BAE Systemsの2018年Annual Reportの135-140頁の監査報告書の138頁に、監査上の重要性の基準値について説明があるので、読んでいこう。

まず、監査報告書の1ページ目、監査アプローチの概要のところに、重要性の基準値に関する説明がある。
重要性
グループ財務諸表に適用された重要性の基準値は70百万ポンドである。138頁に説明されているように、重要性の基準値は、調整後税引前利益をベンチマークとして算定されている。重要性の基準値は、調整後税引前利益の4.7%、税引前利益の5.7%に相当する。
さらに、監査報告書でKAMに関する説明の後に、重要性の基準値の適用というタイトルで別のセクションが設けられている。
連結財務諸表
重要性の基準値 70百万ポンド (2017年 55百万ポンド)
重要性の基準値の決定の根拠
調整後税引前利益 1,484百万ポンドの4.7%. 税前利益の調整には、一時的な損益項目である154百万ポンド(注記1参照)、無形資産の減損費用 33百万ポンド(注記8参照)、金融商品と投資の公正価値および外貨換算調整 73百万ポンド(注記5参照)。前任監査人は連結税引前利益の4.9%を使用していました。
グループの連結財務諸表に適用された重要性の基準値の算定のためのベンチマークとして、調整後税引前利益を使用している。調整後税引前利益 1,484百万ポンドの4.7%として、70百万ポンドを重要性の基準値としていることが説明されている。前任監査人は、税引前利益を調整なしにベンチマークとしている。2018年の税前利益は1,224百万ポンド(156頁の注記6参照)であるから、調整額によりベンチマークが260百万ポンド引き上げられている。ベンチマークに対する比率としては、どちらも5%弱である。税引前利益の5%というのは、上場企業の監査におけるベンチマークとして典型的な比率である。なお、結果として、重要性の基準値は、2017年の55百万ポンドから2018年の70百万ポンドに引き上げられている。

英国の監査基準設定主体であるFRCが公表している、Extended auditor's reports - A further review of experience (January 2016)の30-31頁に、監査法人(ファーム)ごとに、使用するベンチマークの比較がある。これを見ると、2018年の監査人であるDeloitteは調整後利益を使う比率が高く、2017年の前任監査人であるKPMGは税前利益を使う比率が高い。したがって、2018年の監査でベンチマークが変わった理由は、監査人の交代のためと思われる。ベンチマークとして利用される指標は、監査法人ごとに特徴があるものの、いわゆるビッグ4では、Year2の調査ではすべて調整後利益となっている。上場企業の監査では、財務諸表の利用者が株価や利益に着目することから、利益指標をベンチマークとしているためである。

Deloitte Benchmark
KPMG Benchmark

適用されたベンチマークの合理的根拠
継続事業からの税引前調整後利益は、最も安定した比較可能な利益指標とみなされるため、最も関連性のあるベンチマークであると考えました。税引前利益にへの調整は、一時的であると見なされる項目または複雑な金融商品の評価に関連する項目です。これらは変動しやすく、事業の根本的な業績を反映していません。 我々は、他の関連するベンチマークも考慮した上で、この指標は適切であると考えます。我々が使用した重要性の金額は、税引前利益の5.7%、純資産の1.2%に相当します。 重要性の増加は、税引前利益および調整後税引前利益の増加によるものです。
ベンチマークとして税引前調整後利益を使った根拠について説明している。税引前利益に調整を加えることにより、本業の業績を反映した安定的な指標にすることができるという説明である。また、調整項目の内容や、調整した理由についても説明している。(こういった説明を投資家が求めていることは、前回の記事で説明。)
重要性基準値の増加については、税前利益および調整前税引前利益の増加と説明されているが、税引前利益は2018年の1,224百万ポンドに対して、2017年は1,037ポンドと、187百万ポンドの増加である。一方、2018年の調整後利益は、1,484百万ポンドであるため、2018年のベンチマークは、利益の調整により260百万ポンドかさ上げされている。したがって、重要性の金額の増加は、監査人が交代になり、ベンチマークを税前利益から調整後税前利益に変更した要因によるものではないかと思われる。あるいは、監査人としては、税引前利益から調整後利益への変更は、ベンチマークの変更には該当しないという判断で、あえてそのような説明を避けたのかもしれない。

利益の調整について、Extended auditor's reports - A further review of experience (January 2016)の32頁に、以下のコメントがある。

調整後利益がベンチマークとして使われた場合、その調整項目に監査人の判断が大きく作用することがわかった。重要性の基準値の決定にあたっての、このような判断に透明性が不足していることは、投資家にとっての懸念であった。調整項目として、もっとも典型的な例は、非経常的な取引や例外的な項目の利益への影響を除外するものである。
しかしながら、投資家の視点からは、どうして調整項目が監査人によって異なるのか、また、マネジメントがIFRS財務報告を業績測定のために調整したものと、どこが異なるのか、理解するのが困難な場合がある。
親会社単体財務諸表の監査で使われた重要性の基準値の開示である。
親会社単体財務諸表
重要性の基準値 38.5百万ポンド (2017年 32百万ポンド)

重要性の金額決定の基準
重要性は、親会社の純資産を基準に設定されています。

適用されたベンチマークの合理的根拠
親会社の純資産の0.9%に相当します。 さらに、当社は、親会社の重要性をグループの重要性との関連で考慮し、これをグループの重要性の55%に制限している。 我々は、純資産を親会社の財務成績を評価する際に使用する主要なベンチマークと見なしています。

親会社であるBAE Systems plc.の業績が株価と連動するわけではないので、利益指標をベンチマークとする必要性は少なくなる。一方で、グループとしては、親会社の業績については、利益よりも純資産でモニタリングしていることから、純資産の方がベンチマークとして適しているという判断である。 Annual Reportの212頁を参照すると2018年の親会社単体の税引後利益は、962百万ポンドである。単体の重要性基準値38.5百万ポンドと比較しても4%程度であり、十分に小さいことがわかる。

BlogPaint
上は、監査報告書に含まれている図であるが、親会社単体の重要性の金額38.5百万ポンドが、コンポーネントの重要性の基準値のレンジ(38.5百万ポンド~18百万ポンド)の上限であることがわかる。コンポーネントの中で親会社が最大であるためと思われる。
なお、コンポーネントの監査における重要性の基準値は連結監査の重要性の基準値を超えられないことが求められる。手続実施上の重要性を決定する際に、集計リスク(Aggregation risk)を考慮したのと同様に、コンポーネントの集計リスクによる監査リスクを軽減するためである。BAE Systemsの場合は、55%に制限しており、十分に低い金額に抑えられていると考えられる。

我々は、監査委員会との間で、我々が監査で発見した差異のうち、3.5百万ポンド(2017年3百万ポンド)を超える全ての差異を報告することを合意している。また、この閾値以下であっても、定性的な理由により、我々が報告に値すると考える差異について報告することに合意した。 我々はまた、財務諸表の全体的な表示の適正性を評価するにあたって、我々が発見した開示の問題点についても監査委員会に報告することになっている。 

監査の過程で発見した未修正の虚偽表示は集計して、重要性の基準値と比較して評価するとともに、マネジメントや監査委員会に報告するのであるが、あきらかに僅少な虚偽表示については、集計にも含めず、報告もしないのが通常である。ここで開示されている閾値3.5百万ポンド以下の虚偽表示は、あきらかに僅少ということである。
ここで誤解してほしくないのは、監査の結果、発見された虚偽表示として、監査人がマネジメントや監査委員会に報告しているものも、重要性の基準値との比較において重要ではないのである。なぜなら、重要であれば、マネジメントに修正してもらう必要があるからである。上の3.5百万ポンドの閾値は、定性的な要因がある場合を除いて、集計しても意味のある金額にならないので、報告する労力が無駄だという意味である。
通常の監査においては、重要性の基準値の5%程度を目安に決めることが多く、BAE Systemsでもちょうど5%になっている。
ISA(UK &Ireland)は、重要性の基準値のコンセプトの適用については監査報告書に開示することを求めているが、手続実施上の重要性や、この僅少な虚偽表示の閾値については、監査報告書で報告することを要求していない。手続実施上の重要性よりも、僅少な虚偽表示の閾値の方が開示される場合が多いのは、監査人にとって説明が簡単だというところがあると思われる。