今回も引き続き三菱ケミカルのKAMを取り上げて、欧州の先行事例とベンチマークしていきたい。監査のグローバルスタンダードであるISAに準拠している以上、日本のKAMであろうと欧州のKAMであろうと、同じレベルの情報が投資家に提供されることを期待したい。監査を実施する上で、特に注意を払うべき領域に大きな差はないはずである。三菱ケミカルのようにIFRSで財務諸表が作成されているのであればなおさらである。それでは引き続きKAMを読んでいこう。

KAMの原文は三菱ケミカルのホームページの、IRトピックスのお知らせの中に含まれている。監査報告書は、三菱ケミカルホールディングスの2019有価証券報告書の177頁に含まれているが、短文式のものであり、KAMは含まれていない。

3つ目のKAMは、耐用年数を確定できない無形資産の評価である。耐用年数のある無形資産の場合は、その年数で規則的に償却されていくが、耐用年数を確定できない無形資産の場合は、のれんと同じように償却はされず、減損評価の対象となる。
耐用年数を確定できない無形資産の評価

監査上の主要な検討事項に相当する事項の 内容及び決定理由
連結財務諸表注記 13.に記載されているとおり、会社は、2019 年3月 31 日現在、耐用年数を確定できない無形資産を192,381 百万円計 上している。主なものは、連結子会社である田辺三菱製薬株式会社が、2013 年9月のメディカ ゴ社買収及び 2017 年 10 月のニューロダーム社買収により計上した仕掛研究開発費であり、帳簿価額はそれぞれ 25,967 百万円及び 134,076 百万円である。 仕掛研究開発費は、研究開発の段階にあり、未だ規制当局の販売承認が得られていないもので使用可能な状態にないため、会社は将来の経済的便益が流入する期間が予見可能でないと判断し、耐用年数を確定できない無形資産に分類している。
上で参照されている注記13には、上とほぼ同じ内容に記載がされている。
(クリックして読んでください。)

三菱ケミカル_KAM(3-3)

上の注記によると、耐用年数を確定できない無形資産の2019年3月末残高が192,381百万円であり、そのうち2017年のニューロダーム社の買収で増加した無形資産が 134,076百万円、2013年のメディカゴ社買収で認識された無形資産が25,967百万円、そして残りの32,338百万円 ( = 192,381-134,076-25,967)がその他の耐用年数を確定できない無形資産ということになる。
重要性の基準値については監査報告書に開示されていないが、税引前利益の5%と仮定すると288,056百万円x5%=14,402百万円なので、これらの無形資産の金額は、この13倍程度の重要性ということになる。

引き続き、この無形資産残高に対する監査人のリスク評価を読んでいこう。
そのため、会社は当該資産の償却を行わず、毎年かつ減損の兆候が存在する場合はそ の都度、減損テストを実施している。 会社は、減損テストを実施するにあたり、仕掛研究開発費の回収可能価額を使用価値により測定している。使用価値は見積将来キャッシュ・フローの割引現在価値として算定しており、 重要な仮定は、規制当局の販売承認の取得の可能性、上市後の販売予想及び割引率である。 研究開発は不確実性を伴うものであり、仕掛研究開発費の減損テストにおいては、将来キ ャッシュ・フローの見積り及び割引率について、 経営者の判断が必要であるため、当監査法人は当該事項を監査上の主要な検討事項に相当する事項に該当するものと判断した。
監査人の評価は、耐用年数が確定できない無形資産の減損測定のために帳簿価額と比較される使用価値の見積りの不確実性にリスクがあるということであり、一般的な会計上の見積りに対するリスク評価である。また、特に金額の大きなニューロダムとメディカゴの無形資産に着目している。
前回の記事で例として取り上げたBAE Systemsののれんの場合もそうであったし、ロシュの無形資産、あるいはのれんの場合も、減損リスクの評価においては、金額の大きさよりも、使用価値と帳簿価額の差額であるHead roomの小さい特定ののれんや無形資産に着目していた。たとえ金額が大きくても、Head roomが十分にある場合は減損リスクは小さいからである。また、Head roomが小さいかどうかは、将来キャッシュフローや市場環境の変化、あるいは過去に減損させたかどうかといった企業固有の状況が反映されるものである。
そういう意味で、無形資産の減損リスクに対する一般的なリスクと金額に大きさに着目している監査人のリスクの評価は、やや一面的になってしまっていると感じる。

それでは、監査人のリスク対応手続を理解していこう。まずはマネジメントの見積り手法やプロセス、内部統制の評価である。
監査上の対応
当監査法人は、仕掛研究開発費の評価を検討するにあたり、主として以下の監査手続を実施した。
  • 当監査法人のネットワーク・ファームの評価専門家を関与させ、使用価値の算定における評価方法を検証し、使用された割引率を評価し た。
  • 規制当局による販売承認の可能性について は、製品の開発状況及び成功確率に関してマネジメント及び担当部門責任者と議論し、研究開発の各段階における成功確率に関する過去実績 及び利用可能な外部データを考慮して評価した。
  • 上市後の販売予想については、主要なインプ ットである販売単価、販売数量、マーケット シェアに関して、外部機関による市場予測と比較し、前年度の見積りからの変更を検討するとともに、利用可能な外部データと比較した。 また、経営者と議論し、取締役会への報告資料を閲覧した。

マネジメントによる使用価値の算定で使われる主要なインプットと、使用された割引率の妥当性について、監査人の専門家を利用して評価させていることがわかる。
規制当局による販売承認の可能性は、こられの無形資産の使用価値の算定に決定的な影響を与えると思われる。この可能性を評価するために、監査人はマネジメントと担当部門の責任者とのディスカッションするとともに、成功確率に関する過去実績および利用可能な外部データを考慮して評価しているとある。しかしながら、成功確率に関する過去実績を考慮したというのが、ISA540で求められている、マネジメントの過去の予測の精度の遡及的評価に相当するのかどうかが明確に判断できない。

次に実証手続によるリスク対応手続である。
  • 割引率については、利用可能な外部データ を用いた当監査法人のネットワーク・ファームの評価専門家による見積りと比較した。
  • 使用価値の算定結果に対して感応度の高い仮定に関して、一定のリスクを反映させた経 営者による不確実性への評価について検討した。
割引率の見積りについては、評価専門家による見積りと比較したとあるが、監査上の対応の1つ目に記載されている専門家による割引率の評価とどう違うのかがわからない。割引率の見積りで、どのような仮定やインプットが使われるのか、さらに専門家による見積りとの比較の結果をどのように評価したかについても言及して欲しかったと感じる。
経営者による不確実性への評価について検討したとあるが、感応度分析の評価という形で示してもらえればより分かりやすいと感じる。

全体的な感想としては、のれんと同様であるが、特に、減損リスクについては、特定の無形資産のHead roomの状況など、固有のリスクについての情報が含まれていれば良かったと思う。その上で、マネジメントによる不確実性への対応を含む、監査人の所見を是非記載してもらいたいと感じる。


(参考) ホームページに記載されているKAMの原文
三菱ケミカル_KAM(3)