引き続き、BT Group plcの Annual Report 2019監査報告事に記載されているKAMを読んでいこう。

6つのKAMの2つ目、グローバルサービスとエンタープライズのサービスラインの顧客との長期契約に関するリスクである。収益認識に関する会計上の見積りに関するリスクである。
監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

冒頭に、KAMのタイトルと、アニュアルレポート内の参照先が記載されている。

グローバルサービスとエンタープライズにおける顧客との長期契約

監査およびリスク委員会報告(69ページ)、財務情報の注記6「収益」(125ページ)、財務情報の注記17「営業債権およびその他の債権」(141ページ)および財務情報の注記19「引当金」(143ページ)を参照。

監査およびリスク委員会報告の中にSignificant issues considered in relation to the financial statements(アニュアルレポートの71ページ)が記載されておりその中に、重要な契約というSignificant issueが識別されている。

重要な契約

エンタプライズとグローバルサービス、エマージェンシー・サービス・ネットワーク(ESN)とEE Mobile Networkのそれぞれのサービスラインについてモニタリングした。マネジメントは、常時、重要な契約に対するBTのエクスポージャーをモニタリングし、監査およびリスク委員会に対して取引やオペレーションの状況、専用の契約資産の回収可能性の評価、契約の将来に向かっての業績予想と、損失引当金の必要性についてアップデートを行っている。

注記6には、IFRS15に基づく収益認識のポリシーが以下の主要なサービスライン毎に、履行義務とともに記載されている。さらに、契約資産(Contract asset)に関する会計方針について、以下のように説明されている。

対価の請求が可能となる前に、顧客にコントロールが移転した商品またはサービスを契約資産として認識します。これらの資産は、主に、携帯電話などであり、それらは、契約開始時に顧客に引き渡されるものの、対価は契約期間に応じて支払われる。このような契約資産は、支払いを受ける権利が確定し、請求を行ったときにたときに未収金に振替えられます。

注記17「引当金」には、契約に関する損失引当金について、以下のように説明されている。

「その他(引当金)」には、契約に関する損失引当金として25百万ポンド(2017/18:38百万ポンド)が含まれており、それは特定の契約に見込まれる損失の金額である。これらの引当金の過半は今後2年間で目的使用されると考えている。これらの契約が確定するまでの期間は短いものの、これらの契約から生じる将来の損失を見積もるにあたって使用される仮定に含まれる不確実性が重大な影響をもたらす可能性があります。一つの変数が変わっただけでは重要な損失が発生することはないものの、主要な複数の仮定が合わせて変わった場合は、重大な影響が生じる可能性があります。

次に、KAMのリスクについての説明である。

リスク

会計上の見積りが主観的であるリスク:

グローバルサービスおよびエンタープライズ事業部の顧客対応部門は、ノン・スタンダードな契約条件を含む大規模な契約や、将来的にはキャッシュインフローが見込まれるものの、複雑で、BTによる先行投資を必要とする移行プログラムを必要とするようなオーダーメイドの履行義務が含まれる長期顧客契約を締結します。

 

これらの契約期間にわたって認識される全体的な損益の見積りには、将来の収益と費用を予測する必要があるため、主観的評価の重要なリスクがあります。そのため、契約専用資産が回収可能かどうかの判断や、損失を被ると予想される契約に対する必要十分な引当金の計上には、高度な判断が必要です。

長期顧客契約の収益認識リスクというよりは、長期契約から将来発生する損失に対する引当金が網羅的に計上されていないリスクや先行投資で計上された契約専用資産の減損がタイムリーに計上されないリスクであることがわかる。そのためには、契約が契約期間全体を通じてどれだけの利益を出すかといった見積りか必要であり、その見積りが主観的に行われるリスクがあるということである。

我々は、こういった問題の影響について、リスク評価を行い、損失の発生が予測される契約に対する引当金の金額およびその網羅性、ならびに契約専用資産の回収可能性についての見積もりに不確実性が高く、その見積り結果の合理的な潜在的変動範囲が、我々の財務諸表全体の重要性の金額よりも大きいと判断した。

主観的な見積りに起因する不確実性のリスクについて、見積り結果の合理的な変動範囲が重要性の基準値を越える虚偽表示をもたらすリスクにつながるという、監査人のリスク評価が説明されている。

さらに、会計上の見積り以外のリスクとして、不正な仕訳入カによる不正リスクを識別している。

2019年3月31日売上高:長期契約の収益認識プロセスには、年間を通じて大量の仕訳を手動で処するプロセスが含まれます。これらの手動入力仕訳の量と金額は、収益が多額に操作されているかもしれないという固有のリスクであることから、長期契約上の収益認識の発生および金額に関して、収益を調整するために計上された手動入力仕訳による、重大な不正リスクを識別しました。

 ISA240は、不正リスク対応手続として、 経営者による 内部統制の無効化リスク を推定し、仕訳入力テストを実施することを要求している。監査人は、特に長期契約の収益に関連する仕訳のうち、手動入力仕訳について、不正リスクを認識している。通常の仕訳入力テストを実施する上で、このリスクを反映した手続を追加することを計画していると考えられる。

対応する監査手続:

我々の主要な監査手続は次のとおりです。

  •  内部統制のデザインと運用:
契約専用資産の回収可能性、損失が予測される契約に対する引当金の見積り、および長期契約の収益認識に関する不正リスクに関連するプロセスと内部統制を評価した。我々のテストは、これらの内部統制のデザインに不備を識別しました。その結果、我々は詳細なテストの範囲を当初予定されていた以上に拡大しました。

 KAMに対応する監査手続として、監査人が識別したリスクに対する内部統制のデザインと運用のテストを実施していることが記載されている。一般的にKAMに対応する手続のほとんどが、実証手続の説明になってしまっているケースが多いが、ここではリスクアプローチにしたがって、リスクに対する内部統制のデザインおよび運用のテストについても具体的な内容が記載されているところが注目に値する。さらにその手続きの結果として内部統制のデザインに不備を発見し、実証手続の範囲を拡大したことが記載されており、監査人のリスクアプローチの適用がよくわかる記載内容と言える。

  • 主要な契約について、契約専用資産の回収可能性および損失をもたらすと予測される契約に対する引当金の見積り:

損失のリスクが高い契約を特定するためのマネジメントのプロセスを評価するとともに、マネジメントが使用しているハイ・リスク・モデルへのインプットから抽出したサンプルをテストした。さらに、そのモデルに我々の独自の基準(定量的および定性的要因を含む)を適用することにより、損失を被るリスクが特に高い契約のサンプルを抽出した。損失を被るリスクが特に高い契約(損失が予測される契約に対する引当金、その他の引当金を含む)のサンプルについて実施した主要な手続は以下のとおりである。

内部統制テストの次に、契約専用資産の回収可能性および損失引当金の計上の網羅性について検討するための実証手続である。実証手続のデザインにあたって、まずマネジメントのリスク対応のプロセスを理解し、それをベースに監査人が独自に行ったリスク評価をサンプリングによる詳細テストのデザインに反映させていることがわかる。監査人は、マネジメントのプロセスや内部統制を十分に理解した上で、具体的に重要な虚偽表示リスクをイメージした上で、リスク対応手続をデザインしていることがわかる記載といえる。

  • 契約管理チームに対する質問:

業務担当者と財務担当者が混在する契約チームとのディスカッションを通して、契約の実績と履行状況について理解する。

リスクが高いとして抽出されたサンプルについて、監査チームが、企業の契約チームとディスカッションを行い、契約の実績や履行状況について理解している。監査手続の記載が具体的である。

  • 予想と結果:
収益およびコスト予測ついて、契約期間にわたっての業績予測のベースとなるコスト削減や予想される変動などの重要な仮定とともに、将来の予測を過去の実績と比較することによって、批判的検討を実施した。
ディスカッションで得られた、収益やコスト予測の情報、そのベースとなる施策や仮定について、過去の実績に照らして批判的に検討している。この検討については、インダストリーの専門家のサポートについては言及されていない。

  • 詳細テスト:
BTと顧客の間の契約文書を入手し、主要な履行義務と契約上の条項を契約リスク登録簿と比較する。リスク登録簿と契約上の義務とを比較し、契約間で共通のリスクをベンチマークすることによって、マネジメントがすべてのリスクを識別し、適切に評価しているかどうかについて批判的検討を実施した。
リスクに対応する実証手続として実施した詳細テストである。マネジメントが作成している契約リスクのリスク登録簿を、実際の契約文書と合わせている。さらに、契約間でのベンチマークを行うことにより、マネジメントのリスク認識の整合性をチェックしている。監査チームの批判的検討の内容が具体的に理解できる記載となっている。

  • 過去の正確性:
リスクの高い契約のサンプルについて、過去2年間の予算と実績の差異を評価した。我々は、この評価を我々の感応度分析に反映した。すなわち、特にリスクの高い契約として抽出した将来のキャッシュフロー予測に関する感応度分析に、過去の予算と実績の差異を反映した。さらにその結果をこれらの契約に関するマネジメントの主要な仮定に対する批判的検討に組み入れました。
過去の予算と実績の差異を評価し、予算実績差異を感応度分析として活用している。感応度分析の結果をベースにマネジメントの仮定に対する批判的検討を行っている。会計上の見積りの監査手続として、見積りの合理的な変動幅が重要性の基準値を上回らないことを一貫性をもって検討していることがよくわかる。

長期契約の収益認識プロセスに関連する不正リスクについては、以下の手順が含まれています。

  • 詳細テスト:
年度中に発行された請求書と、認識された収益が合っているか検討した。契約資産、契約債務および売掛金の年度末の貸借対照表上のポジションをサンプルベースでテストし、サポート証拠にトレースした。収益を計上している仕訳を分析し、予期しない勘定科目の組み合わせや通常でない仕訳入力を調査します。

さらに、不正対応手続として実施した仕訳入力テストの内容が説明されている。予期しない勘定科目の組み合わせや、通常でない仕訳を不正の兆候を示すものとして抽出し、それらをサポートとなるエビデンスにトレースすることにより、不正によるものでないことをテストしている。

 監査手続の結果

グローバルサービスとエンタープライズにおける長期的な顧客契約は許容可能と判断した。

これらの手続の結果が記載されている。ISAに準拠してリスクアプローチを適用し、要求される手続きを実施した結果である。内部統制のデザインに不備が見つかったものの、実証手続の範囲を拡大し、結果としてこれら長期的な顧客契約からは重要な虚偽表示はないと結論づけている。
この結論は、監査意見ではなく、あくまで手続きの結果を述べたものであるし、重要な虚偽表示リスクがないことを保証しているわけではない。特に、不正による虚偽表示リスクは、ISAに要求される手続きをすべて行ったとしても、発見できることが保証されているわけではないことは、職業的専門家としての責任としてすでに解説したとおりである。
それでも、上のKAMを読めば、監査人が職業的専門家としての責任を十分に果たしていることがわかるのではないだろうか。これが、リスクアプローチが監査人に求めていることであり、それを監査報告書に示すのがKAMの役割である。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文
BT_KAM2-1
BT_KAM2-2