KAMの事例でコーポレートガバナンス

2020年から日本でも導入されるKAM(Key Audit Matter)。日本では「監査上の主要な検討事項」と呼ばれ、企業の監査における重点領域に関する情報が、監査報告書で報告されるようになる。この監査における重点領域は、いわゆるリスクアプローチによって決定されることから、KAMを理解するためには、リスクアプローチの理解が重要になる。グローバル企業の監査に長年携わってきた監査のプロフェッショナルが、KAMの事例を紹介しながら、社外取締役や監査役などガバナンス責任者、さらに投資家などの方々に、KAMを理解すれば何がわかるのか、そして何がわからないのかについて、できるだけ簡単な言葉で、わかりやすくアドバイスします。

上場企業のガバナンス責任者は、KAMをテコにして、監査法人の監査手続に対する理解を深め、企業のガバナンスを強化することができます。投資家は、KAMを理解することにより、アニュアルレポートによる企業の開示をさらに深く理解することができます。 監査における情報の非対称性を解消し、資本市場の健全化に貢献したい。そのためのブログです。

監査

ガバナンス責任者とのコミュニケーションについて

ロシュの5つのKAMについての解説が終わったところで、監査人とガバナンス責任者とのコミュニケーションについて考えたい。

ISAは、監査人がガバナンス責任者とコミュニケーションすべき事項について、ISA260「ガバナンス責任者とのコミュニケーション」で定めている。

 

最初の記事でも触れたが、そもそもKAMを監査報告書に記載することが求められるようになったのは、「監査人がガバナンス責任者とコミュニケーションしている内容を投資家にも説明すべきだ。」という要望が、特に投資家サイドから出たからである。

 投資家から見れば、監査人と監査役は、ともに企業から独立の立場で、企業の財務報告プロセスを監視する役割を担っている。その両者が監査に関係する特に重要な事項を話し合っている。にもかかわらず、監査の結果として投資家に伝えられるのは、監査報告書一枚。しかも、パス・フェイル型で、ほとんど情報が含まれていないという不満である。

KAMは、この情報の非対称性を解消し、監査報酬を最終的に負担している投資家や株主に対して、もっと役に立つ情報を提供するために導入されたのである。

 KAMは、監査人がガバナンス責任者に伝達した事項の中から、特に重要な事項を識別することになっている。したがって、ISAで伝達することが要求されていないことはKAMとしても報告する必要はないと言える。一方で、監査人がガバナンス責任者に伝達すべきことで、重要な事項であれば、KAMの記載にあたって、含められるべきものと考えて良い。
ここで、ISA260の要求事項のうち、KAMに関連する事項を整理することにより、今後のKAMの分析においては、監査人がガバナンス責任者に伝達しているこれらの事項が、どこまで記載されているかという視点で考えていければと思っている。

 

監査人がガバナンス責任者に伝達すべき事項としてISA260が定めているのは以下の項目である。

ISA260.14-17

  1. 財務諸表監査に関する監査人の責任
  2. 計画した監査の範囲とタイミング
  3. 監査の過程で発見した重要な事項
  4. 監査の独立性

上記のうち、1と4については、監査人の責任や独立性を確認するためであり、KAMとは直接関係がない。したがって、以下で2と3について、掘り下げたい。

2.計画した監査の範囲とタイミングについて、ISA260には、以下のように書かれている。

ISA260.15

監査人はガバナンス責任者に対して、計画した監査の範囲と実施時期についてコミュニケーションしなければならない。このコミュニケーションには、監査人が識別した「特別な検討を必要とするリスク」を含む。

英国の場合は、ISA(UK)701により、監査範囲の概要を監査報告書に開示することが求められていることは、すでに解説したとおりである。ISA701では、そのような要求はなく、ISA260でガバナンス責任者にコミュニケーションすることだけが要求事項になっている。グループ監査の監査範囲などについても、監査手続の実施時期とともにコミュニケーションされるものと考えられる。
さらに、ISAは「特別な検討を必要とするリスク」のコミュニケーションについて以下のように述べている。

ISA260.A12

監査人が識別した「特別な検討を必要とするリスク」をコミュニケーションすることは、ガバナンス責任者がそれらがどういう問題で、なぜ、それらに対して監査上の特別な検討が必要なのかを理解するのに役立ちます。

「特別な検討を必要とするリスク」をコミュニケートすることは、ガバナンス責任者が財務報告プロセスを監視するという責務の遂行することをサポートするであろう。

 

ISA260.A13

コミュニケーションする事項には、以下が含まれる。

  • 不正または誤謬によるものであるかどうかにかかわらず、監査人が虚偽表示リスクである「特別な検討を必要とするリスク」に、どのように対応することを計画しているか。
  • 監査人が「特別な検討を必要とするリスク」ではないものの、重要な虚偽表示リスクのうち、「リスクが高い」と評価された領域にどのように対応することを計画しているか。
  • 監査に関連する内部統制に対する監査人のアプローチ。
  • 重要性のコンセプトの監査への適用。
  • 計画された監査手順を実施したり、監査結果を評価するために必要な専門的なスキルや知識の性質と程度(監査人の専門家の使用を含む)。
  • ISA701「監査上の主要な検討事項」が適用される場合、監査において監査人が特に監査上注意することが必要となる領域であり、したがって「監査上の主要な検討事項」となる可能性がある事項に関する監査人の予備的見解。
  • 適用される財務報告のフレームワーク内の重要な変化、または企業を取り巻く環境、財政状態または企業活動の重要な変化が、財務諸表および開示に与える影響に対処するために、監査人が計画しているアプローチ。

 上の要求事項は、すべとリスクアプローチのリスク評価ついてのコミュニケーションに関するものである。要約すると、なぜ「特別な検討を必要とするリスク」なのか、そのリスクにどのように対応する計画なのか、その場合、内部統制に関するアプローチはどうするのか、実証手続はどうするのか、専門家は利用するのかなどであるが含まれている。

また、英国の場合と違い、ISAの場合は、重要性の基準値を監査報告書に記載することは要求されていないものの、重要性のコンセプトをどのように監査に適用したかをコミュニケーションに含めることが求められている。

 

次に、3.監査の過程で発見した重要な事項であるが、ISA260は、監査人がガバナンス責任者に以下の内容することが要求している。

ISA260.16

監査人は、ガバナンス責任者に対して、以下についてコミュニケートしなければならない。

  • 会計方針、会計上の見積りおよび財務諸表の開示を含む、企業の会計実務の重要な質的側面に対する監査人の見解。
  • 重要な会計実務が、適用される財務報告の枠組みの下では容認可能であるものの、それが企業の特定の状況において最も適した重要な会計慣行ではないと監査人が考える場合は、その理由をガバナンス責任者に説明しなければならない。
  • 監査の過程で直面した特に困難な状況
  • すべてのガバナンス責任者がマネジメントに関与していない場合は、
監査の過程で発見され、マネジメントと協議されたか、経営者に伝達された事項
監査人がマネジメントに依頼している経営者確認書
  • 監査報告書に影響を与える状況(該当する場合)
  • 財務報告プロセスの監視に関連する重要事項と監査人が職業的専門家として判断した事項


上のうち、一番上の「監査実務の重要な質的側面」は、主に、会計上の見積りに対する監査手続に関する事項である。これまでも見てきたように、KAMとなるリスクは、ほとんどが会計上の見積りである。したがって、これらの質的側面のうち重要なものは、KAMの中で説明されるべきものだと考えて良い。

 

それでは、この質的側面について、さらに掘り下げてみる。

ISA260.A19

財務報告のフレームワークでは、通常、企業が会計上の見積りを行ったり、また会計方針および財務諸表の開示についての判断を下したりすることを想定している。例えば重要な不確実性がある会計上の見積りを行う場合などである。さらに、法律、規制または財務報告のフレームワークは、重要な会計方針の要約の開示や、「重要な会計上の見積もり」または「重要な会計方針および会計実務」へのリファレンスによって、 財務諸表の作成においてマネジメントが行った最も困難で、主観的または複雑な判断に関する情報を特定し、財務諸表の利用者に留意してもらうことを求めている。

 

ISA260.A20

したがって、財務諸表の主観的側面に関する監査人の見解は、ガバナンス責任者による財務報告プロセスの監督責任と関連性が高い可能性があります。 例えば、パラグラフA19に記載されている事項に関して、ガバナンス責任者は、「特別な検討を必要とするリスク」を生じさせている会計上の見積りに関して、企業による見積りの不確実性の開示が妥当であるかどうかについての監査人の評価に関心があるかもしれない。 企業の会計実務の重要な質的側面に関するオープンで建設的なコミュニケーションには、重要な会計実務の適合性や、開示の質についてのコメントも含まれるかもしれません。 付録2はこのコミュニケーションに含まれる可能性のある監査人の見解である。

 上で、参照されている付録2は以下のとおりである。
監査人のガバナンス責任者へのコミュニケーションに含まれる可能性のある、監査実務の質的側面は、以下のついての監査人の見解である。

  • 会計方針について
  • 会計上の見積りについて
  • 開示について
  • その他関連事項について

付録2

会計方針についての監査人の見解

  • 企業の特定の状況に対する会計方針の適切性。ただし、情報を提供するコストと、企業の財務諸表の利用者にとって有益な利益とのバランスをとる必要性を考慮する。
  • 許容可能な代替的な会計方針が存在する場合、重要な会計方針の選択によって影響を受ける財務諸表項目、および類似の事業体によって使用される会計方針に関する情報。
  • 新しい会計基準の適用を含む、重要な会計方針の最初の選択およびその変更。コミュニケーションは、以下を含むことができる。 - 会計方針の変更の適用の時期および方法が、事業体の現在および将来の収益に与える影響。また、予想される新たな会計基準に関連した会計方針の変更の時期。
  • 議論が分かれる領域や新興の領域(または、業界固有の領域、特に権威あるガイダンスや合意がない場合)における重要な会計方針の影響。
  • 取引のタイミングが、期間帰属に与える影響。
会計上の見積りは、会計基準に準拠して行われる必要かあり、企業が会計基準に適切に準拠しているかというのは非常に重要である。また、BAE Systemsの収益認識のKAMでは、IFRS15の新規適用がリスク対応において考慮されていたことも思い出してほしい。

会計上の見積りについての監査人の見解

  • マネジメントは、財務諸表において会計上の見積りを認識または開示する必要性を生じさせる可能性がある取引、事象および状況をどのように識別しているか。
  • 新たな会計上の見積りが必要になるか、あるいは既存の会計上の見積りを修正する必要性を生じさせる可能性がある状況の変化。
  • 財務諸表における会計上の見積りを認識するか否かに関するマネジメントの決定が、該当する財務報告のフレームワークに従っているかどうか。
  • 会計上の見積りの作成方法に前期から変更があったかどうか、または変更がされているはずなのか、またそうである場合には、その理由は何か、さらに、過年度における会計上の見積りの結果はどうだったのか。
  • 会計上の見積りを行うためのマネジメントのプロセス(例えば、マネジメントがモデルを使用する場合が、会計上の見積りの​​ために選択された測定基準も含め、適用可能な財務報告のフレームワークに準拠しているかどうか。
  • 会計上の見積りを作成する際にマネジメントが使用した重要な仮定が合理的であるかどうか。
  • マネジメントが使用する重要な仮定の妥当性または該当する財務報告のフレームワークの適切な適用に関連するのに必要な具体的な行動を、マネジメントが実行する意思と能力。
  • 重要な虚偽表示のリスク
  • 潜在的な経営者バイアスの兆候
  • マネジメントが代替的な仮定または結果をどのように検討したのか、またそれを採用しなかった理由は何か、あるいは会計上の見積りを行う際にマネジメントが見積りの不確実性にどう対処したのか。
  • 見積りの不確実性についての財務諸表の開示に関する妥当性。
多くのKAMでの記載されるべき内容で、もっとも重要な項目である。これまで、読んできた多くのKAMにおいてもこれらを考慮した記載がなされていた。こういった項目に対する監査人の見解をできるだけKAMに含めることによって、監査報告書の利用者に役に立つ情報を提供できると考えて差し支えないであろう。

開示についての監査人の見解

  • 特にセンシティブな財務諸表の開示(例えば、収益の認識、役員報酬、継続企業の前提、後発事象および偶発事象に関する開示)を行うにあたっての問題や判断。
  • 財務諸表における開示の全体的な中立性、一貫性および明確性
開示については、ロシュのフラットアイアン社の取得に関するKAMの例でも、「我々はまた、買収に関する当グループの開示が関連する会計基準の要件を満たしているかどうかを評価した。」という記載があったが、さらに踏み込んで、上のような内容も含めて記載してもらいたいものである。

その他関連事項に関する監査人の見解

「特別な検討を必要とするリスク」や、財務諸表に開示されている、エクスポージャー、係争中の訴訟などの不確実性が財務諸表に及ぼす潜在的な影響。

財務諸表が、通常のビジネスプロセスから外れた重要な取引か、通例でないと思われる取引によって財務諸表が影響を受ける範囲。このコミュニケーションは以下について、特に強調するかもしれません:

  • 期間中に認識されたノン・リカーリングな金額。
  • そのような取引が財務諸表において、別途開示される程度
  • そのような取引が特定の会計または税務上の取扱い、あるいは特定の法的または規制上の目的を達成するように設計されているかどうか。
  • そのような取引の形式が過度に複雑に見えるかどうか、または取引のストラクチャリングに関して広範なアドバイスを受けているかどうか。
  • マネジメントが、取引の経済的な実態よりも特定の会計処理の必要性を重視している場合。

資産および負債の簿価に影響を及ぼす要因は何か。有形資産および無形資産の耐用年数を決定するにあたっての根拠。特に、簿価に影響を与えるそのような要因がどのように選択されたか、代替的な選択は、財務諸表にどのように影響を与えるのか。

虚偽表示の選択的修正。たとえば、利益の増加方向の虚偽表示は修正するが、利益の減少方向の虚偽表示は修正しないなど。

通常のビジネスプロセスから外れた重要な取引や通例でないと思われる取引については、不正対応リスクのところでも取り上げたが、マネジメントが財務報告上の数字を操作する目的で、経済的な実態を伴わないような取引を行う取引である。ISAは、このリスクについては、監査人のリスク評価に関わらず、リスクがあると推定した上で、そのリスク対応手続を行うことを求めている。したがって、これに該当する取引があれば、KAMに含めることは必要と考えるべきであろう。


 

KAMの導入の日本の監査実務への影響について

筆者はKAMの導入が日本の監査実務に与える影響は決して少なくないと考えている。パス・フェイル型で、透明性のない監査報告書によってもたらされていた情報の不均衡が、相当程度解消していくと思うからである。監査に対する期待ギャップが解消され、コーポレートガバナンスの強化、さらには資本市場の健全化につながると考えている。

筆者が考えているプロセスは以下の10ステップである。①KAMの導入⇒②経営者や統治責任者の監査への意識の高まり⇒③企業と監査人のコミュニケーションの促進⇒④ISAへの理解の促進⇒➄情報の不均衡の是正⇒⑥監査報告書の価値向上への競争⇒➆期待ギャップの解消⇒⑧コーポレートガバナンスの強化⇒➈企業の財務報告への信頼性向上⇒➉資本市場の健全化である。

 ① KAMの導入

監査人の監査手続に関する情報がKAMとして監査報告書に記載されるようになる。これまでの、パス・フェイル型の監査報告書では、わからなかった監査人のリスク評価とその対応手続が外部からもわかるようになる。

➁ 経営者や統治責任者の監査への意識の高まり

株主などステークホルダーが、KAMについて企業に説明を求めることが想定される。経営者や統治責任者は、KAMの内容を理解し、説明できることを求められるようになる。

③ 企業と監査人とのコミュニケーションの促進

経営者や統治責任者は、監査人に対して、KAMの内容について、詳しく説明することを求めるようになる。監査人は、平易な言葉でKAMの内容と、リスク対応手続を説明することが求められ、経営者や統治責任者は、監査人が実施した手続の内容をより深く理解するようになる。

④ ISAへの理解が促進

監査人は、監査のグローバル化であるISAをベースに、あるべき監査手続を実施したことを説明することが求められるため、経営者や統治責任者のISAに対する理解が促進される。また、KAMは、国際的にも比較可能であるため、日本の監査実務が、海外のISAの監査実務と比較される。日本の監査実務がグローバルスタンダードに基づくベストプラクティスを取り入れるようになる。

➄ 情報の不均衡の是正

経営者や統治責任者は、ISAをベースにKAMを評価することにより、監査人が十分かつ適切な監査証拠を得ていることを理解する。企業は、ステークホルダーに対して、KAMの内容について十分に説明ができるようになる。

⑥ 監査報告書の価値向上への競争

監査報告書の価値は、KAMを含めた監査報告書の内容で評価されるようになる。監査人は、顧客の維持、獲得のため、より優れた内容の監査報告書の提出を競い合うようになる。企業の監査法人の選任や再任において、監査報告書の内容が考慮されるようになる。

⑦ 期待ギャップの解消

情報の不均衡が是正されれば、企業は監査人によるリスク評価と、その対応手続を自社のリスク管理に活用するようになる。企業の監査人に対する期待と、監査人の手続が合致するようになり、期待ギャップが解消される。

⑧ コーポレートガバナンスの強化

企業の統治責任者と、監査人の連携が強化され、財務報告に対するガバナンスの実効性が高まる。

➈ 企業の財務報告への信頼性向上

企業の財務報告へのガバナンスの実効性の高まりが、財務報告の信頼性が向上する。

➉ 資本市場の健全化

企業の財務報告の信頼性が高まり資本市場が健全化される。

 

上のプロセスが進まないリスクとして一般に言われていることは、次の二つである。


1. 企業がKAMの開示に消極的

財務諸表の開示だけでは気付かないようなリスクについて、監査人がKAMとして明示的に言及することへの抵抗感がある。特に、日本基準で作成された有価証券報告書の場合、IFRSにくらべて開示の内容が少ないことが、企業がKAMの導入に積極的になれないリスクであると言われている。

なお、企業の未公表情報をKAMに含めることについては、ISAは、それを含めることの公共の利益が、その弊害を上回る限りは含めるべきだとしている。また、監査の透明化によってもたらされる公共の利益は、その弊害を上回るという推定があり、KAMを監査報告書に開示しないことは極めて稀なケースとしている。単に、未公表情報に対する守秘義務を理由に妥協してしまうというのは、監査人として許容されていないと考えるべきである。


ISA701.14
監査人は、KAMと判断した事項については、以下の場合を除いて、監査報告書に記載しなければならない。
  • 法律または規制が、その事項の開示を禁止している場合
  • 極めて稀な場合として、その事項を開示することによる悪影響が、それを開示することの公共の利益を上回ると監査人が考える場合。ただし、企業がこの事項をすでに公表している場合は除く。
IAS701.A53

ISA701.14に示したように、KAMと判断された事項を監査報告書に記載しないことは、極めてに稀なケースである。なぜなら、監査の透明性を高めることが、監査報告書の利用者に与えるベネフィットの方が大きいという推定があるからである。したがって、KAMを記載しないという判断は、開示することが企業や社会に与える悪影響が、それを開示することの公共の利益よりもはるかに大きいことが合理的に予想できる場合のみ適切と判断される。

 
2. 監査人のKAMへの取組が消極的

KAMの説明に、企業固有の具体的な内容を含めることにより、実施した監査手続の詳細について説明させられることを回避したいというインセンティブがある。また、現状の監査手続で不十分な場合は、追加の手続が必要となる可能性もある。内部統制監査と違い、KAMの導入は監査法人にとって収益機会を提供するものではないことも、監査法人がそれほど積極的になれない理由と思われる。

上の2つのリスクは、企業と監査人の利害が一致することにより、結局KAMが定型的な説明にとどまり、監査報告書の透明性が改善しないという結果につながる可能性を示している。

これをKAMのボイラープレート化といい、KAM導入の実効性を阻害する要因として、多くの関係者が懸念していることである。(ボイラーのプレートは汎用性が効くことから、他社で使っているKAMを使いまわすというイメージ。)

筆者は、上のリスクは存在するものの、決定的な障害にはならないと考えている。

理由としては、

  • 既に導入している海外において、ボイラープレート化は、それほどみられていない。
  • 海外の監査実務では、監査の詳細な内容を分かり易く説明した監査報告書を提出するようになっており、監査法人間に競争原理が働いていることがわかる。
  • 投資家からのKAMに対するフィードバックがポジティブであり、特に海外投資家の要求に企業も対応する必要がある。
  • ISAが監査のグローバルスタンダードであり、KAMの内容が比較できること。

上記については、英国の監査基準設定主体であるFRCの、Extended auditor's reports - A further review of experience (January 2016)19頁に公表されている調査結果が参考になる。

リスクの説明は、どこまで企業固有で詳細か

  • 監査人が一般的な用語の使用を避けたかどうかを評価する目的で、リスクの説明をレビューしました。 監査報告書の利用者からのフィードバックは、提供されている情報だけから監査対象企業を識別することが可能なくらい、企業に固有の内容が説明されていることについて、好意的に受け取っていることがわかりました。
  • リスク報告の詳細さについての我々のレビューは主観的にならざるを得ないなものの、その結果は監査人がこれらの問題をよりテイラーされた方法で記述しているという点で大幅に進歩したことを示している。 データによると、有意義かつ、透明性の高いリスクの説明が行われている割合が1年目に比べて大きくに増えています。 -  1年目の61%から87%まで上昇。 この結果は、企業、投資家、アナリストからのフィードバックと一致しています。

Granular_Specific

上のチャートをみると、いわゆるビッグ4といわれる監査法人のうち、KPMGが1年目から企業固有の詳細な情報提供に積極的に取り組んだことがわかる。1年目において、特に興味深いのは、Deloitte, EY, PwCの消極的な取り組みである。Otherとの比較においても明らかに消極的である。それでも2年目には、積極的に取り組んだのは、競争原理が働いたためではないだろうか。筆者は、日本においても、同じような競争原理が働いて、KAMの導入は、単なるボイラープレートでは終わらないと考えている。

 

読者の皆さんもすでにお分かりだと思うが、このブログで、海外のKAMの事例を紹介し、経営者、統治責任者、さらに投資家の方々のISAのリスクアプローチの理解に役立ててもらうことは④を促進することを目的としている。監査報告書の利用者がISAのリスクアプローチを理解して、企業や監査人に対して、手続について質問することが、企業のガバナンス強化、資本市場の健全化につながるのである。

専門家の利用について

前回の記事で、KAMの事例を理解することにより、
  • 監査人が、「職業専門家としての懐疑心」を発揮して、十分な手続を実施したか、
  • 「職業的専門家としての判断」は事実と状況に基づいて、ISAのフレームワークの中で適切に行われているか、
について評価することが重要だという説明をした。であれば、そろそろ別の会社のKAMの事例を読んでいくべきだと思うのだか、その前に、「監査人による専門家の利用」について考えたい。なぜなら、KAMへの対応において、監査人による専門家の利用は、恐らく多くの読者が思われているよりはるかに重要だと思うからである。

監査人が専門家を利用するかどうかも、監査人による「職業的専門家としての判断」である。
監査人が、ISA620「専門家の業務の利用」を事実と状況にどのように適用して判断するべきなのかを考えたい。

ISA620.7
会計や監査以外の分野での専門知識が十分かつ適切な監査証拠を入手する必要がある場合には、監査人が監査人の専門家の業務を利用するかどうかを判断しなければならない。
十分かつ適切な監査証拠を入手するために、会計と監査以外の専門的な知識が必要であれば、専門家の業務の利用するかどうかを判断することが要求されている。

これを読む限り、ISAには、監査人は、会計や監査以外については専門家でないという前提があると考えるべきである。監査人によっては、自分が会計や監査以外にも、例えばデリバティブの評価や、企業価値評価などについて、専門的知識をもっていると考え、専門家の利用が不要であるという判断をするかもしれない。しかしながら、関連する資格と、十分な実務経験がないのであれば、それらを有する専門家を利用しないという職業的専門家としての判断について説明が必要となると考えられる。

ISA620.A6
  • 財務諸表の作成に会計以外の分野の専門知識の利用が含まれる場合、会計と監査の専門家である監査人は、これらの財務諸表を監査するために必要な専門知識を保有していない可能性がある。 監査パートナーは、監査チームと、監査人が利用する監査チーム外の専門家が、監査業務を実行するための適切な技能と能力をチーム全体として備えていることを確認する必要がある。
  • さらに、監査人は、監査業務を実行するために、どういった性質のリソースが、いつ、どの程度必要になるのかを確認することを求められている。 監査人が、専門家の業務を利用するかどうか、利用する場合はいつ、どの程度まで必要とするかを決定することが、監査人がこれらの要件を満たすのに役立つのである。
  • 監査が進行するにつれて、または状況が変化するにつれて、監査人が、専門家の業務を利用することに関する過去の決定を修正する必要が生じる場合もある。
財務諸表の作成ということであれば、会計知識だけで財務諸表が作成できる場合はほとんど無いのではないだろうか。典型的な例としては、退職給付債務の評価である。それ以外にも、のれんや無形資産などの評価やデリバティブの公正価値評価などは、会計以外の分野の専門知識が必要である。そういった場合に、監査チーム外の専門家も含めて監査チーム全体で適切な専門的知識を有しているかどうかを確認することが要求されている。また、会計と監査の専門家である監査人は、監査チーム外の専門家を監査チームが利用しない場合には、相応の説明が必要になると考えるべきであろう。その説明のための参考になるのが、次の規定である。

ISA620.A7
それにもかかわらず、会計と監査以外の関連分野の専門家ではない監査人は、その分野の十分な理解を得て、監査人の専門家なしで監査を実施することができる。 この理解は、たとえば、
  • 財務諸表の作成においてそのような専門知識を必要とする企業の監査経験。
  • 特定の分野における教育またはプロフェッショナル能力開発。 これには、正式なコース、または監査担当者がその分野の問題への対応能力を高めることを目的とした関連分野の専門知識を有する個人とのディスカッションが含まれる場合がある。 そのようなディスカッションは、監査業務で遭遇する特定の状況について、監査人が、専門家から特定の事項に関して情報に基づいたアドバイスを受けられるように、すべての関連する事実関係の情報を専門家に提供することが求められるコンサルテーションとは異なります。
  • 同様の業務を行った監査人との話し合い。
会計と監査以外については専門家でない監査人であっても、専門家を利用せずに監査を行う場合に、監査人は、どうやって専門知識の欠如を補うかという例を示している。
例えば、そういった専門知識を必要とする企業を多数監査した経験があるとか、トレーニングコースへの参加、専門家とのディスカッション、さらに同様の監査業務を行った監査人とのディカッションなどを行うといった例が挙げられる。
専門家を利用しないという判断が重要な監査証拠の入手に関する場合は、重要な「職業的専門家としての判断」として、監査人は、これらの例を参考に、判断の理由を監査調書に残す必要があると考えられる。

ISA620.A8
ただし、それ以外の場合には、監査人は、十分な適切な監査証拠の入手を支援するために監査人の専門家を使用することが必要であると判断するか、または専門家の利用を選択することがあります。 監査人の専門家を使用するかどうかを決定する際の考慮事項は次のとおりです。
  • 経営者が財務諸表の作成に経営者の専門家を利用したかどうか。
  • その複雑さを含む、問題の性質と重要性。
  • 本件に関連する重大な虚偽表示のリスク。
  • 以下を含む、識別されたリスクに対応するための手続の予想される性質。そのような事項に関する監査人の専門家の業務に関する知識および経験。 監査証拠の代替的な情報源の利用可能性。
上のように、専門家を利用しないという判断をせずに、専門家の利用が必要と判断するか、またはその利用を選択する場合がある。そういった判断を行う場合に、考慮すべき事項が例示されている。例えば、経営者が専門家を利用している場合は、監査人も利用した方が良いであろうし、重要な虚偽表示につながる可能性が高ければ、利用した方が良いということである。また、専門家の業務の内容を知っていれば、より正しい判断ができるであろうし、十分な監査証拠が専門家の業務を利用する以外の方法で入手できるかどうかなどを検討することとなっている。これも、入手すべき監査証拠の重要性によって、「職業的専門家としての判断」として、これらの検討結果を監査調書に記載することが求められると考えるべきであろう。


会計上の見積りのがKAMになった場合に、専門家を利用しないという選択肢は、非常に限られていると考えるべきであろう。BAE Systemsの2018 Annual Report 135頁の監査報告書では、KAMが3つ(長期契約、のれん、退職給付債務)あったが、すべて会計上の見積りに関するリスクであり、その対応手続には専門家が関与していた。
長期契約に関する売上認識においては、マネジメントの判断を評価するにあたって防衛・軍事の専門家を利用していたし、のれんの評価ついては、事業価値評価の専門家が利用されていた。さらに、退職給付債務の評価については、保険数理士が利用されていた。

筆者は、監査人の専門家の利用は、今後ますます増えていくと考えている。監査人が「職業専門家としての懐疑心」を十分に発揮したことを、監査報告書の利用者に理解してもらうためには、専門家の利用は非常に有効だという考え方があるのである。
専門家は、自らの専門領域について、事実に基づいて客観的に判断するという信頼感がある。監査人が会計以外の専門領域について、自ら検証して監査証拠とするよりも、専門家を利用して、専門家の所見を監査人が評価した方が、監査手続の信頼性は増すのである。
監査人は自らの専門能力を過信せずに、特にKAMのような重要な虚偽表示リスク関連する領域、不正リスクが存在する領域については、専門家を活用することが、「職業的専門家としての懐疑心」の発揮と考えるべきであろう。

KAM (監査上の主要な検討事項)が盛り上がっていない

日本でも監査基準が改定され、2020年3月期から、上場企業の監査報告書で、KAM(Key Audit Matter)が報告されるようになるのだが、世間の関心は薄いようだ。このKAM、日本では「監査上の主要な検討事項」と称されているが、マスコミでもほとんど取り上げられていない。また投資家サイドの期待もあまり感じられない。そもそも日本の株式市場自体が盛り上がっていないし、日本における監査に対する信頼や期待もそれほど高くないので無理もないかと思う。

そうは言っても、企業の経営者や監査役の立場の方々には、それなりの影響はあるだろう。今までは、監査法人と内輪で話していた会計監査上をめぐるシビア(?)なやりとりが、外部に報告されることになる。そうなると当然、企業側に説明責任が生じることになる。また、監査法人も、KAM(監査上の主要な検討事項)に対して、どのような監査手続を実施したのかについて、わかりやすく説明することが求められる。監査手続の内容や実効性、監査法人の判断について、これまで以上にチェックを受けることは間違いない。

KAMがもっと世の中の注目を受けても良いと思うので、これから、ヨーロッパやアメリカなど先行事例をもとにKAMに関する情報発信をしていきたいと思います。一般の投資家の方々への説明を念頭に、できるだけ平易で分かりやすい解説をしていきますのでよろしくお願いいたします。
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