ドイツ銀行の2018アニュアルレポートの383頁から390頁に含まれている監査報告書の4つのKAMのうち、最初のKAMである「レベル3金融商品の評価で使われる観察不能なインプット」から読んでいこう。
なお、IFRSでは金融商品の公正価値の評価に使われるインプットが市場で観察できるかどうかによって、金融商品を3つにレベルに区分して開示することを要求している。上場株式のように、相場価格が存在する金融商品をレベル1、金利スワップや通貨スワップのように、市場で観察可能なインプットによって時価が算定できる金融商品をレベル2、市場で観察可能なインプットでは時価が算定できない金融商品がレベル3となる。そのためレベル3の金融商品の評価には見積りや判断が必要となる。
なお、監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。
KAMの冒頭が、連結財務諸表注記への参照になっている。
重要な会計方針および重要な会計上の見積りに関しては、連結財務諸表の注記1(「損益を通じて公正価値で測定する金融資産および負債」および「その他の包括利益を通じて公正価値で測定する金融資産」の項)を参照のこと。 レベル3の金融商品については、連結財務諸表の注記13を参照。
注記1「重要な会計方針および重要な会計上の見積り」では、IFRSの基準が金融商品の種類ごとに説明されているだけであるが、注記13「公正価値で測定する金融商品」には、公正価値ヒエラルキーのレベルごとの簿価が開示されている。このうち、レベル3の金融商品資産24,614百万ユーロと、金融負債7,714百万ユーロがKAMの中で引用されている。(クリックして見てください。)財務諸表上のリスク
レベル3の金融商品は、金融資産および負債から構成されています。 報告日現在、当グループは、公正価値で保有されているレベル3の金融資産の金額が、246億ユーロに達し、公正価値で測定されている金融資産の3.9%および総資産の1.8%に相当している。 レベル3の金融負債は77億ユーロに達し、それぞれ公正価値で測定した金融負債の1.7%および総負債の0.5%に相当している。
これらレベル3金融商品は、市場で観察可能なインプットでは時価が算定できない。そのため評価にあたっては、複雑な評価モデルに、観察不能なインプットが適用されることが、判断や見積りの要素が伴うことがKAMと判断された理由ということがわかる。
定義上、これらの金融商品の評価のための市場価格は観察可能ではありません。 したがって、公正価値は一般に認められている評価方法に基づいて決定されます。 これらの評価方法は複雑なモデルからなる場合があり、判断を要する仮定や見積りといった観察不能なインプットが含まれます。
注記13には、これらレベル3金融商品の評価にあたって、どのような評価方法とインプットが使われるか、さらにそのインプットのレンジが、商品の種類ごとに開示されている。(クリックして見てください。)
ドイツ銀行の場合、CDS (Credit Default Swap)がよく話題になるが、上のCredit Derivativesを見ると、その公正価値は、資産サイドで638百万ユーロ、負債サイドで964百万ユーロとなっている。
あくまで公正価値であり、このリスクをどう考えるのは別問題だが、これを見る限り、CDSに取り立ててリスクがあるようには見えない。
さて、監査人は不適切なモデルが使われたり、インプットとして、マーケットから外れたものが使われることがリスクと考えている。財務諸表上のリスクは、レベル3の金融商品の公正価値を決定するにあたって、複雑な評価モデルまたは観察不能な評価パラメータの不適切に使用に特に関連して発生すると考えます。
それでは、監査人はこのリスクにどのように対応するのかを理解していこう。
我々の監査アプローチ
我々は、監査アプローチを決定にあたって、レベル3の金融商品の評価のための、観察不能なインプット及び、該当する場合には、関連する評価調整(VA)が含まれるモデル及びパラメータの一般的な適合性及び虚偽表示の可能性についての評価から始めました。
監査人のリスク評価が説明されている。観察不能なインプットと、評価調整(VA)やパラメータを含めた評価モデルの適合性から生じるリスクを評価したことがわかる。なお、評価調整(VA)とは、取引の相手方の信用リスクのためのヘッジコストや、取引のための資金調達コストなどを価格に反映させるものだと理解すればよい。
そして、リスク評価に基づいて、内部統制テストと実証テストの範囲を決めたという説明である。
我々は、我々のリスク評価に基づいて、内部統制と実証テストを含む監査アプローチを決定しました。
残念なのは、監査人として、例えばどういう商品のどのインプットが主観的に決定される可能性が高いとか、あるいは感応度が高くて注意が必要だとか、評価モデルについては代替的なモデルの方が市場との適合性が高いといった、監査に固有なリスクに関する具体的な説明がないことである。リスクアプローチに従って監査をやったことは理解できるが、ISAに従って監査を実施している以上、それは当然のことである。監査人が識別した具体的なリスクがわからないと、監査報告書の利用者にとって有用な情報にはならない。監査報告書の利用者がISAを理解していることを前提に、さらに踏み込んだ情報開示をしてもらいたいと思う。
続いて、監査人のリスク対応手続の説明である。
金融商品の評価およびそれに使われる観察不能なインプットの決定に関する当グループの内部統制の妥当性を評価するために、我々は、主要なコントロールのデザインと実装、さらに運用の有効性を評価しました。 また、必要に応じて、KPMG内部のバリュエーション専門家を利用しました。 監査手続には以下の事項に関する統制が含まれるが、これらに限定されない。
- レベル3の金融商品に使用される入力パラメータの適切性を確認するために当グループが実施する月次の独立価格検証手続
- 当グループが使用する評価モデルのモデル検証とモデルに対するガバナンス
- 会計基準にもとづいて、公正価値を決定するにあたって適用される信用リスク、資金調達コスト、その他の評価調整(VA)の計算および記録。
さらに、テストした業務プロセスと内部統制として、以下が含まれることが説明されている。
- 月次の独立価格検証手続
- 評価モデル検証手続と、モデルに対するガバナンス
- 会計基準に準拠して公正価値評価が行い、記録するプロセス
やはり残念なのは、これらの手続は、ISAに従った監査であることを前提にすれば、レベル3金融商品の評価をテストする上での典型的な手続に過ぎないのである。レベル3の金融商品の評価に専門家を関与させないことはあり得ないし、モデルの検証やモデルに対するガバナンスも重要な内部統制であり、それらをテストしたということ自体が、監査報告書の利用者にとってそれほど役に立つ情報とは考えられない。例えば、どの商品について、あるいはどのプロセスやコントロールについて、特に重点的に手続を行ったのかまでわかるように書いてもらえると、監査報告書の利用者にとって有用な情報になると思われる。
内部統制テストを実施した結果として、以下の説明がなされている。
コントロールを識別し、テストした結果、不備が発見された場合は、同じ目的で行われている別のコントロール(これを補完的内部統制といっている。)を識別し、それが有効かどうかをテストする。結果として、コントロールが有効でないのであれば、実証手続の範囲を拡大するという説明である。内部統制のデザインまたは運用の有効性に不備が発見された場合は、補完的内部統制のテストを追加しました。また内部統制のテスト結果を考慮して、 追加の実証的監査手続の性質と範囲を決定しました。
しかしながら、この説明もリスクアプローチの説明ではあっても、監査に関する固有の情報とは思えないのである。例えば、前回取り上げたBT Groupの場合、コントロールのデザインと運用に不備が発見された結果、実証手続の範囲を拡大したことが説明されていたが、上の説明では、不備があったのかどうかも説明されていないのである。
次に、実証手続についての説明である。
実証手続として実施された詳細テストの内容が説明されている。我々は、リスクにもとづいてサンプルされたレベル3の金融商品について、以下の実証手続を含む監査手続を実施した。
- KPMG内部のバリュエーション専門家を利用しながら、サンプル抽出された金融商品の個別取引を対象に、独立的な価格検証の実施
- サンプル抽出された評価調整(VA)の独立した再計算
- 使用されているモデルの妥当性の検討。主要なインプットの妥当性とそれぞれの価格設定モデルでのそれらの使用方法の妥当性の検討が含まれる。
リスクベースで抽出したサンプルについて、専門家が独立価格検証を実施したことがわかる。また、専門家は、マネジメントが使用しているモデルやインプットの妥当性もあわせて行っていることが理解できる。
一方で、リスクベースのサンプリングであれば、具体的にどのようにリスクを反映させたのかが説明されていない。以前に解説したBAE SystemsのKAMの収益認識のKAMのように、重要な契約について重点的にテストした上で、それら以外の契約についても以下のように言及していたことが思い出される。
それら以外の長期契約を検討した結果、帳簿の修正が必要な事項が発見されたものの、重要性のある金額ではなく、マネジメントによる判断は全体的に合理的なものであると結論付けた。最後に手続の結果である。
手続の結果、監査人はレベル3の金融商品の評価に使われるモデルとパラメータが適切といっている。上の手続では、観察不能インプットや、独立価格検証も行っているにもかかわらず、結論としては、モデルが適切としか言っていない。おそらく、監査人としてのリスクを考慮してのことだと思われる。手続の結果
主要なコントロールのテスト及び実証手続による監査結果に基づき、我々はレベル3の金融商品の評価に使用されるモデル及び関連するパラメータが適切であると考える。
(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)