KAMの事例でコーポレートガバナンス

2020年から日本でも導入されるKAM(Key Audit Matter)。日本では「監査上の主要な検討事項」と呼ばれ、企業の監査における重点領域に関する情報が、監査報告書で報告されるようになる。この監査における重点領域は、いわゆるリスクアプローチによって決定されることから、KAMを理解するためには、リスクアプローチの理解が重要になる。グローバル企業の監査に長年携わってきた監査のプロフェッショナルが、KAMの事例を紹介しながら、社外取締役や監査役などガバナンス責任者、さらに投資家などの方々に、KAMを理解すれば何がわかるのか、そして何がわからないのかについて、できるだけ簡単な言葉で、わかりやすくアドバイスします。

上場企業のガバナンス責任者は、KAMをテコにして、監査法人の監査手続に対する理解を深め、企業のガバナンスを強化することができます。投資家は、KAMを理解することにより、アニュアルレポートによる企業の開示をさらに深く理解することができます。 監査における情報の非対称性を解消し、資本市場の健全化に貢献したい。そのためのブログです。

2019年07月

KAMの事例分析 - (独)ドイツ銀行 2018 (2)

ドイツ銀行の2018アニュアルレポートの383頁から390頁に含まれている監査報告書の4つのKAMのうち、最初のKAMである「レベル3金融商品の評価で使われる観察不能なインプット」から読んでいこう。
なお、IFRSでは金融商品の公正価値の評価に使われるインプットが市場で観察できるかどうかによって、金融商品を3つにレベルに区分して開示することを要求している。上場株式のように、相場価格が存在する金融商品をレベル1、金利スワップや通貨スワップのように、市場で観察可能なインプットによって時価が算定できる金融商品をレベル2、市場で観察可能なインプットでは時価が算定できない金融商品がレベル3となる。そのためレベル3の金融商品の評価には見積りや判断が必要となる。

なお、監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。


KAMの冒頭が、連結財務諸表注記への参照になっている。

重要な会計方針および重要な会計上の見積りに関しては、連結財務諸表の注記1(「損益を通じて公正価値で測定する金融資産および負債」および「その他の包括利益を通じて公正価値で測定する金融資産」の項)を参照のこと。 レベル3の金融商品については、連結財務諸表の注記13を参照。

財務諸表上のリスク

レベル3の金融商品は、金融資産および負債から構成されています。 報告日現在、当グループは、公正価値で保有されているレベル3の金融資産の金額が、246億ユーロに達し、公正価値で測定されている金融資産の3.9%および総資産の1.8%に相当している。 レベル3の金融負債は77億ユーロに達し、それぞれ公正価値で測定した金融負債の1.7%および総負債の0.5%に相当している。

 注記1「重要な会計方針および重要な会計上の見積り」では、IFRSの基準が金融商品の種類ごとに説明されているだけであるが、注記13「公正価値で測定する金融商品」には、公正価値ヒエラルキーのレベルごとの簿価が開示されている。このうち、レベル3の金融商品資産24,614百万ユーロと、金融負債7,714百万ユーロがKAMの中で引用されている。(クリックして見てください。)

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これらレベル3金融商品は、市場で観察可能なインプットでは時価が算定できない。そのため評価にあたっては、複雑な評価モデルに、観察不能なインプットが適用されることが、判断や見積りの要素が伴うことがKAMと判断された理由ということがわかる。

定義上、これらの金融商品の評価のための市場価格は観察可能ではありません。 したがって、公正価値は一般に認められている評価方法に基づいて決定されます。 これらの評価方法は複雑なモデルからなる場合があり、判断を要する仮定や見積りといった観察不能なインプットが含まれます。

注記13には、これらレベル3金融商品の評価にあたって、どのような評価方法とインプットが使われるか、さらにそのインプットのレンジが、商品の種類ごとに開示されている。(クリックして見てください。)

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ドイツ銀行の場合、CDS (Credit Default Swap)がよく話題になるが、上のCredit Derivativesを見ると、その公正価値は、資産サイドで638百万ユーロ、負債サイドで964百万ユーロとなっている。
あくまで公正価値であり、このリスクをどう考えるのは別問題だが、これを見る限り、CDSに取り立ててリスクがあるようには見えない。

財務諸表上のリスクは、レベル3の金融商品の公正価値を決定するにあたって、複雑な評価モデルまたは観察不能な評価パラメータの不適切に使用に特に関連して発生すると考えます。

さて、監査人は不適切なモデルが使われたり、インプットとして、マーケットから外れたものが使われることがリスクと考えている。
それでは、監査人はこのリスクにどのように対応するのかを理解していこう。

我々の監査アプローチ

我々は、監査アプローチを決定にあたって、レベル3の金融商品の評価のための、観察不能なインプット及び、該当する場合には、関連する評価調整(VA)が含まれるモデル及びパラメータの一般的な適合性及び虚偽表示の可能性についての評価から始めました。

監査人のリスク評価が説明されている。観察不能なインプットと、評価調整(VA)やパラメータを含めた評価モデルの適合性から生じるリスクを評価したことがわかる。なお、評価調整(VA)とは、取引の相手方の信用リスクのためのヘッジコストや、取引のための資金調達コストなどを価格に反映させるものだと理解すればよい。
そして、リスク評価に基づいて、内部統制テストと実証テストの範囲を決めたという説明である。

我々は、我々のリスク評価に基づいて、内部統制と実証テストを含む監査アプローチを決定しました。

残念なのは、監査人として、例えばどういう商品のどのインプットが主観的に決定される可能性が高いとか、あるいは感応度が高くて注意が必要だとか、評価モデルについては代替的なモデルの方が市場との適合性が高いといった、監査に固有なリスクに関する具体的な説明がないことである。リスクアプローチに従って監査をやったことは理解できるが、ISAに従って監査を実施している以上、それは当然のことである。監査人が識別した具体的なリスクがわからないと、監査報告書の利用者にとって有用な情報にはならない。監査報告書の利用者がISAを理解していることを前提に、さらに踏み込んだ情報開示をしてもらいたいと思う。


続いて、監査人のリスク対応手続の説明である。

金融商品の評価およびそれに使われる観察不能なインプットの決定に関する当グループの内部統制の妥当性を評価するために、我々は、主要なコントロールのデザインと実装、さらに運用の有効性を評価しました。 また、必要に応じて、KPMG内部のバリュエーション専門家を利用しました。 監査手続には以下の事項に関する統制が含まれるが、これらに限定されない。

  • レベル3の金融商品に使用される入力パラメータの適切性を確認するために当グループが実施する月次の独立価格検証手続
  • 当グループが使用する評価モデルのモデル検証とモデルに対するガバナンス
  • 会計基準にもとづいて、公正価値を決定するにあたって適用される信用リスク、資金調達コスト、その他の評価調整(VA)の計算および記録。
内部統制の理解としてのデザイン、実装の評価、さらに運用のテストを行い、内部統制の有効性を評価したことがわかる。また、バリュエーション専門家も利用している。
さらに、テストした業務プロセスと内部統制として、以下が含まれることが説明されている。
  1. 月次の独立価格検証手続
  2. 評価モデル検証手続と、モデルに対するガバナンス
  3. 会計基準に準拠して公正価値評価が行い、記録するプロセス

やはり残念なのは、これらの手続は、ISAに従った監査であることを前提にすれば、レベル3金融商品の評価をテストする上での典型的な手続に過ぎないのである。レベル3の金融商品の評価に専門家を関与させないことはあり得ないし、モデルの検証やモデルに対するガバナンスも重要な内部統制であり、それらをテストしたということ自体が、監査報告書の利用者にとってそれほど役に立つ情報とは考えられない。例えば、どの商品について、あるいはどのプロセスやコントロールについて、特に重点的に手続を行ったのかまでわかるように書いてもらえると、監査報告書の利用者にとって有用な情報になると思われる。

内部統制テストを実施した結果として、以下の説明がなされている。

内部統制のデザインまたは運用の有効性に不備が発見された場合は、補完的内部統制のテストを追加しました。また内部統制のテスト結果を考慮して、 追加の実証的監査手続の性質と範囲を決定しました。

コントロールを識別し、テストした結果、不備が発見された場合は、同じ目的で行われている別のコントロール(これを補完的内部統制といっている。)を識別し、それが有効かどうかをテストする。結果として、コントロールが有効でないのであれば、実証手続の範囲を拡大するという説明である。
しかしながら、この説明もリスクアプローチの説明ではあっても、監査に関する固有の情報とは思えないのである。例えば、前回取り上げたBT Groupの場合、コントロールのデザインと運用に不備が発見された結果、実証手続の範囲を拡大したことが説明されていたが、上の説明では、不備があったのかどうかも説明されていないのである。

次に、実証手続についての説明である。

我々は、リスクにもとづいてサンプルされたレベル3の金融商品について、以下の実証手続を含む監査手続を実施した。

  • KPMG内部のバリュエーション専門家を利用しながら、サンプル抽出された金融商品の個別取引を対象に、独立的な価格検証の実施
  • サンプル抽出された評価調整(VA)の独立した再計算
  • 使用されているモデルの妥当性の検討。主要なインプットの妥当性とそれぞれの価格設定モデルでのそれらの使用方法の妥当性の検討が含まれる。
実証手続として実施された詳細テストの内容が説明されている。
リスクベースで抽出したサンプルについて、専門家が独立価格検証を実施したことがわかる。また、専門家は、マネジメントが使用しているモデルやインプットの妥当性もあわせて行っていることが理解できる。
一方で、リスクベースのサンプリングであれば、具体的にどのようにリスクを反映させたのかが説明されていない。以前に解説したBAE SystemsのKAMの収益認識のKAMのように、重要な契約について重点的にテストした上で、それら以外の契約についても以下のように言及していたことが思い出される。
それら以外の長期契約を検討した結果、帳簿の修正が必要な事項が発見されたものの、重要性のある金額ではなく、マネジメントによる判断は全体的に合理的なものであると結論付けた。
最後に手続の結果である。

手続の結果

主要なコントロールのテスト及び実証手続による監査結果に基づき、我々はレベル3の金融商品の評価に使用されるモデル及び関連するパラメータが適切であると考える。

手続の結果、監査人はレベル3の金融商品の評価に使われるモデルとパラメータが適切といっている。上の手続では、観察不能インプットや、独立価格検証も行っているにもかかわらず、結論としては、モデルが適切としか言っていない。おそらく、監査人としてのリスクを考慮してのことだと思われる。



(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
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KAMの事例分析 - (独)ドイツ銀行 2018 (1)

KAMを理解することにより、どこまで企業が直面しているリスクがわかるようになるのであろうか?
次は経営再建中のドイツ銀行を取り上げ、そのKAMからどこまでわかるのか考えてみたい。

ドイツ銀行の2018アニュアルレポートの383頁から390頁の8ページにわたって監査報告書が掲載されている。そのうち384頁から389頁の約5ページがKAMの説明になっている。

それではドイツ銀行の監査報告書を読んでみよう。
監査報告書(冒頭部分)の原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

まずは、監査意見から見ていこう。監査対象については、連結財務諸表が対象となっており、前回取り上げたBT Groupとは異なり、親会社単体財務諸表の監査と一体となった監査報告書にはなっていない。一方で、連結財務諸表とともに、グループ・マネジメント・レポートが監査対象として同列に扱われている。

監査で得た知識に基づく我々の意見は以下のとおりである。
  • 添付の連結財務諸表は、すべての重要な点において、EUが採択したIFRSおよびドイツ商法典315eに基づくドイツ会社法の追加要件に準拠しています。また、これらの要求に従って、2018年12月31日現在の当グループの資産、負債および財政状態、ならびに2018年1月1日から12月31日までの経営成績について真実かつ公正に表示している。
  • 添付のグループ・マネジメント・レポートは、全体として、当グループの置かれている状況を適切に示しています。 また、このグループ・マネジメント・レポートは、すべての重要な点において連結財務諸表と整合しており、ドイツの法律上の要求事項に準拠し、グループの将来にわたっての機会とリスクを適切に表示している。
商法典  322(3) 1項に基づいて、我々は、監査の結果、連結財務諸表とグループ・マネジメント・レポートの法令準拠について判断を保留すべき事項はなかった。
グループ・マネジメント・レポートは、財務諸表以外の開示として、マネジメントによる企業の経営方針や財政状態の分析とともに、事業環境や将来の見通し、対処すべき課題、リスクなどを説明したものである。ドイツの監査制度では、これらも、監査対象に含めることが特徴となっている。

監査上の主要な検討事項については、以下のように説明されており、ISA701の定義と特に変わったところはない。

監査上の監査事項(KAM)とは、我々の職業的専門家の判断で、201811日から1231日までの会計年度の連結財務諸表の監査において最も重要な事項と判断した事項である。我々は、これらの事項について、連結財務諸表監査全体の文脈の中で、また意見の形成において対処した。我々は、これらの事項について個別の意見を述べることはない。

監査報告書を読むと、監査人は、以下の4つのKAMを識別している。

  • レベル3金融商品の評価で使われる観察不能なインプット
  • IFRS9が適用される債権のデフォルト確率の算定、及びステージ3と分類された均質なポートフォリオのデフォルト時損失の算定
  • 繰延税金資産の認識および測定
  • 財務報告プロセスにおけるITアクセス管理

これらのKAMを読む限り、いずれも金融機関の財務諸表監査のおける典型的なリスクである。ドイツ銀行の経営再建など固有の状況の影響がKAMの識別に全く反映されていない。例えば経営再建で見込まれるコストの引当額や、特にリスクの高いデリバティブの評価などがKAMとして識別されていることを期待したが、これらのKAMを見る限り通常の金融機関の監査である。

企業経営が困難に直面しているとしても、企業の経営成績や財政状況が財務諸表に正しく表されているのであれば、監査上は問題はない。監査人にとって問題は、財務諸表が会計基準のフレームワーク(IFRS) に従って、企業の経営成績や財政状況を正しく反映しているかどうかである。

KAMは、監査人が監査をするにあたって、監査人が特に注意を払った事項である。それゆえ、監査人は企業の財務諸表がIFRSに準拠する上でのリスクにフォーカスするため、そのようなリスクとして、例えば会計上の見積りや判断などがKAMとなることは理解できる。

そうはいっても国際監査基準であるISAは、監査人が企業と企業を取り巻く環境を理解し、リスク評価をしたうえで、監査手続をデザインし、リスクに対応することを要求している。したがって、企業が困難に直面しているのであれば、その状況を理解した上で、経営者にどのような不正のインセンティブが働くのかを考え、企業の内部統制の理解に基づいて、リスク対応手続をデザインし、具体的なリスク対応手続を考えるべきではないかと思う。

次回以降は、これらのKAMを一つ一つ読んでいき、監査固有の情報がどこまで記載されているかを理解したいと思う。


(参考) 監査報告書(冒頭部分)の原文 (クリックして読んでください。)

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KAMの事例分析 - (英)BT Group 2019 (7)

今回は、BT Group plcの Annual Report 2019監査報告事に記載されている6つのKAMのうち最後、「親会社の子会社への投資およびグループ企業からの借入金の回収可能性」を読んでいこう。これも、前回のKAMと同様に「特別な検討を必要とするリスク」ではない。しかも、親会社から子会社への投資や貸付金なので、連結財務諸表上は消去されるため、連結財務諸表監査上のリスクではないものである。
監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

まず、KAMのタイトルと関連する財務諸表項目と注記への参照である。

親会社の子会社への投資およびグループ企業への貸付金の回収可能性


子会社への投資10,952百万ポンド

 投資に関する会計方針(175ページ)および財務諸表注記2「投資」(175ページ)を参照


グループ企業への貸付金5,657百万ポンド

会計方針「金融資産の減損」(116ページ)を参照。

参照先は、親会社単体財務諸表とその注記である。

親会社貸借対照表
BS

親会社財務諸表注記2「投資」抜粋
BT_Investment

グループレベルの連結財務諸表に対するKAMではなく、親会社単体財務諸表に対するKAMであることがわかった。
会計方針「金融資産の減損」も参照されているが、IAS39からIFRS9への会計基準の変更についての説明があるだけで、親会社の投資、貸出金に関する情報は含まれていない。

それでは、監査人はこのKAMのリスクに対してどのようなリスク評価を行ったのであろうか。

リスク

低リスク、金額的重要性大:

2019331日現在、親会社の子会社への投資の帳簿価額とグループ企業への貸付金の金額は、総資産の66%と34%に相当します。

 

それらの回復可能性は、「特別な検討を必要とするリスク」とは識別されておらず、または監査人による重要な職業的専門家としての判断の対象ではない。ただし、親会社の財務諸表に関する重要性の金額という観点から、親会社の監査に最も大きな影響を与えると考えられる領域である。

親会社の資産は、投資と貸付金しかない。それらについて回収可能性に「特別な検討を必要とするリスク」を識別しているわけではない。親会社単体財務諸表の重要性という観点からKAMとしたと考えられる。これは、アニュアルレポートに含まれている監査報告書が、連結財務諸表と親会社単体財務諸表の両方についてカバーしていることが関係しているからだと思われる。


KAMの識別は、その監査において監査人が特に注意を払ったリスクであり、リスクの絶対的な大きさでなく、相対的に決まるものである。それでもKAMが無い場合は、その旨を監査報告書に記載しなければならない。前回取り上げた(スイス)ロシュでは、親会社単体財務諸表の監査報告書が、別の監査報告書としてアニュアルレポートに含められていた。(スイス)ロシュの監査人は、親会社単体財務諸表の監査においてKAMを識別していなかったため、その旨を以下のように監査報告書に記載していた。

連邦監査監督局の通達1/2015に基づく監査上の主要な検討事項(KAM)に関する報告


監査上の主要な検討事項(KAM)とは、我々の職業上の専門的判断において、我々の当期の財務諸表監査監査において、もっとも重要な事項であると判断する事項である。我々は、この監査報告書で報告すべきKAMは無いと判断した。

監査報告書(冒頭部分)の原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

なお、前々回の(英)BAE Systemsの場合は、(英)BT Groupと同様に監査報告書は連結と単体が一体となっているが、単体財務諸表固有のKAMを識別しているわけではない。単体財務諸表固有のKAMを識別していない旨の記載もないことから、単体財務諸表固有のKAMを識別することは要求されていないもの考えられる。BT Groupの監査人は、あえて単体財務諸表監査において重要性の高い事項をKAMに含めるくめることを選択したものと思われる。

次にKAMに対応する監査手続を見ていこう。

対応する監査手続

我々の主要な監査手続は次のとおり。

  •  詳細テスト:親会社の投資およびグループ会社に対する貸出金の帳簿価額を、関連する子会社の回収可能額の最低額の近似額である貸借対照表の純資産額が上回っているかどうかを特定する。さらに、それらの子会社が過去の実績として、利益を上げてきたかどうかを評価する。
KAMに対応する監査手続として、内部統制のデザインと運用の有効性についてのテストには言及していない。実証テストとして詳細テストの内容を説明しているだけである。
また、手続の内容も子会社の純資産額と比較していること、それらの子会社の過去の実績を評価しているだけで、通常の手続であると考えられる。


最後に監査手続の結果である。

監査手続の結果

子会社への投資の回収可能性およびグループ事業体からの貸出金の回収可能性に関するグループの評価は、許容できると考える。
上の監査手続の結果として、監査人は子会社への投資および貸出金の回収可能性についてのグループの評価は許容できると判断している。


(参考) BT Groupの監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)

BT_KAM6-1
BT_KAM6-2



(参考) BT Group監査報告書(監査意見部分)の原文 (クリックして読んでください。)
BT_Opinion

(参考) (スイス)ロシュの監査報告書(冒頭部分)の原文 (クリックして読んでください。)
ロシュ単体AR

KAMの事例分析 - (英)BT Group 2019 (6)

前回の記事では、BT Groupの無形資産の償却年数の見積りに、重要な虚偽表示リスクがあり、監査人がそのリスクに対して、どのように対応しているのかについて解説した。今回は、BT Group plcの Annual Report 2019監査報告事の6つのKAMの5つ目。「課金システムの複雑さに起因する収益の正確性リスク」を読んでいこう。これまでの4つのKAMについては、監査人は「特別な検討を必要とするリスク」と考えていたが、残りの2つについては、通常の虚偽表示リスクとしての対応を行っている。したがって、リスクに対する監査手続も、これまでのKAMへの対応手続のように特別にデザインされた手続ではないと予想できる。
監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

KAMのタイトルと、関連する注記が記載されている。

請求システムの複雑さがもたらす収益の正確性リスク

財務情報の注記6「収益」(125ページ)を参照。

これまでのKAMでは、監査およびリスク委員会報告書と、関連する勘定科目と金額も参照されていたが、このKAMについては注記だけである。注記6には、収益認識に関する会計方針については詳細に説明されているものの、請求システムの複雑性については、特に言及されていない。

関連する勘定科目が参照されていない理由ははっきりしないが、リスクが収益計算の正確性のみに関係する内部統制上のリスクであるため、収益全体の金額は、潜在的なリスクとしての意味合いしかもたず、その金額を参照するのはミスリーディングと考えたかもしれない。


1つ目の退職給付債務の評価に関するKAMの解説で触れたように、米国SECに提出している過年度の財務諸表の訂正を行ったことで、US SOX (Sarbanes-Oxley)内部統制上の重大な欠陥を報告している。
監査およびリスク委員会報告書は、マネジメントが、IT関連の内部統制も含め、内部統制の改善プログラムを実施していることについては以下のように詳細に説明されているものの、請求システムの複雑さがもたらす収益の正確性リスクについては、特に言及していない。

マネジメントは、これまでも内部統制の改善を進めてきたが、当期は、重要なSarbanes-Oxley内部統制の改善プログラムを開始した。財務管理および保証チームは、新しいセカンドライン・オブ・ディフェンスとして位置づけられ、DeloitteおよびErnst&Youngの支援を受けながら、グループ全体のプログラムをリードしています。このプログラムには、Sarbanes-Oxleyのスコープに含まれるエンド・ツー・エンド・プロセスおよび関連する内部統制を文書化することが含まれます。その結果、これまでよりも重要性のないエラーに対応するプロセスや内部統制統制が、Sarbanes-Oxley内部統制の範囲に含められました。

リスクおよび監査委員会は、主要なリスク分野をオーバーサイトするとともに、マネジメントによるこの改善プログラムの導入状況のモニタリングをしました。

この改善プログラムでは、是正を必要とする重要な領域として、IT一般統制とリスク評価の2つの領域を識別し、特にコントロールで使用される情報の文書化に改善の必要があると判断しました。これらはより広い領域に影響を与えるものです。


これまでに大幅な改善は達成されたものの、2019年3月31日現在、すべての内部統制の是正は完了しておらず、テストは完了していない。したがって、マネジメントは、2019年3月31日現在において、当社の内部統制が、特にIT全般統制とリスク評価について、Sarbanes-Oxleyの枠内において、有効でないと結論付けました。委員会は、マネジメントによる改善活動にの進捗状況を引き続きモニタリングします。

上記の記載から、グループ全体を上げて、内部統制の改善に取り組んでいることがわかる。

このKAMの記載に含まれている監査人のリスク評価は以下のとおりである。

リスク

処理エラー:

BTの非長期契約収益は、多数の同質かつ少額の取引から構成されています。グループは、多数の個別の請求システムを運用しており、収益計上をサポートする、これらの請求システムを相互にリンクさせるIT環境は複雑である。

 

複数の商品がさまざまな価格体系のもと、複数のレートで販売されている。その商品は、固定電話などのサービスベースの製品と、携帯電話の提供などの製品を組み合わせたものです。毎月の料金ベースの料金、および分単位の料金あるいは使用されたデータから生じる利用量ベースの料金があります。


収益の正確性は、財務諸表の監査における重要な分野であり、監査リソースの配分に最も大きな影響を与えるため、監査上の主要な検討事項(KAM)として識別されている。「特別な検討を必要とするリスク」または、監査人の重要な職業的専門家としての判断が必要な領域としては識別されていない。

上のリスク評価を読むと、監査人は、不正リスクを認識しているわけではなく、取引自体に会計上の見積りなどのリスクがあると評価しているわけではない。そのため、「特別な検討を必要とするリスク」を識別していない。大量の取引による複雑な収益計上プロセスがIT環境に依存しており、その検証に監査リソースを重点的に配分せざもを得なかったことがKAMと判断した理由だと思われる。

次に、対応する監査手続である。

対応する監査手続

我々の主要な監査手続きは次のとおり。

  • 内部統制のデザインと運用:

以下のプロセスに関連する内部統制を含む、すべての主要な収益の業務フローに関する内部統制のデザインの評価と運用の有効性テスト。

  1. コールデータ記録の処理
  2. 価格変更の承認
  3. 正確な請求処理
  4. 入金処理

我々のテストには、請求システムから総勘定元帳への収益取引の記録に対する内部統制が含まれていた。

我々のテストでは、これらのコントロールのデザインと運用における不備を特定した。その結果、我々は当初計画していた以上に詳細テストの範囲を広げた。

 リスク対応手続として、内部統制のデザインと、運用の有効性のテストを実施したことが具体的に説明されている。特に、主要な業務フローが書かれていることは、具体的な手続を理解する上で、役に立つと思われる。コールデータの記録という、取引の開始から、総勘定元帳への記帳までのエンド・ツー・エンド・プロセスと、関連する内部統制のテストを実施したことが理解できる。
さらにそのテストの結果、デザインと運用の両方に不備を特定し、実証手続として実施する詳細テストの範囲を広げたという、監査人によるリスクアプローチの適用が一連の流れとして説明されている。

ここで、留意しておくべきは、上の手続は、リスク対応手続として、監査リソースを要する監査手続ではあるものの、手続自体は普通の手続である。不正リスクが識別されておらず、「特別な検討を必要とするリスク」でもないので、通常の手続での対応となったものである。専門家の利用が必要な領域でもない。

KAMは、監査人が特に注意を払った特に重要な事項であり、ガバナンス責任者とコミュニケーションした事項から選択される。必ずしも
「特別な検討を必要とするリスク」であるわけではない。また、マネジメントとしても、US SOX (Sarbanes-Oxley)内部統制上の重大な欠陥を是正するために、内部統制の改善プログラムに取り込んでおり、監査人とのコミュニケーションも頻繁に行われているはずである。このようなリスクについて、監査人も監査リソースを重点的に配分したのであれば、KAMとして識別することは監査報告書の利用者にとって有用だと思われる。

  • 詳細テスト:

顧客に対する請求書のサンプルを、注文、契約、コールデータの詳細記録(該当する場合)、受け取った現金などの裏付けとなる証拠と比較する。

詳細テストの手続は、不正リスクや、特別に検討するリスクに対する手続ではなく、専門家を利用しているわけでもない。いたって普通の手続である。

 監査手続の結果:

我々は、非長期契約収益に関連する収益は許容できると考えた。

これらの手続の結果、監査人は大量の同質かつ少額取引から構成される非長期契約収益を許容できると判断している。


(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文
BT_KAM5

KAMの事例分析 - (英)BT Group 2019 (5)

今回は、BT Group plcの Annual Report 2019監査報告事の6つのKAMの4つ目。自己創設の無形資産の経済的耐用年数の関するリスクである。無形資産のリスクの場合は、通常は減損リスクだと思うが、経済的耐用年数がそれほど重要になるリスクは何があるのだろうか。特に自己創設の特有のリスクについて理解しながら、読みすすめていこうと思う。
監査報告書に記載されているKAMの原文は、記事の最後に張り付けておくので、参照して欲しい。

まず、KAMのタイトルと関連する財務諸表項目と注記への参照である。

自己創設の無形資産に割り当てられた経済的耐用年数

自己創設の無形資産1,297百万ポンド

「監査およびリスク委員会報告書」(69ページ)、および財務諸表注記14「無形資産」(136ページ)を参照。

注記14は、のれんや減損についての説明がメインで、無形資産の特に経済的耐用年数に関する説明はあまり含まれていないが、無形資産の残高および経済的耐用年数の情報として以下が含まれていた。
BT_Intangible(2)

BT_intangibles
耐用年数を有する無形資産として上に開示されているのは、下の3つである。
  • コンピュータソフトウェア
  • テレコミュニケーション・ライセンス
  • カスタマー・リレーションシップとブランド
このうち、自己創設となるのは、上の2つ、コンピュータソフトウェアとテレコミュニケーション・ライセンスである。
期末残高は、テレコムライセンスが2,692百万ポンド、自社作成のソフトウェアが1,297百万ポンドであるため、残高としてはテレコムライセンスが2倍以上である。また、監査報告書に記載されている重要性の基準値と115百万ポンドと比較しても、23倍の重要性がある。テレコミュケーション・ライセンスの無形資産の耐用年数は2年から20年なので、仮に平均残存耐用年数が10年としても、それが1年変わるだけで重要性の金額の2倍の影響がある。さらにIFRSでは無形資産の経済的耐用年数は毎期見直すことを考えると、確かにリスクの重要性は高く「特別な検討が必要となるリスク」とするのは合理的な判断だと思われる。

アニュアルレポートを見る限り、のれんや無形資産の減損のリスクと比べると、無形資産の経済的耐用年数のリスクに関する情報は限定的であった。しかしながら、このようにKAMを分析し、監査人のリスク評価を理解することで、企業の別のリスクに気づかされるのは、監査報告書にKAMが記載されることによるベネフィットだと感じる。

コンピュータソフトウェアの耐用年数については、通常外部から購入したソフトウェアと同じように耐用年数を決めるので、それほど問題は生じない。したがって、このKAMのリスクは主にテレコミュニケーション・ライセンスの耐用年数ではないかと思われる。

テレコミュニケーション・ライセンスについては、以下の説明が注記14に含まれている。
テレコミュニケーション・ライセンス
政府に支払ったライセンス料は、一定の限られた期間にわたってテレコミュニケーションビジネスの運営許可のために支払われます。ライセンス料は、当初取得原価で計上され、ネットワークが使用可能となる時期からライセンス期間の終了の時期までに償却されます 。また、私たちの利用が当初のライセンスを超えて延長すること予想される場合は、ライセンスの使用によるベネフィットを受けると予想される期間で償却され、その期間は通常20年です。 企業結合を通じて取得したライセンスは、取得日に公正価値で計上され、その後償却原価で計上される。 公正価値は、取得日における市場の予想を使用した、将来のキャッシュフローに関するマネジメントの仮定に基づいて算定されている。
償却年数が、ライセンス期間終了の時期までであれば判断の余地はあまりないが、終了時期を超えて、ベネフィットを受けると予想される期間で償却される場合もある。ベネフィットを受ける期間を見積もる必要があることがわかる。

KAMのリスクについての監査人のリスク評価に関する説明は以下のとおりである。

リスク

会計上の見積りが主観的であるリスク:

  • 自己創設の無形資産について設定された耐用年数は、個別に取得された資産と比較して、適切な経済的耐用年数の設定において本質的に高いレベルの判断が求められます。

  • 我々は、こういった問題の影響について、リスク評価を行い、自己創設の無形資産は、外部から購入した資産と比べて、契約上の合意内容との関連性が少ないため、その経済的耐用年数は設定には、不確実性が高く、その見積り結果の合理的な潜在的変動範囲が、我々の財務諸表全体の重要性の金額よりも大きいと判断した。

ここでの説明は、具体的にどういった無形資産なのかについては触れられておらず、自己創設の無形資産は、外部から購入した無形資産に比べて、経済的耐用年数の見積りに不確実性が高いことがリスクとして挙げられている。不正リスクについては、とくに識別されておらず、見積り結果の合理的な潜在的変動範囲が重要性の基準値を上回ることが、KAMとするほどの重要なリスクと判断した理由であることがわかる。

対応する監査手続

我々の主要な監査手続は次のとおり。

  • コントロールのデザインと運用:経済的耐用年数の決定に関してプロセスと内部統制を評価した。

それでは、リスクに対応する監査手続であるが、他のKAMと同様、まずリスクに対応する企業の内部統制のデザインと運用を評価している。どのように経済的耐用年数を見積もるか、その判断をだれがどのようにレビューしているかということをコントロールの有効性の観点でテストしていると考えられる。また、他のKAMと異なり、そのテストの結果としてコントロール上の不備は発見されなかったと考えられる。

  • 詳細テスト:資産の経済的耐用年数に関するマネジメントの見解が、事業に関する我々の知識、運用責任者への質問、関連するサポート文書の閲覧、さらに、ベンチマーク分析(該当する場合)に照らして裏付け可能であるかどうかについて批判的検討を行った。
次に、リスク対応手続としての実証テストであるが、マネジメントの見解に対する批判的な検討を行っている。監査チームの、企業内の運用責任者への質問、サポート文書の閲覧までは、通常の手続であるが、さらにベンチマーク分析よって、インダストリーのプラクティスや、他の無形資産に対する判断との整合性などをチェックしていると思われる。
なお、この手続において、監査人が専門家を関与させたかどうかの言及がないのは疑問である。

  • 過去との比較:当年度の経済的耐用年数を判断するにあたって、前年度の経済的耐用年数のレビュー結果が、現在使用中の償却済みの資産も含めて、適切に反映されているかどうかの評価。
IAS39では、経済的耐用年数を毎年見直していることから、マネジメントによる前年度のレビュー結果が当年度の経済的耐用年数に反映されていることを評価していることがわかる。これによって、経済的耐用年数が客観的な事実に基づいて、バイアスなく当期の経済的耐用年数に反映されてるいことを検証しているものと思われる。

監査手続の結果:

我々は、自己創設の無形資産に設定された耐用年数に関連してなされた判断は許容できると考える。

監査手続の結果、許容できると判断したことが示されている。経済的耐用年数に関するマネジメントの仮定に対する批判的検討にあたって、監査人の専門家の関与について言及がなかった点を除いては、納得できる判断だと思われる。


(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文。

BT_KAM4-1
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