財務諸表作成のために行われ、会計基準(IFRS)に準拠した見積りであることから、「会計上の見積り」と呼ばれ、監査において検証するのが特に難しいとされている。従い、監査人は監査にあたって特に注意を払うのでKAMとなりやすいのである。
「会計上の見積り」が難しいのは、二つの理由がある。一つは、見積りには、マネジメントの主観や恣意性が介入する余地が大きく、不正による虚偽表示リスクが高いということである。 もう一つは、見積り方法が複雑であったり、多くのデータを利用したり、専門的知識が必要であったりして、適切に行われていることを検証することが難しいという会計上の見積りに特有のリスクがある。そのため、「会計上の見積り」の監査手続を考えるには、特に、ISA240「財務諸表監査における不正」と、ISA540 「会計上の見積りの監査」を参照する必要がある。なお、ISA (International Standard of Auditing)とは国際監査基準であり、監査のグローバルスタンダードである。ほとんどすべての国がこのISAを自国の監査基準に取り入れている。
まずは、リスク評価手続により、「重要な虚偽表示リスク」と「特別な検討を必要とするリスク」を識別するが、不正リスクへの対応として下の手続が要求されている。
(ISA 240.32)
「会計上の見積り」には、内部統制が有効でないという前提のもと、マネジメントの見積りの偏向(バイアス)が、不正による虚偽表示リスクにつながっていないかどうかを判断するために以下の手続きを行わなければならない。
- 見積りにあたってのマネジメントの判断や仮定の一つ一つが合理的であるかだけでなく、全体として整合的でないため、全体として偏向が存在するリスクについても検討する。
- さらに、過去に遡って、マネジメントによる見積りが、実績と比較して、偏りがなかったかどうか、検討を行う。
また、会計上の見積りに特有のリスクへの対応として、下の手続が要求されている。
(ISA 540.08)
会計上の見積りについて、虚偽表示リスクを識別するために、以下について理解する必要がある。
会計上の見積りは、財務諸表作成のために行うことから、まず監査人はIFRSを理解しなくてはならない。
次に、マネジメントが、どういった場合に「会計上の見積り」が必要となるか、または過去の見積りの見直しが必要になると考えているのかについて質問することにより、マネジメントが見積りの必要となる取引や状況を的確に把握しているかどうか理解する。
さらに、マネジメントがどのように見積りを行っているか理解するために、以下の質問を行う。
- どうやって見積っているのか、また、どのようなモデルやデータを使っているのか
- 見積りが正しいことをチェックする企業内の体制や内部統制としてどういったものがあるのか
- 見積りにあたって専門家を活用したのか
- どういう仮定をおいて見積もったのか
- 見積り方法に変更はあったか、ある場合、その理由は
- 見積りに内在する不確実性について、マネジメントはどう考え、どう対処したのか
(ISA540.9)
監査人は当期のリスク評価のために、前年度の見積りが、その後の修正も含めて、実際に合っていたのかどうかについて検討しなければならない。監査人はその会計上の見積りがどういったタイプの見積りで、そのレビューによって得られる情報が、当期の監査において、その会計上の見積りをテストするのにどのように役立つかも考慮して、レビューの内容と深度を決定する。ただし、見積りが合っていたかどうかは、見積の時点で入手可能であった情報に照らして判断すれば良い。
次にリスク対応手続であるが、「重要な虚偽表示リスク」への対応として要求されている手続は以下のとおり。 (ISA 540.12-14)
監査人は、マネジメントによる「会計上の見積り」が、会計基準に合っているか、また、見積り方法は適切で一貫性をもって適用されているか、特に、前期からの見積り方法と変更がある場合は、状況の変化に応じた適切な理由があるかどうかについて判断しなくてはならない。
「会計上の見積り」へのリスク対応として、以下の手続のうち、1つ以上を必要に応じて実施しなくてはならない。監査人は、これらの判断や検証において、専門的な知識が必要でないかを判断することが求められる。
- マネジメントによる「会計上の見積り」は、財務諸表報告日までのすべての状況の変化をものになっているのか判断する。
- 見積りの方法は、現実的な状況を適切に反映したもので、見積りにあたっての仮定や前提は、IFRSを踏まえたものになっているのかについて判断する。
- 見積りをチェックする企業内の体制や内部統制は有効に機能していることを検証
- 監査人独自の見積りと、マネジメントによる見積りと比較する。ただし、見積り方法や仮定がマネジメントと違う場合は、マネジメントの見積りを十分に理解した上で、比較しなくてはならない。
会計上の見積りの実証手続としては、マネジメントの見積り方法や仮定が合理的と判断する場合と、監査人による独自見積りとの差が許容範囲内であることをもって適切と判断する場合があると考えて良い。ただし、後者の場合でも、マネジメントの見積りの内部統制の理解するとともに、マネジメントの見積り方法や仮定について十分に理解することが求められることに留意する必要がある。
さらに、「会計上の見積り」が、「特別な検討を必要とするリスク」に対応する追加的な手続として
(ISA 540.15-17)会計上の見積りが「特別な検討を必要とするリスク」である場合においては、さらに以下について評価しなければならない。
「特別な検討を必要とするリスク」として識別された会計上の見積りに内在する不確実性について、マネジメントが適切に対処していないと監査人が判断した場合、監査人は、その必要に応じて、許容範囲を見積り、マネジメントによる見積りがその範囲に収まっているかどうか評価する。
- マネジメントが、見積りを行うにあたって、別の仮定をおいた場合に得られた結果について、どのように考えたか、また、なぜそれを採用しなかったのか、さらにマネジメントは不確実性についてどう対処しているつもりなのか
- マネジメントの見積りの重要な仮定は数量的にも合理的なのか
- 合理的な仮定をおいて見積り、適切にIFRSを適用するために、マネジメントはどのような行動をとっているのか、また十分な能力を有しているのか
経営者が、会計上の見積りについて、財務諸表に開示できるだけの十分な根拠をもって見積もることができないと判断する場合においては、その判断について十分な監査証拠を入手すること。
「会計上の見積り」が「特別な検討を必要とするリスク」である場合は、単にマネジメントの見積り方法が合理的と判断するだけではなく、その不確実性を考慮して、重要な虚偽表示につながらないことを定量的に検証することを求められる。そのため、マネジメントがどのように見積りの不確実性に対処したかを評価する必要があり、たとえばマネジメントによる感応度分析や、別の仮定をおいて見積もった結果をマネジメントが採用しない理由の合理性などを評価する必要がある。
上が、「会計上の見積り」に対するリスクアプローチとして監査人が実施すべき手続ということになる。監査人が行うべき監査手続がかなり詳細に決められているのである。特に、会計上の見積りを「特別な検討を必要とするリスク」とした場合は、さらに踏み込んだ定量的な検討が要求されていることがわかるであろう。
監査人は、企業の実態に合わせてこのISAの要求を一つ一つ適用していくのであるが、そのためには企業の実際のプロセスや、内部統制をかなり詳細なレベルで理解することが必要である。まさにそれがリスクアプローチであり、監査人に求められているプロフェッショナルとしての仕事なのである。ISAを参照しながらKAMを読むと、監査人の仕事ぶりがよくわかるのである。