KAMの事例でコーポレートガバナンス

2020年から日本でも導入されるKAM(Key Audit Matter)。日本では「監査上の主要な検討事項」と呼ばれ、企業の監査における重点領域に関する情報が、監査報告書で報告されるようになる。この監査における重点領域は、いわゆるリスクアプローチによって決定されることから、KAMを理解するためには、リスクアプローチの理解が重要になる。グローバル企業の監査に長年携わってきた監査のプロフェッショナルが、KAMの事例を紹介しながら、社外取締役や監査役などガバナンス責任者、さらに投資家などの方々に、KAMを理解すれば何がわかるのか、そして何がわからないのかについて、できるだけ簡単な言葉で、わかりやすくアドバイスします。

上場企業のガバナンス責任者は、KAMをテコにして、監査法人の監査手続に対する理解を深め、企業のガバナンスを強化することができます。投資家は、KAMを理解することにより、アニュアルレポートによる企業の開示をさらに深く理解することができます。 監査における情報の非対称性を解消し、資本市場の健全化に貢献したい。そのためのブログです。

KAM事例分析

KAMの事例分析 - (オランダ)ノムラ・ヨーロッパ(4)

今回は、ノムラ・ヨーロッパの最後のKAM 「関係会社への貸付金および前払金の評価」を読んでいこう。

ノムラ・ヨーロッパの有価証券報告書はEDINETで参照できる。監査報告書付きの財務諸表が原文と日本語訳を読むことができるので、是非参照して欲しい。

まずは、監査人のリスク評価と、KAMとして識別した理由の説明である。
IFRS第9号にもとづく信用損失引当金の算定について簡単な説明から始まっている。

リスク

ノムラ・ヨーロッパファイナンスエヌブイは2018年4月1日よりIFRS第9号「金融商品」を適用している。IFRS第9号は信用リスクに係る減損の方法として予想信用損失に基づいた新たなモデルを制定している。信用引当金は、当初認識時以降、信用リスクが著しく増加していない限り、向こう12ヶ月のデフォルト確率に起因する予想信用損失に基づいている。なお、当初認識時以降、信用リスクが著しく増加している場合には、引当金は当該資産の予想残存期間におけるデフォルト確率に基づくこととなる。

IFRS第9号では、貸付金の信用損失引当金については、将来1年間にわたっての予想信用損失を引き当てること求めているが、当初認識後、信用損失が著しく増加した場合には、その貸付金の残存期間全体の予想信用損失を引き当てることを求めている。

次に、監査人がKAMと判断した理由である。

我々は、財務書類の注記 5において開示されている関係会社への貸付金および前払金を監査上 の主要な事項として認識している。その判断は、ローン・ポートフォリオの大きさとIFRS第9号の適用の本質的な複雑さ、および減損が損益計算書に重要な影響を及ぼす可能性に基づいている。

判断の理由は、ローンの金額が大きく減損損失が財務諸表に与える影響が大きいことと、IFRS第9号の適用に関する本質的な複雑さがを理由にKAMと判断したという説明である。これまでのKAMと同様に具体的な説明にはなっていない。経営者の判断による会計上の見積りであることからリスクが高いという判断がKAMとした主な理由だと思われる。

それでは、このリスクに対応する監査人の手続を理解しよう。

我々の監査アプ ローチ

我々は、減損のプロセスとモデルについての理解を得ることによって関係会社への貸付金および前払金の評価を検証した。我々は、予想信用損失を算定するために使用されているモデルの評価を内部の専門家の補助を得ながら行った。我々は、信用リスクの著しい増加を判定するための基準を検証し、内部の信用格付けの正確性をテストした。 我々は、内部の専門家の補助を得ながら将来の予測を含むデフォルトの確率の決定を評価した。

監査人は、内部統制の理解と評価のために、減損損失算定のプロセスと、モデルについて理解したという説明である。また、監査人は、モデルを理解するにあたって金融商品の専門家の補助を得たことが説明されている。
また、信用損失は、貸付金の信用格付ごとに見積もられるデフォルト確率に基づいて算定されることから、その信用格付けが正確であるかどうか、特に、信用リスクが著しく増加し、1年分の予想損失でなく残存期間全体の予想損失を計上する必要があるかどうかの判断について、その正確性を検証している。デフォルト確率の決定方法についても専門家の補助を得ながら評価したことが説明されている。

次に実証手続である。

さらに、我々は移行日および事業年度の終了日において減損引当金の計算を行った。 加えて、我々は関連する開示の正確性と網羅性をテストした。

IFRS第9号の適用開始への移行日と、監査対象事業年度末時点の減損損失引当金を監査人が独立的に計算を行い、会社の計上額を検証している。さらに関連する開示の正確性と網羅性のテストを行ったという説明である。

具体的な監査手続の概要としては、通常の手続である。KAMと判断したリスクの説明があまり具体的でないため、リスク対応手続としても具体的には記載されていない。このあたりは、ドイツ銀行のKAMと比較してもらえればと思う。

最後に監査人の主要な見解である。

重要な見解

我々は、実施した監査手続に基づき、関係会社への貸付金および前払金についての評価は適切であると認識している。 関係会社に対する貸付金および前受金に関する開示はEU-IFRSに定められている要件を満たし ている。

関係会社の貸付金および前受金の評価について、手続にもとづいて適切であったという説明である。また開示についてもIFRSの要件を満たしているという監査人の所見が示されている。


(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
ノムラ_KAM(3)

 ノムラ_KAM(3E)

KAMの事例分析 - (オランダ)ノムラ・ヨーロッパ(3)

今回は、2つ目のKAM 「純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債の評価」を読んでいこう。

ノムラ・ヨーロッパの有価証券報告書はEDINETで参照できる。監査報告書付きの財務諸表が原文と日本語訳を読むことができるので、是非参照して欲しい。

まずは、監査人のリスク評価と、KAMとして識別した理由の説明である。

リスク

ノムラ・ヨーロッパ・ファイナンス・エヌ・デイのポートフォリオは金融負債から構成されて おり、それらの価値は様々な価格評価モデルに基づいて算定される。これらの金融負債は市場で観察可能なインプット(主にレベル2) と市場で観察不能なインプット(主にレベル3) 両方のインプットを使用した価格評価モデルに基づいて算定される。

前回の記事で取り上げた一つ目のKAMはデリバティブの評価であったが、どちらもレベル2とレベル3の金融商品であることは同じである。
次にKAMとして識別した理由について読んでいこう。

我々は、財務書類の注記20において開示されている純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債の公正価値を監査上の主要な事項として認識している。その判断においては、貸借対照表全体および重要性に対する関する勘定残高の大きさ、および純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債に固有の見積りの本質的な複雑性に起因する、関係する純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債の評価を誤るリスクも考慮に入れている。

こちらも1つ目のデリバティブと同じである。金額が大きいことと、見積りが本質的に難しいということがKAMとした理由である。見積りにあたって、どのようなインプットが難しいといった具体的なリスクが書かれていないので、監査人の職業的専門家としてのリスク判断や特に注意を払った箇所に関する情報は含まれていないのは残念である。

上で参照されている注記20である。
純損益を通じて公正価値で測定されている金融負債が、非流動と流動に区分して開示されている。
IFRS第9号では、金融負債は原則として償却原価で評価されるが、金融負債を純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定することより、それらの金融負債を公正価値で測定し、公正価値の変動を純損益に計上することも許容されている。ただし、自己の信用の変動が、負債の公正価値に与える影響については、純損益でなく、包括利益に含めることになっている。

注記20(1)
注記20(2)


それではリスク対応手続についても読んでいこう。

我々の監査アプ ローチ

我々は、実施されている関連する内部統制をテストすることで、純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債の価格評価を検証した。さらに、我々は価格評価に使用されたインプットと独立に取得した市場レートとの比較や、内部の価格評価の専門家の補助を得ながら価格評価モデルを独立の立場から検証することを含む、価格評価の実証テストを実施した。

リスク対応手続としては、評価に関する内部統制をテストするとともに、価値評価を検証している。また、実証手続として、評価に使用されたインプットについては、市場レートと比較したり、評価モデルを専門家の助けを受けながら検証したことが説明されている。


手続の説明としては1つ目のKAMのデリバティブと同じである。レベル2やレベル3の金融商品のテストであれば、これらの手続は通常実施する手続である。具体的にリスクを説明していないため、デリバティブであろうと、金融負債であろうと、同じリスク対応手続となってしまっている。

繰り返しになってしまうが、こういった説明は監査を実施しなくても書ける内容であり、監査報告書の利用者にとって特に有用な情報とは思えないのである。


IFRS第9号の初度適用に関する手続について言及がなされている。

加えて、2018年4月1日時点での自己の信用リスクに関する評価調整を含むIFRS第9号「金融商品」の初度適用に際しての純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債についての指定と測定の正確性について検証した。

自己の信用リスクによる金融負債の価値の変動を包括利益に調整する会計処理について、初度適用にあたるため、特にその指定の範囲と測定の正確性を検証したことが説明されている。


最後は開示に関する手続である。

最後に、我々は開する開示の正確性と網羅性をテストした。

開示すべき金融負債がモレなく正確に開示されているかについてテストしたという説明である。


KAMの最後に、重要な見解が付されている。1っ目のKAMと同様に内容である。

重要な見解

我々は、実施した監査手続に基づき、純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債の評価は適切であると認識している。 純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債に関する開示はEU-IFRS に定められている要件を満たしている。

KAMの冒頭に説明されているように、これらは、手続の結果について説明したものであり、個別の監査意見ではない。手続の結果をKAMに含めるかどうかは強制ではないので、日本基準のKAMでもこのような見解が付されるかどうかは不明であるが、オランダの監査報告書であれば、通常含められるものである。


(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)

ノムラ_KAM(2-1)
ノムラ_KAM(2-2)

 ノムラ_KAM(2E)

KAMの事例分析 - (オランダ)ノムラ・ヨーロッパ(2)

ノムラ・ヨーロッパの監査報告書には、以下の3つのKAMが含まれている。
  • デリバティブ金融商品の評価
  • 純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債の評価
  • 関係会社への貸付金および前払金の評価
ノムラ・ヨーロッパの有価証券報告書はEDINETで参照できる。監査報告書付きの財務諸表が原文と日本語訳を読むことができるので、是非参照して欲しい。

今回は、最初のKAM 「デリバティブ金融商品の評価」を読んでいこう。
まずは、監査人のリスク評価と、KAMとして識別した理由の説明である。
デリバティブ金融商品の評価リスク

ノムラヨーロッパファイナンスエヌブイのポートフォリオは非上場デリバティブから構成されており、それらの価値は市場で観察可能なインプット(主にレベル2)と市場で観察不能なインプット(主にレベル3)両方のインプットを使用した価格評価モデルに基づいて算定される。

我々は、財務書類の注記14において開示されているデリバティブ金融商品の公正価値を監査上の主要な事項として認識している。その判断においては、貸借対照表全体および重要性に対する関連する勘定残高の大きさ、およびデリバティプに固有の見積りの本質的な複雑性に起因する、関係するデリバティブ金融商品の評価を誤るリスクも考慮に入れている。

IFRSでは、金融商品をその公正価値の算定プロセスよって分類し、金額とともに開示することが求められている。公正価値として市場の相場価格が利用できる金融商品はレベル1に分類される。ノムラヨーロッパファイナンスの場合は、非上場デリバティブしか保有していないため、すべてのデリバティブがレベル2またはレベル3に分類されることになる。

レベル2またはレベル3金融商品は、公正価値算定モデルで算定されるが、その場合のインプットが市場で観察できる場合はレベル2、市場で観察できない場合はレベル3に分類される。

監査人は、そのリスク評価の結果、デリバティブ金融商品の公正価値をKAMと認識しており、その判断の理由として、勘定科目の大きさと、デリバティブの評価の本質的な複雑性を挙げている。

金額が大きいことは、財務諸表をみればわかるし、デリバティブの評価が本質的に複雑なことも財務諸表の読者にとっては何ら新しい情報ではない。

注記14が参照されているので合わせて読んでみたい。

注記14(1)
注記14(2)

財務諸表の利用者としては、すべてのデリバティブの評価が本質的に複雑でリスクがあるというのでは、情報提供としての価値はあまりないのではないだろうか?
上のいくつかのデリバティブのうちに、どのデリバティブの評価が難しいのか、監査人はそれをテストするにあたって、特にどのような点に注意を払っているのかがKAMとして情報提供されるべきではないだろうか?

次に監査人のリスク対応手続を読んでいこう。

我々の監査アプ ローチ

我々は、モデルの妥当性評価プロセスおよび独立した価格検証プロセス内の統制を含む内部統制をテストすることで、デリバティブの価格評価を検証した。また我々は、デリバティプ評価に用いたもっとも重要なインプットを、独立に取得した市場レートと比較することによってテストし、保有されているデリバティブの公正価値について内部の価格評価の専門家による補助を得ながら独立したテストを実施した。 さらに我々は、関連する開示の正確性と網羅性をテストした。

リスク対応手続を読んでも、実施すべき監査手続の概要が記載されているだけである。また、リスク対応手続として、会社の評価モデルの妥当性や社内の検証プロセスを含む内部統制のテスト、さらに専門家を利用しながら、デリバティブの公正価値をサンプルベースでテストしたと書かれているが、ISAで監査している以上は当然に実施する手続である。

監査人がリスクを識別した箇所を具体的に識別していないため、デリバティブ全体に対する通常の監査手続を記載するだけになってしまい、監査報告書の利用者にとって、有用な情報を提供できていないという典型例のように感じられる。当期の監査にあたっての監査人の専門家としての目の付け所や判断に関連する情報が含まれていないのが残念である。

以下は注記24であるが、デリバティブの公正価値ヒエラルキーに関する詳細な情報が開示されている。


注記24(1)注記24(2)

注記24(3)

上の注記24で開示されているレベルの情報をベースとすれば、監査人が、具体的にどのデリバティブの評価にリスクがあると考えたのか、そして、そのリスクに対応するために、どういった評価モデルのどのようなインプットに注意を払ったのかについてもっと情報提供できたのではないかと感じる。

例えば、市場で観察できないボラティリティや相関係数といったインプットが、どれくらい変動すれば、財務諸表にどれくらいのインパクトがあるのかといった財務諸表の利用者にとって有用な情報提供ができたのではないだろうか?

KAMの末尾には、重要な見解(Key Observation)として、監査人の見解が述べられている。

重要な見解

我々は、実施した監査手続に基づき、デリバティブ金融商品の評価は適切であると認識している。デリバティブ金融商品に関する開示はEU-IFRSに定められている要件を満たしている。

KAMごとに監査人の見解を記載しない場合も多いが、オランダの場合は記載されている場合が多いと思われる。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
ノムラ_KAM(1)
 
ノムラ_KAM(1E)

KAMの事例分析 - (オランダ)ノムラ・ヨーロッパ(1)

トヨタモーターファイナンスに続いて、もう一つ日本企業の海外子会社のKAMを読んでみよう。今度は、ノムラ・ヨーロッパ、オランダ現地法人である。

ノムラ・ヨーロッパの有価証券報告書はEDINETで参照できる。監査報告書付きの財務諸表が原文と日本語訳を読むことができるので、是非参照して欲しい。

トヨタモーターファイナンスと同じように、監査報告書に重要性の基準値の説明が含まれているので、ここから読んでいこう。

重要性 

8,890百万円(2018年3月31日に終了する事業年度:8,980百万円) 

適用した指標

「社債およびその他の借入金」および「純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債」の0.5%。 

説明

「社債およびその他の借入金」および「純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債」の合計額が財務書類利用者にとって最も重要な指標である と判断したため、これらの勘定科目を選択 した。


有価証券報告書の3.【事業の内容】に説明されているように、ノムラ・ヨーロッパの主な事業内容は、社債の発行、および野村グループからの借入等により資金調達を行い、野村グループに資金供給を図ることである。
重要性の基準値を決定するベンチマークとしては、「社債およびその他の借入金」および「純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債」の合計額が最も重要な指標であるとして採用されている。 なお、「純損益を通じて公正価値で測定される金融商品に指定された金融負債」とは、借入金のように、通常は額面金額で計上される金融負債であるが、IFRS第9号で認められている公正価値オプションにより、公正価値で評価されているものである。

重要性の基準値は、これら資金調達額の0.5%で計算されているが、なぜ0.5%が妥当と考えたかについては以下のように説明されている。

我々はまた、定性的な理由から財務書類利用者にとって重要であると認められる虚偽表示および/または発生しうる虚偽表示を考慮に入れている。

上の説明は定性的な理由も考慮して、0.5%が財務書類の利用者にとって重要な虚偽表示の金額であるという判断だと考えられる。

ちなみに、B/Sを参照すると、これらの資金調達額合計は1,778,010百万円なので、重要性の基準値の8,890百万円は、そのちょうど0.5%であることがわかる。
BS


また、トヨタモーターファイナンスと同様に、僅少許容値については開示されているが、手続実施上の重要性については言及されていない。

我々は、監査において識別された445百万円超の虚偽表示および定性的な理由から報告すべきと認められるより少額の虚偽表示を報告することについて、執行取締役と合意している。 

445百万円は、重要性の基準値の5%であるので、典型的な水準である。

下は、監査上の主要な事項、すなわちKAMについての一般的な説明である。

監査上の主要な事項

監査上の主要な事項とは、財務書類監査において我々の職業的専門家としての判断にとって最も重要な事項のことである。我々は執行取締役に監査上の主要な事項を伝達している。監査上の主要な事項は、議論されたすべての事項を包括的に考慮したものではない。

これらの事項は、全体としての我々の財務書類監査においてまたはそれに基づいて意見形成をする場面で利用されるものであり、これらの事項について我々が個々に意見を表明するものではない。

監査上の主要な検討事項は前年度のものと一致している。

KAMの定義についての説明と、KAMについては執行取締役に伝達していること、さらに、これらのKAMが個別の監査意見ではないという説明である。定型的な内容である。
最後の一文は、当期のKAMが前期と同じであることの説明である。なぜ同じなのか説明が欲しいところではあるが、それでも監査報告書の利用者にとって有用な情報である。


(参考) 監査報告書(冒頭部分)の原文 (クリックして読んでください。)

監査報告書
重要性


 

KAMの事例分析 - (オランダ)トヨタモーターファイナンス(2)

それでは、トヨタモーターファイナンスのKAMを読んでいこう。

なお、トヨタモーターファイナンスのオランダ子会社の英文および日本語訳の財務書類は、EDINETで公開されている。

監査人によるリスクの説明である。
トヨタ モーター ファイナンス(ネザーランズ)ビーブイの主な活動は、トヨタ グループの金融会社としての業務であり、社債の発行、 借入及びその他のファシリティを通じて、第三者である貸し手から資金調達を行っている。会社は、トヨタのグループ会社が債務不履行に陥るリスクに晒されている。
関係会社に対する貸付金は、会社の流動資産及び非流動資産の最も重要な部分を占めているため、減損が生じた場合は、財務書類に重要な影響を及ぼす可能性がある。したがって、私どもは、関係会社に対する貸付金の実在性及び評価を、2018年4月1日付の会社によるIFRS第 9号適用とともに、監査上の主要な事項として識別した。
まず、トヨタモーターファイナンスが、現地で第三者である貸し手から資金調達し、トヨタのグループ会社に貸し付けを行っており、そのため、借り手であるトヨタのグループ会社の債務不履行リスクにさらされているという説明がある。

ここで気になるのは、監査人として特に注意を払うべきリスクが、具体的に記載されていないことである。貸付金が、トヨタモーターファイナンスの資産のもっとも重要な部分であり、重要性があることから、その実在性および評価を監査上の主要な検討事項、すなわちKAMであると説明しているものの、貸付金の金額が大きいこと以外に、どういったリスクに特に注意を払うのかが説明されていないことである。

例えば、貸付金の評価について、どのようなモデルで評価されているのかとか、そのモデルにどのようなパラメーターや仮定が含まれていて、どういったところに経営者の判断が介入するといった説明が欲しいところである。

また、下で参照されている注記2には、以下の文言が含まれている。

関係会社に対する貸付金の評価に関する方針及び手続をIFRS第9号の適用とともに経営陣が開示している財務書類注記2の「会計方針及び 開示の変更」を参照のこと。


IFRS9


この注記には、減損モデルにどのようなインプットがあるかが具体的に書かれており、それらが将来予測的な情報であると説明されている。監査人は、貸付金の評価をKAMと識別した理由として、こういった記述をベースに、どこにリスクがあるのかを具体的に説明すべきでなかったかと感じる。

次に、監査人のリスク対応を読んでいこう。

私どもの監査において、関係会社に対する貸付金残高については主に 実証的監査手続を実施した。実証的監査手続には、貸付契約についての詳細な評価及び詳細な分析的レビューが含まれていた。貸付金の実在性を確認するために、貸付金について確認状を入手した。

リスク対応手続として、まず、実証的監査手続が記載されている。実在性のテストのために確認書を入手したことはわかる。実証的監査手続としての分析的レビューであれば、帳簿計上額から独立したデータに基づいて、期待値を算出し、計上額との差に重要性が無いことを検証しているはずである。詳細な分析的レビューとあるが、おそらく、元本の金額と約定金利から評価額を算出し、計上額と比較したものと思われる。

本当は、実証的監査手続よりもこちらが先だと思うが、経営者の減損プロセスおよびモデルについて実施した手続の説明が続いている。

私どもは、減損プロセス及びモデルについて理解することにより、関係会社に対する貸付金の評価を検証した。また、予想信用損失を計算するために経営陣が行った主要な判断及び見積りをレビューした。

また、内部専門家の支援を受けて予想信用損失の計算を評価し、関連する開示の適切性を評価した。 実施した手続の結果、私どもは、関係会社に対する貸付金残高の評価 「及び実在性について重要な虚偽表示の証拠を識別することはなかった。

実施した手続の結果として、重要な虚偽表示の証拠が識別されなかったことが述べられていることは、有用な情報提供と思われる。このあたりは、オランダでの監査ということが影響しているのかもしれない。

一方、IFRS9にもとづく、減損プロセス及びモデルを理解した上で、貸付金の評価を検証したと説明しているが、貸付金の評価の検証であれば、上の実証手続とどう違うのかが良くわからない。また、経営者の減損プロセスやモデルを評価したというのであれば、具体的にどのようなパラメータやインプットについて、どう評価したのかについて、もう少し説明が欲しいところである。

IFRS第9号に基づいて、予想信用損失を計算するための経営陣が行った主要な判断や見積りを内部専門家の支援を受けてレビューしたとあるが、貸付金の信用リスクの著しい増加についての判断や、減損損失の測定のための仮定や見積りをどのように行ったかなど、リスクへの対応についての具体的な説明が欲しいところである。

最後に、開示の検証の結果が述べられている。

関係会社に対する貸付金の開示はEU-IFRSの規定を満たしている。

トヨタファイナンスの100%子会社で、非上場であること、また金融商品が貸付金だけであることが、KAMでの情報提供にそれほど積極的でない理由ではないかと感じる。

 KAM(1)
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