KAMの事例でコーポレートガバナンス

2020年から日本でも導入されるKAM(Key Audit Matter)。日本では「監査上の主要な検討事項」と呼ばれ、企業の監査における重点領域に関する情報が、監査報告書で報告されるようになる。この監査における重点領域は、いわゆるリスクアプローチによって決定されることから、KAMを理解するためには、リスクアプローチの理解が重要になる。グローバル企業の監査に長年携わってきた監査のプロフェッショナルが、KAMの事例を紹介しながら、社外取締役や監査役などガバナンス責任者、さらに投資家などの方々に、KAMを理解すれば何がわかるのか、そして何がわからないのかについて、できるだけ簡単な言葉で、わかりやすくアドバイスします。

上場企業のガバナンス責任者は、KAMをテコにして、監査法人の監査手続に対する理解を深め、企業のガバナンスを強化することができます。投資家は、KAMを理解することにより、アニュアルレポートによる企業の開示をさらに深く理解することができます。 監査における情報の非対称性を解消し、資本市場の健全化に貢献したい。そのためのブログです。

2019年08月

KAMの事例分析 - (オランダ)ロイヤル・ダッチ・シェル(3)

前回と引き続き、監査報告書で説明されている監査アプローチを読んでいこう。
監査報告書は、ロイヤル・ダッチ・シェルの2018アニュアルレポートの148-169頁に含まれている。

セクション5「重要性の基準値の決定」では、重要性の基準値と手続実施上の重要性が、監査においてどのような意味を持っているのか、そしてそれらがどのように決定されたのかが説明されていた。セクション6「監査範囲の決定」では、財務諸表全体として重要性の基準値を超える虚偽表示がないことを確かめるために、監査人がどのように監査範囲を決定したかが説明されている。
監査報告書のセクション6の原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

それではセクション6「監査範囲の決定」を読んでいこう。セクション5「重要性の基準値の決定」と同じように、監査範囲の決定が監査にとってどのような意味を持っているかという説明から始まっている。

シェルの財務諸表に関する監査の範囲

何を意味するか

監査基準は、監査人が監査の範囲、タイミングと方向性を設定し、全体的な監査戦略を確立し、監査計画の策定につなげることを要求している。 監査範囲は、監査対象となる物理的な場所、事業ユニット、取引およびプロセスで構成されており、全体として、監査意見を表明するために財務諸表を十分にカバーすることが求められている。

監査範囲について平易かつ具体的に説明されている。ポイントは以下の2つである。

  • 監査人は、監査意見を表明するために、財務諸表を十分にカバーできるように、その監査範囲を決定することを基準により求められている。
  • 監査範囲が、監査対象となる拠点、事業ユニット、取引およびプロセスで構成されているものである。
それでは次に、財務諸表を十分にカバーするために、監査人はどのように監査範囲を決定するのか、ということになるが、それがリスクアプローチである。監査人は企業とその外部環境を理解した上で、まず最初にリスクの高い領域に監査リソースを集中させ、そこに重要な虚偽表示リスクがないことを検証するのである。その上で、財務諸表全体に重要な虚偽表示を見落とすことが無いように、全体的な監査範囲を決定する。具体的には、監査対象としてどの拠点、事業ユニット、取引およびプロセスを監査の対象に含めるかの決定であるが、その決定プロセスが以下に説明されている。

監査範囲決定の基準

監査リスクの評価と重要性の評価を行い、財務諸表についてISAUK)に従って意見を形成するために、シェルのどの事業ユニットを監査範囲に含めれば、全体としての十分な範囲であるかどうかを決定した。 また、マネジメントの判断などのリスクの高い領域や、金額的重要性、複雑さ、またはリスクにより重要と見なされる事業ユニットなど、よりリスクの高い分野に重点を置いて監査を行った。 シェルの監査範囲や、グループ監査報告の範囲内にある事業ユニットで実施すべき監査手続のレベルを決定するための検討項目には以下が含まれていた。
  • シェルの利益、総資産または総負債に対する事業ユニットの財務的重要性を検討するとともに、特定の勘定科目や取引に関する重要性もあわせて検討した。
  • 事業ユニットに関連する特定のリスクの重要性:異常または複雑な取引が過去にあったかどうか、重要な監査上のイシュー、または重要な虚偽表示が潜在的に、または過去において識別されているか。
  • 統制環境と企業レベルの内部統制を含むモニタリング活動の有効性。
  • リスク評価の結果、不正、贈収賄または腐敗が発生する可能性が通常よりも高いと考えられる拠点。 そして;
  • 2017年の監査の結果として指摘した発見事項、所見、監査差異。

上の説明を読めば、監査人が、どの拠点、事業ユニット、取引やプロセスをグループ監査の対象に含めるかを決定するために、財務的な重要性とともに、事業ユニットや、取引またはプロセスに固有のリスクを評価していることがわかる。
財務的に重要な事業ユニットはどれか、また個別の勘定科目や取引は十分にカバーされているか、などを考えながら、フルスコープ監査の対象とする事業ユニットと、特定の勘定科目または取引だけを監査する事業ユニットなどを識別している。
また、マネジメントの判断や見積りのリスクの高い領域や、特にリスクのある事業ユニット、内部統制が弱い拠点や、過去の監査で不正や誤謬等の発見事項があった取引やプロセスなども識別し、グループ監査の対象に含めているのである。
グループ監査でのリスクアプローチの適用については、こちらの記事も参考にして欲しい。

このようなリスク評価により、決定した監査範囲を前期の監査範囲と比較している。

監査範囲内の事業ユニットの選択

 我々は、2018年の監査範囲を2017年と比較して再評価した。特に、シェルの財務機能とプロセスの継続的な強化、特にプロセスのさらなる標準化とビジネスサービスセンター(BSC)への移行を検討した。 これにより、監査手続をさらに一元化し、監査範囲を再調整して、コンポーネントレベルでの監査を縮小し、監査範囲内の事業ユニットの数を減らすことができた。
また、ダウンストリーム内の監査リスクの低下、一元化された監査手続の増加、2016年に取得した旧BGグループのコンポーネントとレガシーシステムの統合、およびシェルの廃棄プログラムを反映することにより監査範囲を見直した。
基礎となるシェルのビジネスとリスクの変化を反映するため、監査範囲を年間を通じて見直しを行ったが、大幅な変更の必要はなかった。

業務プロセスの変更や、それに伴うリスク評価の変更による監査範囲の見直しが説明されている。特に、シェルの業務プロセスがビジネスサービスセンター(BSC)に一元化されることに伴い、監査人もこれまで複数のコンポーネントで実施していた監査手続をBSCに対する手続に一元化していることがわかる。
監査人は、上のリスク評価にもとづいて決定した監査範囲について説明している。
まずは、監査でカバーされる範囲である。

フルスコープ監査と、特定の勘定残高監査

サイズまたはリスク特性に基づいて、11か国(201712か国)で52事業ユニット(201767事業ユニット)を選択しました。 19事業ユニット(2017:25事業ユニット)の完全な財務情報のフルスコープの監査を実施しました。 33事業ユニット(2017:42事業ユニット)については、金額的重要性とリスクプロファイルに基づいて、事業ユニット内の個々の特定の勘定残高に範囲を絞って監査手続を実行しました。

フルスコープ監査と、特定の勘定残高に対する監査の対象となる拠点や事業ユニットの数が示されているが、前期にくらべて減少していることがわかる。BSCへのプロセスの集中化や手続の一元化による監査範囲の見直しの結果だと思われる。
次に、監査ではないが、リスクに対応する特定の手続でカバーされている事業ユニットについて説明されている。

特定の手続
上記の52事業ユニット(2017:67事業ユニット)に加えて、さらに38事業ユニット(2017:47事業ユニット)を選択し、グループ監査チームが指定した事業ユニットレベルで、特定のリスク要因に対応するとともに、グループ全体のレベルで残余の虚偽表示リスクを減少し、適切にカバーすることを確実にするために、特定の手続を実行した。 

特定の手続の対象事業ユニット数は前期よりも減少しているが、減少の理由は明確にはかかれていない。前期に特定の手続の対象となっていたプロセスや取引の一元化や、手続やコントロールの集中化によるものと思われる。

監査手続の場合は、フルスコープにせよ、特定の勘定残高に対する監査にせよ、その手続の対象に重要な虚偽表示がないこと検証する必要があり、そのための手続というのはISA(監査基準)の中で決められている。したがって、特定の残高だけを監査するだけでも、ISAにしたがったリスク評価から、リスク対応手続までが必要となってくる。一方、特定の手続の場合は、識別したリスクに対応する特別な手続として監査人が必要と判断した手続であり、監査に比べて簡略化できる。

監査人は、監査の対象とした52事業ユニットとは別に、38事業ユニットについて、事業ユニットの特有のリスク要因に対応するためにデザインされた特定の手続を事業ユニットレベル、すなわちコンポーネントレベルで実施し、さらにグループレベルで、重要な残余リスクがないことを確認するための手続も合わせて実施している。
なお、コンポーネントレベルでの手続は、グループ監査チームからの監査指示書に従ってコンポーネント監査人が実施する。その場合に適用される重要性は、手続実施上の重要性の一定割合が配分される。コンポーネントへの手続実施上の配分は、前回の記事を参照してほしい。

52の監査対象事業ユニットと38の特定の手続の対象となった事業ユニットに加えて、さらに62の事業ユニットについては、事業ユニットレベルではなく、グループレーベルでの特定の手続を実施している。

さらに62の事業ユニットでグループレベルでの特定の手続が実行されました。

これらの手続には、以下の手続が含まれます。すなわち、シェルのすべての事業ユニットにわたって存在する重要かつ複雑な会計上の論点の影響へのシェルの集中化された活動、収益および売掛金に関する集中化された分析プログラムのテスト、売上および購入から支払いまでのプロセスに関連するIT全般統制およびITアプリケーション統制を含むコントロールのテスト、投資有価証券に対する手続、セグメントレベルの減損レビュー、繰延税金資産の回収可能性に関連する将来予想に対する手続、および退職年金制度の仮定に対するレビューのテストが含まれる 。

これらのグループレベルで実施した特定の手続は、主にグループ全体わたって設定されているプロセスや内部統制の検証や、グループレベルで一元的に検証している投資有価証券の減損、繰延税金資産の回収可能性や、退職年金債務の見積りに使われる仮定などの検証である。

最後に、上記の手続でカバーされなかった残りの637事業ユニットについて、グループレベルで実施した手続である。

グループ全体の手続
残りの637事業ユニット(2017688事業ユニット)については、シェルの集中化されたグループ会計および報告プロセスに関連する補足的な監査手続を実行しました。 これらには、グループ会社間勘定残高の適切な相殺消去、および訴訟およびその他の請求に関する引当金の網羅性リスクに対応するシェルのプロセスなどが含まれる。我々は、年間を通じて手入力仕訳と連結仕訳の両方のテストを行うとともに、BSCでの同種のプロセスとコントロールや、グループ全体に関連するITシステムのテストを実行した。

事業ユニットは、コンポーネントとして財務的に重要でもないし、重要な特定のリスク要因があるわけでもないため、コンポーネント監査人に監査手続または特定の手続をさせるほどの重要性はない。一方で、グループ財務諸表全体として十分にカバレッジをえるために、これらの事業ユニットの財務情報に対して、グループレベルでできる手続を補足的監査手続として実施している。

そのため、実施される具体的な手続としては、連結仕訳の計上プロセスや、訴訟リスクの網羅性チェックのプロセスといったシェルがグループとして実施している手続を通じての検証や、下に説明されている財務諸表の分析的レビューが主体となる。

私たちは、財務諸表のライン項目ごとに、分解されたレベルで分析レビューを実施し、また、シェルが実施しているグループ、セグメントおよび機能レベルでの分析手続をテストした。 このテストに加えて、内部および外部のデータを統合して重大な虚偽表示の潜在的なリスクを特定するリスクスキャンアナリティクス手法を適用した。 これにより、637の事業ユニットのそれぞれのリスクを評価することができ、それにより、ターゲットテストを実施することが適切であると考えられる155の事業ユニットを特定しました。 これには、マニュアル入力仕訳の監査や、サードパーティベンダーへの支払いのテストが含まれ、これらがシェルのポリシーに沿って承認され、適切なビジネス上の合理性があることを確認しました。

リスクスキャンアナリティクス手法の具体的な内容は明確でないが、仕訳入力テストと同様の手続だと思われる。仕訳データなどの内部データと、外部データをリスクを示すキーワードで検索するこにより、リスクの兆候を示す事業ユニットを特定した上で、マニュアル入力仕訳に対する監査手続や外部への支払いのテストを追加で実施したと考えられる。

最後に、上記の手続によるカバレッジをビジュアライズしたチャートが示されている。監査人としては、監査意見を表明する上で十分なこのカバレッジであると判断している。

フルスコープ監査、特定の勘定残高の監査、特定の手続、グループ全体の手続で得られたカバレッジは以下のとおりである。 損益計算書勘定と貸借対照表小計ごとに要約している。 各項目に表示される金額は、特定の勘定残高の100%を表します。 2017年の比較情報は、2017年の監査意見と整合するベースで以下に示されています。我々が実施したフルスコープ監査、特定の勘定残高の監査、特定の手続は、 全体として、シェルの四半期業績報告で識別された特定の項目を除き、実効税率に調整されたシェルのCCS収益を絶対値ベースで72%カバーしました。 残りのCCS収益は、グループ全体の手続でカバーしました。

チャートを見ると、当期のカバレッジが前期よりも増えていることがわかる。カバレッジが金額で示されており、マークス&スペンサーBAE Systemsの監査報告書が割合で示していたのと違い、特徴的である。
当期の売上は388百万ドル(2017年: 305百万ドル)、仕入は294百万ドル(2017年:223百万ドル)であり、カバレッジは100%に近いので、割合を示すよりも、金額で示した方が有用な情報と考えたと思われる。


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(参考) 監査報告書(セクション6)の原文 (クリックして読んでください。)



RDS_Audit Scope(1)
RDS_Audit Scope(2)

KAMの事例分析 - (オランダ)ロイヤル・ダッチ・シェル(2)

前回と引き続き、監査報告書で説明されている監査アプローチを読んでいこう。
監査報告書は、ロイヤル・ダッチ・シェルの2018アニュアルレポートの148-169頁に含まれている。

前回はセクション4をカバーしたので、今回はセクション5「重要性の基準値の決定」である。
監査報告書のセクション5の原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

セクション5は、監査人の重要性の基準値のコンセプトを説明したものである。

重要性の基準値の決定方法
マークス&スペンサーの監査報告書では、重要性の基準値と僅少許容金額については説明があったものの手続重要性の重要性についての言及がなかった。しかしながら、シェルの監査報告書では、「重要性の基準値(Overall materiality)」、「手続実施上の重要性(Performance materiality)」、「僅少許容金額(Audit Committee reporting threshold)」のそれぞれについて、意味(What means)、設定金額のレベル(Level set)が説明されており、さらに「重要性の基準値」については、2018年監査において、設定された金額の根拠が詳細に述べられている。
「重要性の基準値」に関する一般的な説明はこちらを参照して欲しい。

それでは、その一つ一つについて、監査人がどのように考えたかを理解することにしよう。
まずは「重要性の基準値(Overall materiality)」。
重要性のコンセプトの適用
我々の監査の範囲は、重要性に対する我々の考え方に影響される。 監査ストラテジーを策定する際、財務諸表全体のレベルと個別の勘定残高のレベル(「手続実施上の重要性」(以下を参照))で重要性を決定する。
  • 財務諸表全体の重要性の基準値:1,000百万ドル
  • 手続実施上の重要性:750百万ドル
  • 僅少許容金額:50百万ドル
重要性の基準値とは、監査を実施する上での目の粗さである。監査の範囲というのは、財務諸表全体のうち、手続でカバーされる範囲であるから、重要性の基準値が大きければそれだけ範囲は狭くなり、テストの対象にならない勘定科目も増えるのである。
また、重要性の基準値を個別の勘定科目に適用する場合は、集計リスク(Aggregation risk)を考慮して、財務諸表全体の重要性の基準値(1,000百万ドル)よりも小さい「手続実施上の重要性(750百万ドル)」を適用する。また、僅少許容金額(50百万ドル)とは、集計リスクを考えても重要な虚偽表示にならないとして、これを下回る虚偽表示は集計して財務諸表の影響を評価することも、監査委員会へ報告することも求められないとして設定された閾値である。

次は、重要性の基準値が、監査においてどういう意味を持っているかの説明である。単に監査基準上の定義を説明するのではなく、できるだけ平易な言葉で、その意味するところを説明している。

何を意味するか?

重要性の基準値は、監査の計画と実施、さらに、識別された虚偽表示(表示の省略を含む)が監査に与える影響の評価および監査意見の形成の両方に適用される。財務諸表に重大な虚偽表示(不正または誤謬による)がないかを判断する目的において、個別にまたは全体として、財務諸表の利用者の経済的判断に合理的に影響を及ぼすと予想される虚偽表示の大きさとして重要性の基準値は定義されている。  また、シェルの特定の状況に照らして、財務諸表全体の重要性の基準値を適切なレベルに設定することが必要である。

重要性の基準値の意味するところは、その基準値よりも大きな虚偽表示は、シェルの財務諸表の利用者の経済的判断に影響を及ぼすと予想されるため、監査人として、財務諸表が適正であるという意見形成ができない金額ということである。
重要性の基準値は、重要な虚偽表示リスクを識別、評価するとともに、監査手続の性質と範囲を決定するためのベースとなる。 重要性の評価には職業的専門的としての判断が必要であり、定性的および定量的な検討事項を考慮する必要がある。 また、その決定においては、シェルのガバナンス責任者および財務諸表の利用者がどのような期待を有しているかも考慮する。 監査基準は、重要性の基準値の再評価を監査期間を通じて行うことを要求している。
監査人は財務諸表が適正であるという意見形成をするための根拠として、財務諸表が全体として、重要性の基準値よりも大きく間違っていないと判断できるだけのエビデンスを必要としている。そのため、重要性の基準値を超える虚偽表示を見逃さないように、監査手続の範囲や性質を決定する必要があるのである。また、そのような基準値は、監査の期間を通じての監査人のリスク評価のアップデートに応じて再評価される必要がある。
監査人は、意見形成の段階において、発見された虚偽表示を集計し、潜在的な虚偽表示を考慮しても、財務諸表が全体として重要性の基準値を超えて間違っていないかどうかを判断し、意見表明のための根拠とするのである。

それでは、監査人はそのような重要性の基準値を具体的にどのレベルに設定したのかを理解しよう。

設定されたレベル

グループ(連結財務諸表)の重要性

シェルの連結財務諸表全体に対する暫定的な重要性の基準値として10億ドルに設定しました(2017年:8億ドル)。 この暫定値について、シェルの業績と外部市場の状況を考慮しながら、年間を通して見直し、当初の評価の妥当性を再評価した。 その結果、連結財務諸表全体に対する重要性の基準値を変更する必要はないと判断しました。

親会社(単体財務諸表)の重要性

親会社(単体財務諸表)の重要性の基準値は26億ドル(2017年:25億ドル)であると判断しました。これは資本の1%(2017年:1%)です。 資本は投資持株会社の重要性を判断するための適切な基準であり、1%は重要性を判断するために使用する資本の典型的な比率です。 連結グループの監査に関連する親会社の財務諸表の残高はすべて、グループの手続上の重要性を配分した金額を使用して監査した。

グループの重要性については、シェルの業績と外部市場の状況を勘案して10億ドル(2017年:8億ドル)と設定している。前期に比べて増加しているが、税引前利益は、2018年は356億ドルに対して2017年は181億ドルであることを考慮すると、保守的な判断のように思える。また、10億ドルという重要性の基準値の税引前利益に対する比率は2.8%であり、利益ベースのベンチマークに対する典型的な比率である5%よりも低いレベルに設定されている。

一方で、親会社の重要性は、ベンチマークとして純資産に、典型的な比率として1%を乗じることにより、26億ドル(2017年: 25億ドル)と設定したという説明である。しかしながら、連結財務諸表を参照すると、純資産の金額は2,025億ドル(2017年:1,978億ドル)であり、これらを比較すると1.3%となるので、純資産の金額に何らかの調整が行われていると思われる。
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グループ監査において、コンポーネントの重要性がグループの重要性を超えないように設定することが求められている。しかしながら、上の親会社の重要性の26億ドル(2017年: 25億ドル)は、グループの重要性である10億ドル(2017年:8億ドル)を超過してしまっている。ここでは説明されていないが、この親会社の重要性は、親会社単体財務諸表の重要性であり、連結監査において適用されているわけではないと考えられる。

次に、このグループの重要性の基準値である10億ドルがどのように設定されたかが説明されているので、これを読んでいこう。

2018年監査での重要性の基準値の根拠

我々は、連結財務諸表全体に対する重要性の基準値は10億ドルと判断した。 これは、シェルの2016年と2017年の平均収益、および2018年の、現在の供給ベースのコストでの見積り収益(Current Cost of Supplies basis:CCSベース収益)に、シェルの四半期業績報告に含まれる特定の項目を除き、実効税額を調整することにより導き出される。 10億ドルは、計算された平均CCS収益に一定の割合を適用して決定されました。 利益関連のベンチマークを使用して全体的な重要性を判断する場合、典型的には税引前指標の5%のベンチマーク率が適用される。 連結財務諸表全体に対する重要性の金額を設定する際には、より慎重に判断し、5%ベンチマークを下回るレートを適用した。その結果、連結財務諸表全体に対する重要性は、2018年の税引前の利益の3%未満となった。


重要性を判断する際、監査基準は、税引前収入、売上総利益、総収入などのベンチマーを使用することを求めている。それでも、監査人は、収益、取引または資本ベースのベンチマークのどれがシェルの財務諸表のユーザーや監査委員会の期待に最も合致するかなどについて、相当なレベルの判断を要求される。 我々は、重要性の基準値を評価するにあたって、最も適切なベンチマークを決定する際に、「合理的な投資家の視点」を適用している。 これは、シェルの投資家が共通的にもっている財務情報に対するニーズをグループとして理解していることを反映しており、それは、CCS利益から特定の項目を除いたものであると考えている。 シェルの四半期業績発表では、特定された項目を除くCCS収益を利益の主要な指標として提示している。


特定の項目を除くCCS利益からは、在庫簿価に対する石油価格の変化の影響と、シェルの営業成績を著しく歪める可能性のある特定された項目の両方が取り除かれる。 我々の見解では、特定の項目を除いたCCS利益を使用することにより、投資家はマネジメントの経営成績を、商品価格の環境を前提に理解するのではなく、そういった商品環境に左右されることなく理解することができる。 さらに、アナリストの予測は、特定の項目を除くCCS利益を経営成績指標として支持している。 アナリストのコンセンサスデータは、特定された項目を除くCCS利益が合理的な投資家の観点からも、経営成績の重要な指標であるという私たちの判断をサポートしている。

シェルが四半期業績発表で報告した特定の項目は、純売却益(33億ドル)、純減損(10億ドルの費用)、商品デリバティブおよび特定のガス契約の公正価値会計(11億ドルの利益)、重複および再編(2億ドルの費用)、その他の小項目の合計(1億ドルの費用)である。

10億ドルの重要性の基準値は、調整後税前利益をベンチマークとして算定している。具体的には、直近の供給コストベースの利益であるCCS利益に対して、特定の項目を調整した利益をベンチマークとし、利益ベースのベンチマークに典型的な比率である5%よりもさらに保守的な比率を採用したことが説明されている。2018年のCCS利益は243億ドルとの比率では、4.1%になっている。

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また、ベンチマークとしての経営成績指標が、投資家から圧倒的な支持を得ていること、さらに特定の項目を除外したCCS利益を使うことが、石油価格などの外部市場価格の変動によって重要性の基準値が左右されることを防ぐことが、投資家の観点からも、より適切な経営指標であると判断していることが説明されている。

重要性の基準値の算定方法について、前期との比較も詳細に説明されている。

2017年に除外された特定項目は、純資産売却益(16億ドル)、減損(30億ドルの費用)、商品デリバティブおよび特定のガス契約の公正価値会計(3億ドルの損失)、重複と再構築(4億ドルの費用)、 税収の為替レートの変動(6億ドルの利益)、米国の税制改革法案から生じる影響(20億ドルの費用)、およびその他の小項目の合計(2億ドルの費用)。 これらの要因を分析し、我々はシェルの四半期業績発表で報告された特定の項目を除き、さらに実効税率に調整されたシェルのCCS利益にフォーカスする必要があると結論付けた。 2017年には、原油価格の低迷による平均収益の計算に、フォワード・ルッキングな要素を含めた。 しかし、今年度は、原油価格の環境がより安定しているため、フォワード・ルッキングな見解を使用していない。

特定項目の内容と金額に関して説明しているとともに、2017年は原油価格の不安定で一時的な影響が大きいと考えて、フォワード・ルッキングな要素を重要性の金額の算定に含めていたが、2018年は、原油価格が安定していると判断し、フォワード・ルッキングな要素は含めていないことが説明されている。

次に、手続実施上の重要性についての説明である。
重要性の基準値と同様に、手続実施上の重要性が監査においてどういう意味を持つのかをできるだけ平易な言葉で説明しようとしていることがわかる。

何を意味するか

財務諸表全体に対する重要性を設定したした後、「手続実施上の重要性」を決定した。これは、個々の勘定科目の虚偽表示に対する許容金額を表している。 シェルの財務諸表全体の未修正かつ発見されていない虚偽表示の合計が、重要性全体である10億ドルを超える確率を適切に低いレベルに下げるために、財務諸表全体に対する重要性の一定の割合として計算される。

手続実施上の重要性の意味するところの説明である。このコンセプトはわかりにくい面があり、マークス&スペンサーのように、あえて説明を省略するケースも多いが、シェルの場合はきちんと説明されているので、じっくり解説したいと思う。

まず、監査人としては財務諸表全体で10億ドルを超える虚偽表示が無いことについて確信を得る必要があるということを押さえて欲しい。ただし、実際の手続は個別の勘定残高ごとにテストしていくわけであるが、問題は、個別の勘定残高にいくら以上の虚偽表示がないことに確信を持てれば良いかという点である。
監査手続というのは、内部統制を検証したとしても、すべてのコントロールがいつも有効に機能しているという保証が得られるわけではない。また、実証手続においても、サンプリングや、分析的実証手続では、すべての虚偽表示が発見できるわけではなく、一定の金額以上の虚偽表示が発見できないリスクを避けるための手続でしかない。したがって、監査手続と、その結果の評価では、この一定の金額未満の潜在的な虚偽表示が存在することを前提にしているのである。
この一定の金額が、手続実施上の重要性という理解で良いであろう。仮に、この手続実施上の重要性を、財務諸表全体の重要性の基準値と同じにした場合、すべての勘定科目について手続を実施して、結果として虚偽表示が全く発見されなかったとしても、重要性の基準値と同じ大きさの潜在的な虚偽表示が財務諸表に含まれていることになる。もし、一つでも虚偽表示が見つかって、修正されなければ、財務諸表は適正でないことになってしまうのである。また、勘定科目も複数あるので、勘定残高ごとのテストで発見される虚偽表示の集計リスクも考えなければいけない。
そこで、手続実施上の重要性というのは、重要性の基準値の7割程度に設定して、ある程度余裕をもたせることが必要なのである。また、この7割というのも、企業の内部統制がしっかりしていて虚偽表示が発生するリスクが小さいとか、たとえ虚偽表示があったとしても、マネジメントが修正する可能性が高ければ、さらに大きくすることも可能なのである。

グループ監査の場合は、コンポーネントごとにこの手続実施上の重要性を決定する必要がある。そのことを手続実施上の重要性の事業ユニットへの配分として以下のように説明されている。

監査範囲の決定後、手続実施上の重要性を監査範囲内のさまざまな事業ユニットに配分しました。 監査範囲内の事業ユニット監査チームは、この配分された手続実施上の重要性を使用して、グループ監査手続を実行しました。 手続実施上の重要性の配分は、シェルへの収益の貢献度またはその他の適切な指標で測定される事業ユニットのサイズ、および事業ユニットのリスクによって決定する。

実施上の重要性の一定割合をコンポーネントの重要性やリスクに応じてそれぞれ配分していくのであるが、事業ユニットの重要性やユニット固有のリスクに応じて配分される金額を決めていくのである。
下はセクション6の監査範囲の決定についての説明に含まれる表であるが、一番右の列にコンポーとネントごとに配分された手続実施上の重要性の金額が記載されている。(クリックして読んでください。)

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それでは、監査人が、どのレベルに手続実施上の重要性を設定したかを理解しよう。

設定されたレベル

リスク評価に基づき、手続実施上の重要性は財務諸表全体に対する重要性の75%(201750%)、つまり750百万ドル(2017400百万ドル)であると判断した。 2018年の監査において、適切なレベルを決定する際には、2017年の監査で発見された差異の性質、数だけでなく、全社的な統制環境の影響を考慮する。 手続実施上の重要性が増加した理由は、シェルにおけるIT全般統制の強化と、監査で発見されない未修正の虚偽記載の可能性を評価した結果である。 2018年、事業ユニットに配分された手続実施上の重要性は113百万ドルから375百万ドルであって。(2017年:40百万ドルから260百万ドル)。 詳細については、以下のセクション6を参照。

シェルの場合、重要性の基準値10億ドルに対して、手続実施上の重要性はその75%、すなわち7.5億ドルに設定している。典型的な割合である70%を超えているので、監査人は過年度の監査での経験から、会社の財務諸表に虚偽表示がある可能性を低く見積もっており、仮にあったとしてもマネジメントが修正に応じてくれるという想定があると想像できるのである。

また事業ユニットに配分された手続実施上の重要性の113百万ドルから375百万ドルというのは、上の表で説明されているとおりである。


最後に僅少許容金額の説明である。

何を意味するか

識別された虚偽表示が明らかに僅少なものであると見なされる金額です。 この閾値を上回る監査差異は集計され、監査委員会に報告される。 ただし、その閾値を下回る差異であっても、定性的な問題がある場合は、報告に含める必要がある。 我々は、未修正の虚偽表示を評価するにあたって、上で説明した重要性の定量的尺度と、その他の関連する定性的事項の両方を考慮して意見を形成する。

僅少許容金額は、明らかに僅少であり、集計リスクを考慮しても重要な虚偽表示とならないと考える閾値である。不正や、内部統制に広範な問題があるといった定性的な問題がなければ、これらは通常、集計されたり評価されることもなく、監査委員会にも報告もされない。
監査人は、発見した未修正の虚偽表示を評価して、財務諸表に対する監査意見を形成するのであるが、そのような僅少許容金額未満の虚偽表示については、評価の対象にもならない。

監査人が設定した僅少許容金額の閾値についての説明である。

設定されたレベル

我々は、50百万ドルを超えるすべての監査の差異(2017年:40百万ドル)と、これを下回るさいであっても定性的に問題がある差異を報告に含めることについて監査委員会と同意した。

僅少許容金額は、典型的には、重要性の基準値の5%である。シェルの例でも重要性の基準値である10億ドルの5%の50百万ドルを僅少許容金額としていることがわかる。また、監査委員会から同意をもらっていることが説明されている。



(参考) 監査報告書(セクション5)の原文 (クリックして読んでください。)
RDS_Materiality(1)
RDS_Materiality(2)

KAMの事例分析 - (オランダ)ロイヤル・ダッチ・シェル(1)

英国(4社)、スイス(1社)、ドイツ(1社)と選んできたので、次はオランダからロイヤル・ダッチ・シェルを選んでみた。監査報告書を読んでみたところ、監査のリスクアプローチが分かりやすく、かつ詳細に説明されている。KAM以外の部分も含めてじっくり読んでいきながら、リスクアプローチの解説もできればと思う。

監査報告書は、ロイヤル・ダッチ・シェルの2018アニュアルレポートの148-169頁に含まれており、実に22ページにもわたる長いものである。また、エネルギー企業ということで、環境保護に配慮しているためか、アニュアルレポートが表紙以外は白黒である。企業の姿勢が表れていて興味深い。

まずは、監査報告書の冒頭部分から読んでいきたい。
監査報告書(冒頭部分)の原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

監査報告書の1. 「監査意見」と、2. 「監査意見の根拠」のセクションついては、通常の内容である。また、パラグラフ3. 「継続企業の前提、主要なリスクおよび存続可能性報告書に対する監査人の結論」についても、アニュアルレポートに含まれる「その他の情報」についての監査人の結論を記載しており、内容としては通常の内容である。また、監査の対象は、グループの連結財務諸表と、親会社単体財務諸表の両方である。したがってKAMについても、これら両方の財務諸表について報告されている。

特筆すべきは、セクション4から6で、監査人のリスクアプローチが詳しく説明した上で、セクション7のKAMの識別につなげている点である。

パラグラフ4は、以下の項目ごとに、監査のアプローチがフローチャート形式で記載されている。
監査のアプローチ


このうち、最初の2つを理解し、以降については次回以降に解説していくことにしたい。

まずは、「シェルのビジネスと外部環境の理解のアップデート」である。リスク評価においては、以下が求められることを留意しながら監査人の手続を理解していこう。
  1. 企業と、その外部環境について理解すること、
  2. 企業の理解には、主要な業務プロセスと、関連する内部統制の理解が含まれること、さらに
  3. 内部統制の理解にあたっては、主要なコントロールのデザインと実装を理解し、重要な虚偽表示リスクを識別することが必要があること

シェルのビジネスとその環境についての理解のアップデート
我々のグローバル監査チームは、大規模な統合された国際的な石油およびガス会社の監査に長年携わったことにより、業界で深い経験を持有している。 監査計画は、地政学的リスク、気候変動とエネルギー転換の潜在的影響、商品価格リスク、業界の主要なトレンドなどの、外部市場要因に関する見解のアップデートから始めた。 我々は、この知識に基づいて、シェルの戦略とビジネスモデルの理解をアップデートした。 そのための手続として、質問、分析的手続、観察、複数のオペレーション・ユニットへの訪問、および外部データのレビューを実施した。 シェルのビジネスとその環境に関するこの理解を活用することにより、リスク評価手続を実施した。


リスク評価手続として、前期の監査でのリスク評価をベースに、外部環境の理解をアップデートすることで、当期のリスク評価を行っていることが説明されている。
内部統制の理解については、具体的に言及されていないものの、質問、分析的手続、観察、複数のオペレーション・ユニットへの訪問、および外部データのレビューを含む手続を行ったとある。前期の監査で理解した業務プロセスや関連するコントロールについて変更の有無などを質問するとともに、財務諸表データや外部データに対する分析的手続によって、リスク評価を行うとともに、コントロールのデザインと実装についての評価も行ったと思われる。

次に、「重要な虚偽表示リスクの識別と評価に関する説明である。

重要な虚偽表示リスクの識別と評価

2017年の監査の結果とともに、当期のリスク評価手続の結果が、2018年の監査の重要な虚偽表示のリスクを識別および評価するための新たなベースとして活用される。 その結果、監査において特に注意を払う必要があるリスクについての我々の評価が変更されたのは、以下の点である。

  • 減価償却費、減耗償却費及び償却費(DDA)の計算で用いられる石油およびガス埋蔵量の見積り、減損テスト、撤退および復旧引当金の見積り:DDA及び減損テストの計算に使用される石油・ガス埋蔵量の不適切な見積りによる重要な虚偽表示リスクが存在するという我々のリスク評価は変わっていないが、「特別な検討を必要とするリスク」の内容を精緻化した。 2016年と2017年の監査をベースとするオープニングポジションに対して、虚偽表示リスクの重点を変更し、期中における特定の重大な変化が財務諸表に与える影響にフォーカスすることにした。特定の重大な変化とは、最終投資決定(FID)の段階での確認埋蔵量の重要な変動、開発/経済性評価/試掘の変更、さらに、ライセンス更新か更新予定かの変更である。
  • 探索および生産資産の回収可能量、ならびにアップストリームおよび統合ガスセグメントの合弁事業および関連会社への投資:石油およびガス価格の見通しが2016年および2017年よりもプラスであったため、石油およびガス価格の低下による重大な減損のリスクの可能性が低下した。また、同社は資産の簿価が低価格環境でも回収可能であることを示している。 そのため、過度に楽観的な価格見通しにより、資産の回収可能額の評価が過大評価されるというリスクについては、「特別な検討が必要なリスク」を識別しなかさた。
  •  閉鎖および復旧(DR)引当金:2017年の監査手続の結果と原油価格の見通しに基づいて、DR引当金の見積りに影響を与えるほど、生産停止が大幅に増加するとは考えていないため、DR引当金に重大な虚偽表示の可能性が高いとは考えていない。
  • シェルの事業売却プログラムにおける資産の会計処理:2017年の監査では、カナダのオイルサンドとMotiva取引にフォーカスしました。 2018年には、同様のレベルの複雑さや規模の事業売却は予定されていなかったため、「特別な検討を必要とするリスク」が存在するとは考えていない。
  • 以下については、監査において引き続き、「特別な検討を必要とするリスク」である。(1)承認されていない取引またはトレーディング・ポジションの意図的な虚偽表示により、未実現の取引損益が認識されてしまうリスク。 及び(2)マネジメントが内部統制を無視して、収益に不適切な仕訳を計上するリスク。
前期の監査で識別した重要な虚偽表示リスクへの変更について具体的に記載されている。留意したいのは、「特別な検討を必要とするリスク」の識別について、前期からの変更内容と、その理由が説明されていることである。
上記より、当期において識別されている「特別な検討を必要とするリスク」は、以下の4つであると考えられる。
  • 石油・ガス埋蔵量の不適切な見積り、特に確認埋蔵量の重要な変動、開発/経済性評価/試掘の変更、さらに、ライセンス更新か更新予定かの変更といった判断や見積りが適切でないため、減価償却費、減耗償却費及び償却費(DD&A)が不適切となるリスク
  • 探索および生産資産の回収可能量、ならびにアップストリームおよび統合ガスセグメントの合弁事業および関連会社への投資の回収可能性
  • 承認されていない取引またはトレーディング・ポジションの意図的な虚偽表示により、未実現の取引損益が認識されてしまうリスク。
  • マネジメントが内部統制を無視して、収益に不適切な仕訳を計上するリスク。
全体的な感想として、監査人が、リスク評価手続として、どのように企業と外部環境の理解をアップデートし、重要な虚偽表示リスクを識別したかが説明されていると思われる。さらにその結果として前年度のリスク評価がどのようにアップデートされたかが、判断の理由とともに説明されている。

また、不正リスクについては、上の4つの「特別な検討を必要とするリスク」のうち、3つ目のトレーディング・ポジションの意図的な虚偽表示と、最後のマネジメントによる内部統制の無視については識別していると考えられるが、残りの2つについては判断できない。



(参考) 監査報告書(冒頭部分)の原文 (クリックして読んでください。)
RDH_Audit ReportRDH_Audit Report(2)
RDS_Overview of Audit Approach



KAMの事例分析 - (英)マークス&スペンサー(9)

前回の記事で、マークス&スペンサーの監査報告書に含まれている重要性の基準値に関する説明を解説したので、今回は、監査範囲とグループ監査に関する説明について読んでいこうと思う。

監査範囲とグループ監査についての一般的な説明については、こちらを参照して欲しい。
また、監査報告書(該当部分)の原文は、この記事の最後に貼り付けている。

監査範囲の決定にあたっての考慮事項の説明から始まっている。グループレベルでのリスク評価によって、監査範囲が決定されることが説明されている。

監査範囲の概要

我々のグループ監査の範囲は、グループとその外部環境について、グループ全体の内部統制も含めて理解することにより、グループレベルの重要な虚偽表示リスクを評価することにより決定された。 

リスク評価のポイントとして、留意したいのは、以下の2つである。
  1. グループ財務諸表レベルでの重要な虚偽表示リスクの評価をベースに範囲を決定している。
  2. リスク評価手続として、グループ全体の内部統制の理解を含め、グループとその外部環境の理解をしている。
それでは、監査人が具体的にどのようにリスク評価をし、グループ監査を計画したのかを理解しよう。

我々はリスク評価の結果と前期との整合性を考慮して、グループ監査の範囲を英国、インド、アイルランドに集中し、これらをフルスコープ監査の対象とすることとした。また、フランスについては、閉店引当金の残高について、特定の勘定残高に対する監査手続を実施した。この手続は、グループ監査チームが担当した。 


我々は、識別した重要な虚偽表示のリスクに対応するための監査業務に対する適切な基礎となるように、これらのコンポーネントを選択した。他のすべての完全所有および合弁事業は、分析レビュー手続の対象として。我々は、グループの売上の4%(2018年:3%)を占めるフランチャイズ事業収益の監査は行っているが、その基礎となるフランチャイズ事業全体を監査しているわけではない。 


親会社レベルでは、連結プロセスをテストするとともに、分析手続を実施して、フルスコープ監査に含まれないコンポーネントの財務情報に重要な虚偽表示リスクがなかったという結論を確認した。

フルスコープの監査は、英国、インド、アイルランドの3拠点を対象にし、フランスについては、閉店引当金の残高についてのみ監査手続を実施している。引当金には会計上の見積りの要素があることから金額的な重要性も考えてリスクを識別している。
また、グループレベルでの手続として、連結プロセスのテストとともに、フルスコープ監査の対象となっていないコンポーネントについては、グループレベルでの分析やレビューを行っているという説明である。フランス事業の閉店引当金についてはコンポーネントチームが監査手続を行ったが、フランチャイズ事業については、売上全体の4%しかないため、グループ監査チームがグループレベルでの分析手続を実施したのみであることがわかる。

次に、監査人がグループ監査を実施するにあたって、どのような手続をどのように分担したか、さらにその判断の根拠についての説明である。

グループにとって、最も重要なコンポーネントは英国における小売事業であり、グループの報告された売上10,377.3百万ポンド(2018年:10,698.2百万ポンド)の91%(2018年:90%)を占めており、営業利益52.8百万ポンド(2018年:23.2百万ポンド) を計上している。この英国ビジネスの監査は、グループ監査チームがコンポーネントチームの関与なしに実施した。

グループ監査チームは、直近の取引実績を理解するために、英国内の10の流通センターと25の小売店舗を訪問し、そのうちいくつかの場所で内部統制のテストと保有在庫の検証を実施した。海外拠点への訪問計画プログラムを実行し、グループ監査チームは、フルスコープ監査または特定の監査手続の対象となる各コンポーネントを少なくとも2年に1回、そのうち、最も重要なコンポーネントについては、少なくとも1年に1回訪問した。

前期および当期の訪問計画プログラムは以下のとおりである。
M&S_Visit
前期はインドしか訪問していなかったが、当期はアイルランドが訪問拠点に追加されている。
英国とアイルランドでグループ全体の売上の99%、税前調整利益の95%、税前利益の92%、総資産の80%、総負債の99%を占めるため、海外拠点の重要性は限定的といえる。アイルランドは、フルスコープ監査に対象となっているものの、グループ全体の売上の8%程度であることから、2年に一回訪問していると考えられる。ただし、インドは2年連続で訪問しているにもかかわらず、それよりも大きいアイルランドを前期訪問していなかった理由が説明されていない。

下は、グループ監査チームが、どのようにコンポーネント監査チームとコミュニケーションし、オーバーサイトしたかについての説明している。

グループ監査チームは、訪問計画プログラムにもとづく、コンポーネントへの訪問とともに、詳細な監査インストラクションをコンポーネント監査チームに発行した。さらに定期的に監査チームにブリーフィングを行い、現地のリスク評価についてディスカッションすることにより、その妥当性を検討した。

さらに、グループ監査チームは、コンポーネントチームのパートナー、マネジャーが参加するクロージングミーティングを開催するとともに、コンポーネントチームからのグループ監査報告書をレビューした。グループ監査チームに、コンポーネントのオーバーサイト専任のチームメンバーを配置することにより、効果的なコミュニケーションを行った。

ISA600は、グループ監査の実施におけるコンポーネント監査人とのコミュニケーションやオーバーサイトが適切に実施されることを要求されている。その要求事項に対する監査人の対応を説明したものである。ISA600についての簡単な説明はBAE SystemのKAMに含まれているので、是非参照して欲しい。

以上のようなグループ監査による、グループ全体に対する手続のカバレッジが円チャートによりビジュアライズされている。

M&S_Scope

総資産以外は90%を超えるカバレッジである。総資産のカバレッジは80%であるが、拠点に固有なリスクは限定的であることから、上のカバレッジで十分であると監査人が判断したと考えられる。


(参考) 監査報告書(該当部分)の原文 (クリックして読んでください。)

M&S_Scope(2)
M&S_Scope(3)


 

KAMの事例分析 - (英)マークス&スペンサー(8)

マークス&スペンサーの2019年報告書に記載されている6つのKAMをすべて読み終わったところで、別の企業のアニュアルレポートのKAMを読み進めようと思ったが、ここのところKAMの説明ばかりであったので、監査報告書のKAM以外の部分を少し読んでみようと思う。

アニュアルレポートの88-89頁にかけて、重要性の基準値と、監査範囲についての監査人の説明が監査報告書の中で説明されているので、その内容を今回と、次回に分けて取り上げようと思う。

まずは、重要性の基準値についての監査人の説明である。重要性の基準値についての一般的な説明については、こちらを参照して欲しい。

重要性の基準値
グループ財務諸表: 20百万ポンド(2018: 24.5百万ポンド)
親会社単体財務諸表: 18百万ポンド(2018: 22.1百万ポンド)

重要性の基準値の適用

我々は、重要性の基準値の定義を、合理的で知識のある人の経済的決定が変更または影響を受ける可能性のある財務諸表の虚偽表示の大きさとしている。重要性の基準値は、監査業務の範囲を計画するにあたって使用されるとともに、監査手続の結果を評価するためにも使用されている。我々は、職業的専門家としての判断に基づいて、財務諸表全体の重要性の基準値を次のように決定した:

コンポーネント監査人によるフルスコープの監査に適用される重要性の基準値は、コンポーネントのオペレーションの規模と各拠点に固有のリスク評価に応じて、2.0百万ポンドから18.0百万ポンド(2018年: 2.2百万~22.1百万ポンド)の範囲で決定した。

我々は監査委員会に対して、1百万ポンド(2018年:1百万ポンド)を超えるすべての監査差異と、その閾値を下回る差異であっても定性的な理由で報告すべき差異を報告することについて監査委員会と同意した。

また、我々は財務諸表の表示全体を評価する際に識別した開示に関する発見事項についても監査委員会に報告する。

重要性の基準値の定義から始まって、財務諸表全体の重要性の基準値(20百万ポンド)と、コンポーネント財務諸表の重要性の基準値(2.0百万~18.0百万ポンド)、さらに、僅少許容金額の閾値(1.0百万ポンド)の意味と、それらの金額がいくらに設定されたのかが説明されている。

ただし、手続実施上の重要性については、説明されていない。手続実施上重要性の定義や概念、その監査での適用方法を説明するのが難しいことから、監査人は、あえて説明を省略したものと考えられる。


次に、それらの金額がどのように設定されたかの説明である。

重要性を決定するための基礎

グループ財務諸表

当期と前期の両方で考慮された主な指標は、税引前調整利益(523.2百万ポンド)の5%のベンチマークであったが、以下の特定の調整項目の影響を除いた結果、重要性の基準値は21.5百万ポンド となった。

  • M&S銀行手数料(PPI)▲ 20.9百万ポンド 
  • 英国ロジスティクス ▲14.3百万ポンド 
  • 注記5の調整項目62.1百万ポンドに含まれる英国店舗の減損および関連費用▲ 52.8百万ポンド 

さらに、当グループの最近の取引実績、市場環境が引き続き厳しいこと、および英国のEUからの脱退といった広範な不確実性を考慮して、20百万ポンドとした。


親会社単体財務諸表

親会社単体財務諸表の重要性の基準として純資産の3%を使用したが、グループの重要性の90%を上限として18百万ポンドとした。

税引前調整利益をさらに調整した利益をベンチマークとしている。具体的には、調整項目のうち、上の3つの項目については調整項目から外した上で、ベンチマークとして、5%を乗じた金額を21.5百万ポンド (= 523.2 - 20.9 - 14.3 - 52.8) x 5%)をベースに、リスクや不確実性を加味して、20百万ポンドをグループ財務諸表全体の重要性の基準値としている。

親会社単体財務諸表は、純資産をベンチマークとして3%を乗じて算出した金額に、グループ財務諸表全体の重要性の基準値の90%をキャップとして、18百万ポンドをさいようしている。仮にこのキャップがなければ224百万ポンド( = 6,721百万ポンド x 3% )と、グループ財務諸表全体の重要性の基準値の11倍の金額であった。

コンポーネント財務諸表にグループ監査目的で適用される重要性の金額は、グループ財務諸表全体に適用される重要性の金額を超えてはならない。親会社単体の財務諸表だけを監査するのであれば、グループ財務諸表の重要性の基準値を上回っても問題ないはずであるが、グループ監査の一環として、親会社財務諸表のコンポーネントをフルスコープで監査しているので、より小さい重要性の基準値が単一の重要性の基準値として適用されたと思われる。


つぎに、このベンチマークが採用された根拠が説明されている。

適用されるベンチマークの根拠

グループ財務諸表

税引前調整後利益は、グループが使用するパフォーマンスの主要な指標である。毎年、重要性の基準値決定の根拠の一貫性と比較可能性を高めるために、特定の項目を除外した上で、調整利益を使用した。


親会社単体財務諸表

親会社は主に持株会社として機能するため、純資産は重要な指標と考えられる。

ベンチマークの採用の理由は説明されているが、それに乗じる率については説明されていない。
上場企業の場合、投資家は株価や収益率にもっとも関心があるため、税引前利益が採用されるのは通常であり、5%は利益のベンチマークに乗じる率としては典型的な率である。

親会社単体財務諸表については、親会社単体で上場しているわけではなく、財務諸表利用者は親会社を持ち株会社としてみていることから、純資産をベンチマークにしたという説明である。また、純資産に乗じる率として3%も典型的な率と考えられる。

監査報告書には、税引前調整利益(523.2百万ポンド)と、それに対応する重要性の金額(20百万ポンド)の比較と、財務諸表全体の重要性の基準値のコンポーネントへの配分が、下のチャートによってビジュアライズされている。

M&S_Materiality



(参考) 監査報告書の原文 (クリックして読んでください。)

M&S_Materiality(2)

 
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