンチマーク

2019年3月31日現在の総資産(流動資産及び非流動資産の合 計)の0.5% 


説明

私どもは、このベンチマークが会社の経営成績の最適な指標であると考えているため、総資産をベンチマークとして使用し た。会社発行の債券及び債務の保有者並びに会社の借入金の貸し手にとって最も関心がある事項は関係会社に対する貸付金の額であり、これが総資産のほとんどを占める。

私どもはまた、定性的理由から財務書類の利用者にとって重要であると私どもが判断した虚偽表示及 び/又は虚偽表示の可能性についても考慮した。


適用されるベンチマークは総資産であり、その0.5%を重要性の基準値としていることが説明されている。

これまで取り上げてきた上場企業の例では、税引前利益または、調整後税引前利益がベンチマークとして採用され、重要性の基準値はその5%という例が多かった。トヨタモーターファイナンスは、トヨタファイナンスの100%子会社で上場企業ではない。

トヨタモーターファイナンスは、現地で調達した資金をトヨタの関係会社に貸し付けていることから、財務書類の利用者として想定されるのはトヨタモーターファイナンスに対する資金の貸し手であり、その貸し手が最も関心があるのは、トヨタの現地関係会社に対する貸付金であり、それが総資産のほとんどを占めることが、総資産をベンチマークとした理由であることがわかる。

ベンチマークの選択としては違和感がないものの、なぜ0.5%で十分であるという点についての監査人としての説明が欲しいところである。

「定性的な理由から財務書類の利用者にとって重要であると私どもが判断した虚偽表示及び/又は虚偽表示の可能性についても考慮した。」とあるので、総資産の0.5%以下であれば、定性的な理由を考慮しても財務書類の利用者にとって重要でないという判断と思われる。

次に、僅少許容金額についての説明がある。ただし、手続実施上の重要性については説明されていない。 なお、重要性の基準値、手続実施上の重要性、さらに僅少許容金額の説明については、こちらの記事を参考にしてほしい。

私どもは取締役会と、監査において識別される3百万ユーロを超える虚偽表示及び当該金額より少額 でも定性的理由から報告しなければならないと私どもが判断した虚偽表示について取締役会に報告する ことを合意した。

僅少許容金額は、3百万ユーロであり、これを下回る金額の虚偽表示については、定性的な理由がない限り取締役会への報告に含めないことについて取締役会と合意したという説明である。僅少許容金額の目安としては、重要性の基準値の5%なので、重要性の基準値が61百万ユーロであれば、3百万ユーロは典型的なレベルと考えて良いであろう。

次にKAMの冒頭部分として、KAMについて説明がされている。

監査上の主要な事項

監査上の主要な事項とは、財務書類監査において、私ども職業的専門家としての判断により特に重要であると決定された事項をいう。前年と比較して、監査上の主要な事項に関するその他の変更はなかった。監査上の主要な事項は、すべての討議内容を総合的に反映したものではない。私どもは取締役会に 監査上の主要な事項を報告した。

これらの事項は、財務書類監査の過程及び監査意見の形成において全般的に対応した事項であり、私どもは、当該事項に対して個別の意見を表明しない。

「監査人の職業的専門家としての判断で特に重要であると決定した事項をいう」というのはKAMの定義である。また、「監査上の主要な事項は、すべての討議内容を総合的に反映したものではない。私どもは取締役会に 監査上の主要な事項を報告した。」という説明も、KAMであれば当然の内容である。
さらに、「これらの事項は、財務書類監査の過程および監査意見の形成において全般的に対応した事項であり、私どもは、当該事項に対して個別の意見を表明しない。」というのも、KAMが財務書類の利用者によって個別の監査意見と判断されないように付け加える定型文である。

一方で、「監査意見の形成において全般的に対応した事項であり、私どもは、当該事項に対して個別の意見を表明しない。」というのは、当期のKAMが前期と変更されていないという説明であり、この部分は、当期のKAMを理解するにあたって有用な情報である。

次回はKAMを読んでいこう。

監査報告書

重要性


Audit Report
 Materiality 

KAMの事例分析 - (仏)ルノー(4)

ルノーの四つ目、最後のKAMは、IFRS第9号に基づく、予想信用損失の計算について識別されたリスクである。

原文は、ルノーの2018 Registration Documentsに含まれている。また、EDINETにルノーの有価証券報告書が登録されており、そこに日本語翻訳が含まれている。

まずは、監査人のリスク評価、さらに監査人として、特に注意を払う必要がある重要な事項として識別した理由を読んでいこう。

新たなIFRS第9号の会計基準に基づく販売金融債権に係る予想信用損失の計算

識別されたリスク

ルノーの販売資金調達活動は、個人及び企業に対する専用オファー並びにディーラー・ネットワークの資金調達を通じてRCIバンクにより管理されている。 RCIバンクは顧客がその財務上の義務を果たせないことにより生じる損失のリスク をカバーする引当金を確保している。

2018年1月1日から、RCIバンクは、IFRS第9号「金融商品」を適用しているが、これは、予測モデルに基づいて引当金を見積もる新たな手法を定め、発生損失モデルに基づく減損モデルから予想信用損失に基づく予測モデルへと移行するものである。

IFRS第9号基準適用の影響は、連結財務諸表に対する注記2-A1に詳細が記載され ている。2018年1月1日現在の期首貸借対照表に対する影響は、-94百万ユーロにのぼる(RCIバンクからの-128百万ユーロを含む)。そのうち、-116百万ユーロ (-121百万ユーロのRCIバンクの寄与を含む)は、信用リスクの悪化に伴う減損計上(繰延税金を除く)によるものである。

上の説明で、参照されたいる注記2-A1の該当部分は以下のとおりである。
IFRS第9号適用の影響による、販売金融債権に係る減損の手法における変更の影響として-116百万ユーロが開示されている。

IFRS9(1)
IFRS9(2)

この-116百万ユーロの影響について、監査人が識別したリスクについて、監査人は以下のように説明している。

私どもは、ルノー・グループの貸借対照表の資産の部における顧客及びネット ワークの貸付額の大きさ、計算モデルにおける数々のパラメーター及び仮定の使用並びに予想信用損失を見積もる上で経営者による判断を用いることから、2018 年1月1日時点の本基準の初度適用及び2018年12月31日に終了する会計年度に対するその適用の実施が監査の主要な観点であると考える。

まず、RCIバンクの貸付金の金額が大きいこと、さらに計算モデルにパラメータが組み込まれていて、仮定を使用しながら信用損失を見積っており、経営者の判断が用いられていることがリスクだという説明である。2018年1月1日時点での初度適用と、2018年12月31日までのIFRS第9号の適用にリスクが識別されており、それがKAMであるというのが監査人の判断である。


それでは、監査人のリスク対応について読んでいこう。

私どもの監査対応

私どもの手続は主に以下を含む。

  • 重要な論点においてIFRS第9号の原則に準拠していることを確認すべく、モデル構築の際に使用する方法論的な原則の評価。 これらのモデルに適用されるか、又は過去の会計年度における実際の損失の事後レビュー(バック・テスト)に含まれる主要なパラメーター及び仮定の検証に関して確立されたガバナンスの評価。
  • 予想信用損失の計算に関わるプロセスの主要な内部統制、ITアプリケーショ ン、管理会計データの出力及びアプリケーション間のインターフェースの評価。
監査人はまず、モデル構築の方法論的な原則から評価している。さらに過去のパラメーターを事後レビュー(バックテスト)することにより精度を評価するとともに、仮定の検証のための社内にどのようなガバナンスが確立されているかを評価している。

さらに、IFRS第9号により導入された予想信用計算プロセスの内部統制をIT統制も含めてテストしていることが説明されている。

前回の繰延税金資産の回収可能性のKAMでは、監査人のテストの内容しか記載されていなかったが、企業のガバナンスや内部統制の評価についても言及されているのは、注目に値する。

次に、監査人が実施した手続であるが、まず顧客に対する信用リスクについて、以下のように説明されている。

顧客の信用範囲において

  • 顧客信用契約の典型的なサンプルを基準とする、対応する契約に係る「デフォルト可能性」及び「デフォルトにおける損失」パラメーターの妥当性の テスト及び評価。
  • 同じサンプルを基準とする、会計年度の期首及び期末の会計状態における「予想信用損失」 (ECL)の再計算。 
顧客向けの信用リスクについては、顧客信用契約からサンプルを抽出し、デフォルト確率やデフォルト時損失の妥当性をテストし、期首、期末時点のインプットで再計算することにより、計上されている予想信用損失が正確に計算されているかをチェックしている。

次に、ディーラー・ネットワークに対する信用リスクについて、監査人が実施した手続として以下のように説明されている。

ディーラー・ネットワークの信用範囲において

  • データ処理のテスト、対応する契約に係る「デフォルト可能性」及び「デフォルトにおける損失」パラメーターの妥当性の確認及び評価。
  • 当年期首の会計状態におけるフランスの範囲及び2018年12月31日現在の ディーラー・ネットワーク信用データの網羅性における「予想損失」の再計算。
  • 予想損失リスクの計算プロセスのなかで、データ処理のロジックや、インプットであるデフォルト確率やデフォルト時損失の妥当性を確認している。
  • 期首時点での予想損失の再計算およびデータの網羅性チェックをフランス国内およびディーラーネットワークについて実施している。

その他に実施した手続が以下のように説明されている。

  • とりわけマクロ経済要因のシナリオ、これらのシナリオの加重値及びリスク。
  • パラメーターに対するその影響の設定に使用される仮定における、(将来に関 する) ECL見積もりの予測部分の決定に使用される手法の評価。
  • 顧客及びディーラーに対する貸付並びに予想信用損失に対する減損の変化に係る分析的手続の実施。
  • 連結財務諸表に対する注記2-A1に記載される開示の妥当性の評価。
  • 予想損失モデルで考慮されているマクロ経済要因のシナリオに基づくリスクと、それぞれのシナリオがどのように加重されているかを評価している。経営者が、会計上の見積りの不確実性にどのように対応しているかが評価されている。
  • デフォルト確率などのパラメーターから、将来損失予測の算出までの手法について評価。
  • 顧客およびディーラーネットワークに対する貸付金残高と信用リスクの減損との関係について分析的手続。
  • 上の注記2-A1の開示の妥当性の評価。

専門家の利用について言及がないことや、内部統制の評価の結果、不備があったかどうかについての言及はないものの、前回の繰延税金資産のKAMに比べて、手続の内容が広範囲かつ詳細に説明されている。

このリスクが監査人にとっても特に重要なKAMであり、特別な検討を要するリスクとしても識別されているからであろう。単に説明が詳細だけでなく、実施された手続自体も詳細でよりリスクに対応できる手続であったことがわかる。

手続の結果については言及されていないなど、投資家にとっては少し物足りない部分もあるが、ガバナンス責任者については、上に説明されているそれぞれの手続について監査人とコミュニケーションすることにより、より監査人とリスク評価を共有し、リスクへの対応についても共通の認識を得ることも可能になると思われる。


KAM(4-1)
KAM(4-2)

KAM(4_E)
 

KAMの事例分析 - (仏)ルノー(3)

フランス納税グループの繰延税金資産の回収可能性

ルノーの三つ目のKAMは、繰延税金資産の回収可能性である。

原文は、ルノーの2018 Registration Documentsに含まれている。また、EDINETにルノーの有価証券報告書が登録されており、そこに日本語翻訳が含まれている。

それでは、監査人のリスク評価から読んでいこう。リスクの内容は繰延税金資産の評価である。178百万ユーロの繰延税金資産を回収するのに十分な課税所得を将来にわたって生み出せるどうかについての判断が監査上の主要な事項となっている。 
会計上の見積りに関するリスクであり、KAMとしては典型的なものの一つといえるであろう。

識別されたリスク
連結財務諸表に対する注記8-Bで示されるように、フランス連結納税グループに関 して、178百万ユーロの繰延税金資産純額がルノーの連結貸借対照表に計上されて いる。 かかる繰延税金資産の価値は、フランス納税グループの法人が、経営者の予想財務業績を達成する能力に依拠する。

この資産の回収可能性は、とりわけグループを構成する法人の繰越欠損金を使用する能力に関して、経営者に要求される判断の水準を考慮して、監査上の主要な事項である。



注記8-Bの内容であるが、注記の内容も、178百万ユーロの繰延税金資産が、収益項目からマイナス98百万ユーロ、その他の包括利益項目から276百万ユーロから構成されているという説明と、実効税率が2017年から上昇したのは、アルゼンチンやインドで発生した損失について繰延税金資産を認識しなかったことが理由であることが説明されている。特にリスクを示すような記述はない。

監査人が繰延税金資産の回収可能性について評価するにあたって、将来課税所得の十分性以外に、どういう点に注意をはらったかはわからない。

DTA(3)

次に、監査人のリスク対応を読んでいこう。

私どもの監査対応

識別されたリスクに対する私どもの監査対応は主に以下を含む。

・ フランス納税グループの予想財務成績と、取締役会で承認されたルノー・グループの中期計画の基礎となる主な仮定の整合性の評価。

・ 予算プロセスの信頼性を評価するための前期の予算と実際の実績の比較。

リスク対応手続には、内部統制の評価や、経営者が会計上の見積りの不確実性にどのように対応したかについての言及も含まれていない。税務専門家を利用したかどうかもわからない。

グループレベルの将来利益予測と、中期経営計画の整合性を評価したこと、前期の予算と実績を比較して、予算の信頼性を評価したことはわかるものの、手続の結果についての言及もなく、これまで読んできた、英国やオランダのKAMのような踏み込んだ記載はない。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
KAM(3-1)
KAM(3-2)


KAM(3_E)
 
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