スイスの製薬会社であるロシュのKAM分析の4回目である。

ロシュのアニュアルレポートは、Annual ReportとFinance Reportに分かれている。

Roche - Finance Report 2018
Roche - Annual Report 2018
監査報告書はFinance Reportの142頁から149頁に、8ページにわたって掲載されている。

ISA701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項のコミュニケーション」は、監査人が監査報告書に記載すべき内容については、監査人の職業的専門家としての判断に委ねているため、KAMへの監査上の対応として、監査報告書に記載されている内容は未だ定まっていない面が見られる。監査報告書の利用者が、リスクアプローチに基づくあるべき監査手続を理解した上で、理解できない部分について、監査人に質問し、株主などステークホルダーにも説明できるようになることが、監査の透明性を実現するために重要だと感じている。


今回は、5つのKAMのうち、4つ目、不確実な税務上のポジションに関するKAMについて解説したい。
(監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。)

グループは世界中の様々な税務管轄区域にわたって事業を展開しているため、製品、商品およびサービスのクロスボーダー移転価格に関する取り決めや、投資、投資の売却、およびライセンス契約の統合に関係する資金調達や取引関連の税務上の問題が、現地の税務当局によってしばしば調査の対象になることがあります。特にフォーカスされている領域には、移転価格の取り決めが含まれるグループの製造およびサプライチェーンに関連するものなどが含まれる。

課税上の問題は複雑、税金に関するテクニカルな知識、当局の考え方も理解しないといけない。特に移転価格については、各国の税務当局の利害も関係するため、その見積りは非常に複雑で判断を要する場合が多い。見積もっている人の能力が十分かどうかも重要である。

税金負債の金額が不確実である場合、グループはその管轄区域での既知の事実に基づいて、マネジメントの最善の見積りを反映した未払額を認識する。当グループは、潜在的影響の範囲が広範に及ぶような様々な未解決の税務上および移転価格について、税務当局との間で協議を行っている。 20181231日現在、グループが認識している、未払税金負債3,808百万スイスフランに、不確実な税務上のポジションに対する税金負債が含まれている。

注記5「法人所得税」の開示の抜粋である。脚注として、未払税金負債3,808百万スイスフランに、不確実な税務上のポジション(Uncertain tax position)が含まれていると書かれている。

ロシュtax

不確実な税務上のポジションの詳細については、以下を参照してください。

127頁(注記33、重要な会計方針)、46頁(注記1一般的な会計方針 - 主要な会計上の判断、見積りおよび仮定)および5557頁(注記5、法人所得税)

注記33、重要な会計方針のセクションの138頁に下の説明があるが、不確実性が税金負債の金額にどのように反映されているかは判断できない。

未払税金負債は、子会社の留保利益の将来の配当に対する源泉税に関するものであるが、予見できる将来に配当が見込まれる場合のみ認識されている。税金負債の金額が不確実である場合は、最終的な要支払額を、想定される特定状況とグループの過去の経験をベースとした、マネジメントの最善の見積り金額を未払法人税に含めて計上している。


ここから、KAMに対する監査人の対応であるが、不確実性について開示されている情報が限定的なことが、監査人の対応手続の記載にどのように影響しているかが気になるところである。

我々の監査手続には、税務部門の従業員への質問および関連会社のマネジメントを通じて、不確実な税務上のポジションの理解を得ることが含まれていた。我々は、税務当局とのやりとりに関連する文書をレビューし、税務上のエクスポージャーが検討され必要に応じて引当てがなされているかどうかを検証した。

まずリスク評価手続である。税務上の不確実性に関する問題は、通常非常に複雑である。税金に関するテクニカルな知識が要求されるとともに、複雑な状況が絡んでいることが多い。また各国の課税当局の考え方も理解する必要がある。

監査人は、企業の税務部門の担当者への質問や、海外グループ会社のマネジメントを通じて、税務上のポジションを理解したと説明している。また、個別の問題に関しては、サポート文書として、税務当局とのやり取りに関連する文書を入手し、レビューしたことがわかる。

一方で、企業の税務部門の担当者の能力は十分なのか、税務専門家を活用して、必要に応じて正式な見解を入手しているかなど、十分な検討を行う体制ができているのかについても言及がない。

税金負債の見積りにおいては、控除項目であるタックスベネフィットが識別され、それが税務当局に認められる可能性を判断が必要になる。タックスベネフィットをグループがもれなく識別し、その見積りにおいてどのように不確実性を考慮したのか、さらにその見積り結果がレビューされているのかなど、グループの内部統制について、監査人がどのように検討したのかが明確に記載されていない。

重要な事項については、現地の税務専門家のサポートを得て、税務当局との二重課税紛争や、未確定の税務調査の決着への見通しや、税務上のエクスポージャーの見積もりについて、マネジメントの判断を批判的に検討した。最も重要な不確実な税務ポジションについては、第三者による移転価格に関する研究調査や、可能な場合は、各管轄区域の税務当局との過去の経験を利用することも検討しました。さらに、我々は、我々の税務専門家の専門知識を利用して、マネジメントが行った主要な仮定の妥当性を評価し、その結果について最良の見積もりについて結論を下しました。

次に、KAMへ対応するリスク対応手続である。重要な不確実性のある税務ポジションについて、コンポーネント監査チームが税務専門家のサポートを受けながら、マネジメントの判断を批判的に検討したことがわかる。これは、実証手続によるリスク対応と思われが、内部統制テストとして、どのような内部統制を識別し、その有効性をテストしたかどうかについては明確に示されていない。

マネジメントが行った主要な仮定の妥当性を評価し、マネジメントの見積りについて結論を下したとあるが、重要な虚偽表示がないという判断を下すにあたっての十分かつ適切な証拠として何か得られたのかがわからない。

第三者による研究調査を利用することを検討したとあるが、実際に入手しているのかどうか、その検討結果がどうだったのかについては言及されていない。

我々の監査アプローチには、製品、商品及びサービスに適用される移転価格並びに知的財産権に関する、より重要な不確実な税務ポジションを検討するためにグループレベルで実施した追加の監査手続を含んでいる。

より重要な不確実な税務ポジションについては、コンポーネント監査チームによる批判的検討に加えて、グループ監査チームによるグループレベルの検討を行ったことがわかる。
なお、グループ監査についてはこちらを参照して欲しい。


最後に、統治責任者の立場で、監査人に対して追加的に質問したい内容についてまとめてみる。

<リスク評価>

  • 「特別な検討を必要とするリスク」を識別したのかどうか。
  • 不正リスクは識別したのか、識別した場合は、どういう不正シナリオを想定したのか。
  • 企業の税務部門の担当者の能力は十分なのか、税務専門家を活用して、必要に応じて正式な見解を入手しているかなど、十分な検討を行う体制ができているのか。
  • 税務専門家の能力はどのように評価したのか。
  • 税金負債の見積りにおいて、グループは、控除項目であるタックスベネフィットをもれなく識別し、その見積りにおいてどのように不確実性を考慮したのか。
  • 見積り結果のグループ内のレビュー体制や内部統制について監査人はどのように理解したのか。
<リスク対応>
内部統制
  • 重要なリスクに関連するとして識別された内部統制
  • 識別された内部統制の検証結果
実証手続
  • 重要な控除項目の内容、税務当局に容認される可能性の評価
  • 第三者による研究調査を利用することを検討したとあるが、実際に入手しているのかどうか、その検討結果がどうだったのかい。
  • 重要な虚偽表示がないという判断を下すにあたって入手された十分かつ適切な証拠は何か。
(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)

    ロシュ_KAM4