今回は、前回の記事で紹介したBT Group plcの Annual Report 2019に含まれている監査報告書で6つのKAMの1つ目、BT年金制度の退職給付債務および市場価値の無い投資の評価についての解説である。

監査報告書は、Annual Report 2019の101-106頁に6ページにわたって掲載されている。 グラフなどは使われておらず、ビジュアルにはほとんど気を使っていない。読んでいくとわかるのだが、監査手続について、非常に中身の濃い内容を何とかコンパクトにまとめるのに苦労していることが伝わってきて、非常に良い出来の記載になっている。KAM先進国のイギリスだからなのか、2019Annual Reportという直近の監査報告書だからなのか、それとも他の理由なのかはわからないが、さらに多くの会社のKAMを読んでいるうちにわかってくるのではないかと思っている。

監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。


KAMの記載の冒頭に、KAMのタイトルと、財務諸表項目および金額への参照、さらに、アニュアルレポート内の関連する記載への参照が記載されている。

BT年金制度(BTPS)における退職給付債務および市場価格の無い投資の評価

BTPS債務589億ポンド
監査およびリスク委員会報告書(69ページ)、注記20「会計方針-退職給付債務」(145ページ)および注記20「退職給付制度」(145ページ)を参照のこと。

注記20「退職給付債務」を読むとBTPSとは、BT Groupの運用する退職年金制度のうち最大のもので、確定給付制度であると説明されている。BTPSのPresent value of Liabilities (債務の現在価値)として58,855百万ポンドと開示されている。
BTPS

また、アニュアルレポート69ページの監査およびリスク委員会報告書を読むと、以下の記述がある。

2018年7月、グループは、2018年3月31日現在のIAS第19号に従った退職給付債務の会計上の評価において、独立した外部アクチュアリーによる計算上のエラーについて報告を受けたことを公表しました。 そのエラーは、人口統計上の前提を不適切に適用していることにより発生しました。

監査およびリスク委員会は、公表された財務諸表の修正再表示が必要か、Form 20-Fの2017/18の財務諸表の再提出が必要であるかどうか、さらにこのエラーがグループの「内部統制上の重大な欠陥(Material Weakness)であるかの検討を含め、マネジメントがこのエラーを、どのように理解し、批判的な検討を行うかにフォーカスした。さらに、委員会は、内部統制の強化におけるマネジメントの行動を監督し、以前に確認された「内部統制上の重大な欠陥 (Material Weakness)」に適切に対処するようにしました。 グループの業績の修正再表示に関する詳細は、118ページに記載されています。

BT Groupは、6つのKAMを重要性の高い順番に記載しているが、当初なぜこの退職給付債務や制度資産の評価に関するリスクが一番最初に記載されているのかがわからなかったが、上を読んで理解できた。

118ページに本件に関する修正再表示の説明があるが、退職年金債務の金額が476百万ポンド過少計上されていたとある。貸借対照表へのインパクトだけで、損益には影響はなかったものの、監査報告書に記載されている重要性の基準値115百万ポンドの4倍以上のエラーであり、「内部統制上の重大な欠陥(Material Weakness)」となったことが、このKAMが一番最初に来た理由ということである。
なお、BT Groupは米国SECに財務諸表(20-F)を提出しており、SOX404の内部統制監査も受けていることがわかる。重要性の大きい修正再表示のために、財務諸表を再提出した場合は、再提出が必要となるような重要なエラーを発見できなかったということを自ら証明してしまうため、「内部統制上の重大な欠陥(Material Weakness)」があったということもあわせて報告することになったと考えられる。企業にとって、非常に重大なことである。
BAE SystemsのKAMでも退職給付債務の評価がKAMとなっていたが、そこでも過年度のエラーが報告されていた。

次に、リスクの内容について退職給付債務と、制度で運用される資産の評価について、別々に説明されている。債務については、見積りに使われる仮定の感応度が高いこと、資産のリスクについては、特に観察可能な市場価格の無い投資の評価にリスクが高いことが説明されている。

BTPS債務の評価に使用される仮定、特にインフレ率、死亡率および割引率に関連する仮定のわずかな変更は、BTPSの正味年金債務に大きな影響を与える可能性があります。

 

BTPSは、市場価格が入手できない年金資産を保有しています。資産の価値を決定するにあたって、特に重要な判断が必要となるのは、観察可能な市場価格のない資産であり、いわゆるレベル3資産である。これらは合わせて保有年金制度資産総額の17%(90億ポンド)を占めています。中でも、特に重要な判断を必要とする年金資産のカテゴリーには、不動産、未公開株式、インフラ投資および長寿保険契約が含まれます。

 

こういったリスクの影響は、合理的な評価額の見積り結果が潜在的な変動であるが、その変動幅は財務諸表全体に対する我々の重要性を上回っている。注記20「退職給付制度」は、当グループが見積った債務に関する重要な仮定の感応度およびレベル3の年金資産の評価に関する不確実性を開示している。

さらに、このKAMの記載が秀逸であると筆者が感じる点であるが、このリスクがなぜ重要なのかという理由が定量的に説明されている。見積りの不確実性のリスクが、見積り結果の潜在的な変動幅であり、それが重要性の基準値を超えるかどうかで、重要な虚偽表示リスクの有無を判断していることが説明されている。会計上の見積りにおいて、不確実性に対するマネジメントの対処についての評価や、感応度分析をISAが監査人に求めているのは、まさにこのリスクの評価のためである。

また、下に説明されている、対応する監査手続の中での内部統制の評価や、感応度分析などの対応手続が、リスクに対応する手続であることがわかりやすくなっている。

対応する監査手続

年金制度債務に対する主な監査手続:

  • 内部統制のデザインと運用:BTPS退職給付債務の算定に用いられる仮定に対するプロセスと内部統制を評価する。
  • 仮定のベンチマーク:我々の数理計算の専門家のサポートを受けながら、退職給付債務の算定にあたって適用されるインフレ率、死亡率および割引率といった主な仮定を、内部または外部データと照らし合わせることにより批判的に検討する。

内部統制のデザインの評価、さらにその運用をテストしたことがわかる。マネジメントが、どのように仮定を決定し、その判断のレビューや計算チェックといった内部統制のデザインを評価することにより内部統制を理解している(リスク評価手続)。さらに運用のテストとして、レビューや計算チェックが有効に機能していることや、仮定に対する批判的検討を行っていることがわかる。特に仮定の批判的検討においては、専門家のサポートを得て、内部や外部データとベンチマークするなど、十分な手続を行っていることが理解できる記載になっている。(リスク対応手続としての内部統制手続)

 レベル3の制度資産に対する、主な監査手続:

  • 内部統制のデザインと運用:BTPS退職給付制度が保有する資産の評価に関するプロセスと内部統制を評価する。我々はこのテストにおいて、これらの内部統制にデザイン上の不備を識別しました。その結果、我々は詳細テストの範囲を当初予定されていたよりも拡大しました。

まずは、マネジメントによる資産の評価プロセスと内部統制を理解している。その過程で、内部統制上のデザイン上の不備を発見している。具体的な不備の内容は、ガバナンス責任者やマネジメントには報告されているはずである。
なお、内部統制の不備については、デザインの不備と、運用の不備があり、上の記載ではデザイン上の不備があったことが明記されている。監査上、デザイン上の不備は、内部統制の仕組みそのものの不備または欠陥であるため改善に時間を要する。運用上の不備は、内部統制の仕組みは問題ないものの、その実施者が、たまたま体調不良で見逃したなど、その運用面でのミスであり通常その改善にそれほど時間はかからない。それぞれの不備への対応方法は違うため、区別しておくことは重要である。

マネジメントによる資産の評価プロセスと内部統制のテストに続いて、次にレベル3資産のタイプごとに、実施した手続を記載している。

不動産およびインフラ投資
  • 評価者の信頼性評価:不動産投資とインフラ投資の独立的評価を担当するディレクターのバリュエーション専門家としての技量、能力および客観性を評価した。
  • 仮定のベンチマーク:我々のバリュエーション専門家に、評価に使われた仮定や前提のうち、特に公正価値の算定に特に感応度が高いものについて、外部の指標、比較可能の資産や市場慣行とベンチマークさせることより、第三者のバリュエーション専門業者の評価報告書を検討した。このベンチマークを使用して、適用された評価メソドロジーや主な仮定について、第三者のバリュエーション専門業者との直接のディスカッションを通じて批判的に検討した(不動産のみ)。
  • 期待値と実績の比較評価:第三者のバリュエーション専門業者が公正価値を評価する際によって使用した重要なデータインプットについてのトレンド分析(インフラ投資のみ)
  • 詳細テスト:第三者バリュエーション専門業者が使用した重要なインプットを不動産リース契約のサンプルに一致させた(不動産のみ)。

不動産の評価にあたっては、マネジメントが利用する専門家の能力と客観性の評価をしている。なお、客観性を評価するのは、専門家が、例えば、マネジメントからプレッシャーを受けてマネジメントにとって都合の良い評価をしていないかをチェックしているのである。 また、監査人の専門家が、マネジメントの専門家によるバリュエーションレポートを評価しているが、その仮定について評価額に対する感応度を考慮しながら、批判的検討を行っていることがよくわかる。さらに、監査人の専門家がマネジメントの専門家とディスカッションを行うなど、職業的専門家としての懐疑心が現れた記載になっている。さらに実証手続として、使用されたインプットが、契約書と一致していることをテストするという詳細テストを実施している。
インフラ投資については、マネジメントの専門家が使ったデータインプットのうち、重要なものについてトレンド分析を実施したことが書かれているものの、監査人が専門家を利用しなかった理由がよくわからない。金額的重要性を考慮したのかもしれない。

 未公開株:

  • 評価者の信頼性評価:プライベート・エクイティ・ファンドを担当するファンドマネジャーの技量、能力、および客観性を評価した。
  • 独立的な保証業務受託者により発行された内部統制報告書を入手し分析することにより、ファンドの内部統制環境を評価する。
  • 詳細テスト:第三者の投資運用会社からの確認書を入手し、プライベート・エクイティ・ファンドの最新の監査済み財務諸表を読み、過去の評価額を実績と比較し正確性を評価します。

次も、観察可能な市場価格の無い投資である未公開株の評価である。
マネジメントの専門家の代わりに、ファンドマネジャーの能力や客観性を評価している。ファンドマネジャーの評価にもとづく評価レポートをベースにマネジメントが評価しているからだと思われる。
さらに、投資運用会社から、内部統制報告書を入手していることが記載されていることは注目に値する。内部統制報告書とは、監査法人など独立したの保証業務受託者が、運用会社側のIT統制を含む内部統制を評価したものである。投資運用会社におけるトレーディング業務や決済業務などのプロセスに関する内部統制の有効性を評価したレポートである。投資運用会社の場合、多くの会社の投資業務のアウトソースを受けているので、委託者のために、このようなレポートを発行していると思われる。SOC1 レポート(Service Organization Control Type 1 Report)、とかSSAE16レポート、また日本では86号報告書ともよばれるものである。監査人は、このレポートを評価することにより、受託者側の内部統制を評価するのである。
さらにリスク対応手続としての実証テストとして、投資運用会社からの確認書や、投資先の財務諸表を入手し、過去の実績との比較などをおこなっている。

長寿保険契約:

  • 評価メソドロジーの選択:我々のバリュエーション専門家を関与させ、長寿スワップ評価における推奨実務ステートメントで明示された原則に照らして評価メソドロジーを批判的に検討した。
  • 仮定のベンチマーク:自社のバリシュエーション専門家に、死亡率、割引率および市場保険料率の仮定を内部および外部データと比較させるとともに、第三者バリュエーション業者が算定した長寿保険契約の評価額と比較するための、許容可能な評価変動幅を算定させた。上のベンチマークを使用して適用される評価メソドロジーおよび主要な仮定について、第三者の評価専門家直接のディスカッションを通じて批判的に検討した。

長寿保険契約は、確定給付債務の年金制度の場合に、加入者の平均余命が伸びることによるリスクをヘッジするためのものであると考えられる。制度資産の中では重要性が高く、さらに観察可能な市場価格がないため、KAMに含まれている。
監査人の専門家を関与させ、メソドロジーの選択の適切性について、批判的に検討したことが記載されている。それ以外は、不動産と同様に、監査人の専門家が、仮定のベンチマークテストと、感応度分析を行うとともに、マネジメントの専門家と直接ディスカッションすることにより、批判的検討を行っている。

 退職給付債務およびレベル3制度資産の両方に対する主な監査手続:

  • 透明性の評価:これらの仮定の退職給付(純)債務の評価額に対する感応度についての、グループの開示の適切性を検討。レベル3制度資産の評価に関連する不確実性に関するグループの開示の適切性を検討。

開示の適切性についての対応手続である。退職給付債務の評価額に関する感応度については、IAS19にしたがった開示の妥当性をテストしていると思われるが、IFRSへの準拠性については特に言及していないが、アニュアルレポートの145-154頁に10ページにわたって記載されている注記20「退職給付制度」を見れば、退職給付債務と、制度資産の両方について、不確実性に対する情報や感応度分析に関する開示が詳細に行われていることがわかる。

監査手続の結果

BTPS債務および市場価格のない投資の評価は許容できると考える。

最後に手続の結果を記載している。KAMの冒頭にあったように、KAMに対する別個の監査意見ではなく、KAMに対応して実施した手続の結果を示したものである。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文
BT_KAM1-1
BT_KAM1-2