KAMの事例でコーポレートガバナンス

2020年から日本でも導入されるKAM(Key Audit Matter)。日本では「監査上の主要な検討事項」と呼ばれ、企業の監査における重点領域に関する情報が、監査報告書で報告されるようになる。この監査における重点領域は、いわゆるリスクアプローチによって決定されることから、KAMを理解するためには、リスクアプローチの理解が重要になる。グローバル企業の監査に長年携わってきた監査のプロフェッショナルが、KAMの事例を紹介しながら、社外取締役や監査役などガバナンス責任者、さらに投資家などの方々に、KAMを理解すれば何がわかるのか、そして何がわからないのかについて、できるだけ簡単な言葉で、わかりやすくアドバイスします。

上場企業のガバナンス責任者は、KAMをテコにして、監査法人の監査手続に対する理解を深め、企業のガバナンスを強化することができます。投資家は、KAMを理解することにより、アニュアルレポートによる企業の開示をさらに深く理解することができます。 監査における情報の非対称性を解消し、資本市場の健全化に貢献したい。そのためのブログです。

収益認識

KAMの事例分析 - (仏)エアバス SE(3)

民間航空機の製造コストは最初は高く、その後生産機数が増えるとともにだんだんと習熟曲線が効いて対数曲線にしたがって下がっていく。そのため、収益は、一定の契約機数で収益認識され、納入機数に応じた進捗度(PoC = Percentage of Completion)に応じて認識していく。しかしながら、その契約機数が本当に売れるかというのは不確定性が非常に高い。そのため受注残(バックログ)の確度がどれだけあるのかが重要である。
エアバスの2つ目のKAMは、収益認識のリスクであるがこういったビジネスを考えれば当然であろう。IFRS 15の初度適用も含むとされているが、IFRS 15の適用が無くてもKAMであったと思う。

2018年アニュアルレポートはこちらからダウンロードできる。120-125頁の6ページにわたって監査報告書が含まれている。

それでは、まず監査人によるリスク評価を読んでいこう。

収益認識、IFRS 15の適用を含む


リスクの説明

エアバスAEは、2018年1月1日に新しい基準を採用し、完全遡及適用アプローチを使用し、完了した契約および契約の修正においては実務上の簡便法を選択した。契約に含まれる履行義務の特定と、履行義務への取引価格の配分には判断が必要であり、企業の業績と財政状態に重要な影響を及ぼす可能性があります。さらに、長期契約について1年間に認識される収益および利益の額は、履行義務の完了段階の評価、ならびに推定総収益および推定総コストに依存します。

バックログの金額は、注記に記載されています。


財務諸表の注記2「重要な会計方針」、注記3「重要な見積り及び判断」、注記9「セグメント情報」および、注記10「収益と売上総利益率」の開示参照

リスクの説明を記む限りは普通の収益認識リスクのようである。ただし、契約は少数であるが、金額の巨額で、回収が長期にわたるもので構成されている。また、バックログというのは受注残である。一定期間にわたって進捗度に応じて収益が認識される場合、このバックログは、未履行の履行義務として取り扱われている。
それでは参照されている注記を見ていくことにしよう。

まずは、注記2「重要な会計方針」の中に、IFRS 第15号に関する以下の開示がある。

2018年1月1日、当社はIFRS第15号「顧客との契約からの収益」およびIFRS第9号「金融商品」の新しい基準を導入しました。その結果、当社は収益認識および金融商品の会計に関する会計方針を変更しました。詳細については、「注記4:会計方針および開示の変更」を参照してください。上記に伴う、最も重要な会計方針の更新についての説明は以下のとおりです。


収益の認識—収益は、当社が顧客に約束された商品またはサービスの支配権を移転したときに認識されます。当社は、商品またはサービスの譲渡と引き換えに当社が権利を得ると予想される対価について、収益を測定します。将来、収益の大幅な戻入れが起こらない可能性が高い場合、変動対価は取引価格に含まれます。当社は、契約のさまざまな履行義務を特定し、これらの履行義務に取引価格を割り当てています。前払金および納入前の前受金(契約負債)は通常の取引であり、契約上の義務を履行できない顧客から会社を保護することを目的としているため、重要な財務構成要素とはみなされません。


民間航空機の売上による収益は、ある時点(すなわち、航空機の引き渡し時)で認識されます。当社は、価格譲歩額を収益と売上原価の両方の減少として見積もっている。 


軍用機、宇宙システムおよびサービスの売上からの収益—生産された商品または提供されたサービスの制御が時間とともに顧客に移転する場合、収益は一定の期間にわたって進捗度に応じて認識されます。 


当社は以下の場合に、時間の経過とともにコントロールを移転します。

  • 代替的要とのない財を生産し、顧客の都合で契約が終了した場合でも、当社は既に完了した作業に対して取り消し不能な権利(合理的なマージンを含む)を有する場合(例:Tiger契約、A400M開発履行義務);。

  • 顧客がコントロールする財を生産または改良することにより、財を創出する場合(ユーロファイター契約、一部の国境警備契約など)。 

  • 会社から提供された便益(メンテナンス契約など)を顧客が受け取ると同時に消費する場合。

一定の期間にわたって進捗率に応じて収益認識を行う場合、履行義務の完全な充足に向けた進捗状況の測定は、インプット(すなわち、発生コスト)に基づいて行います。 


上記の基準のいずれも満たされていない場合、収益は一定時点で認識されます。収益は、IFRS 15に基づく軍用輸送機の販売、A400Mローンチ契約、およびNH90シリアルヘリコプターのほとんどの契約による航空機の引き渡し時に認識されています。

注記4「会計方針および開示の変更」にさらに詳しい説明がされているので、続いて読んでいこう。

IFRS第15号「顧客との契約からの収益」 


2014年5月、IASBはIFRS第15号を発行しました。これは、収益を認識する時期と認識する金額を決定するための単一の包括的な枠組みを確立します。 IFRS 15は、以前の収益認識基準であるIAS 18「収益」およびIAS 11「建設契約」および関連する解釈を置き換えました。 IFRS第15号の中核となる原則は、事業体が収益を認識し、約束された商品またはサービスの支配権の移転(履行義務)を、事業体が受ける対価を反映する金額で認識することです。 


当社は、完全遡及法を使用して、2018年1月1日に新しい基準を採用しました。したがって、当社は2018年のIFRS連結財務諸表に含まれる2017年の比較結果を修正再表示しました。 2017年1月1日時点の期首剰余金は修正再表示された。 


当社は、完了した契約および契約変更に関する実務上の簡便法を選択しています。その結果、当社は、2017年内に開始および終了した、または2017年1月1日までに完了した契約については修正再表示していない 

当社は、比較期間では変動対価を見積るのではなく、契約が完了した日の取引価格を使用しました。当社は、履行義務の識別、取引価格の決定および配分において、2017年1月1日より前に発生するすべての修正を影響を合算した上で反映しています。 


これらの実務上の簡便法の適用により、特に複雑な取引(例えば、軍事契約に関する契約上の修正)に関する効率的な基準の適用と、IFRS 15に基づく関連情報の提供が可能になります。


また、実務上の簡便法は、残りの履行義務(すなわち、バックログ)に割り当てられた取引価格と、その金額を収益として認識すると予想される時期を比較情報なしで説明するためにも適用されました。。 

 

当社は、「注2:重要な会計方針」に記載されているように、収益認識に関する会計方針を改訂し、IFRS第15号を実施しました。最も著しい改訂は、以下のものです。 

  • IAS第11号(例えばA400M、NH90契約)の下で、単一の契約マージンを認識する代わりに、いくつかの履行義務が識別されるようになりました。IFRS 第15号のもとで、一定の期間にわって、進捗度に応じて収益認識を行う要件が満たされ無い場合があります。特に、A350ローンチ契約、A400Mシリーズの生産および特定のNH90契約の場合、航空機の製造に関連する収益および生産コストは一定時点で認識されます(たとえば、顧客への航空機の納入時)。 

  •  IFRS第15号では、認識された収益の大幅な戻入れが将来発生しない可能性が高くなるように、収益の測定において変動対価に係る制限が考慮されます。一部の契約(A400M)の完了時の収益を評価する際の制限により、認識される収益が減少します。  

  • 一定期間にわたり、進捗度に応じて収益認識する方法を適用するために、当社はアウトプット(達成されたマイルストーン)ではなくインプット(すなわち発生コスト)に基づいて履行義務の完全な履行までの進捗度を測定します。当社はこれまで、長期にわたる工事契約の場合、進捗度は通常、達成されたマイルストーンに基づいて測定してきました(例:タイガープログラム、衛星、軌道インフラストラクチャ)。 IFRS第15号の下で、当社は、進行中の作業のコントロールが一定期間にわたって顧客に移転する場合は、コスト対コストのアプローチによって進行中の作業の進捗度を測定します。 

IFRS 第15号は、エンジンの売上による収益の表示にも影響を与えました。 IAS 第18豪の下で、当社は、価格に関する譲歩のないことが確認できるまで、顧客との契約額に基づいて収益を認識しませんでした。一方、IFRS第15号は、すべての場合において、価格の譲歩額を見積り、譲歩を収益および売上原価の減少として処理することを要求しています。 IFRS 第15号では、当社のエンジンサプライヤーが顧客に付与した譲歩額を見積り、収益と売上原価を減少させます。 


これらの変更に加えて、IFRS第15号は、新しいクラスの資産および負債「契約資産」および「契約負債」を導入しました。 

  • 契約資産とは、当社が顧客に譲渡した商品またはサービスと引き換えられる対価への当社の権利として、時間の経過以外の何かによって条件付けられている場合(例: 当社が請求する権利を得る前に一定期間にわたって収益を認識する方法の適用により認識された収益で、IFRS第15号の適用以前は、未請求収益は「未成工事支出金」として報告されていた)において認識されます。  

  • 契約負債は、顧客がすでに対価を支払った場合に、当社が商品またはサービスを移転する義務を表します(例: 契約負債には、主としてIFRS第15号の実施以前は「その他の負債」として計上されていた、顧客からの前受金が含まれます )。 

個々の契約については、契約資産または契約負債のいずれかが純額で表示されます。 


流動または固定の開示区分には変更はありません。



上記をざっと理解したところで、監査人のリスク対応手続を読んでいこう。

我々の監査上の対応

我々の監査手続には、IFRS第15号の収益認識に関連する会計方針の適切性を、一定期間にわたり充足されるか、または一時点で充足されるかといった収益認識のタイミングも含めて評価する手続などが含まれている。また、販売プロセスの内部統制のデザインと実装を評価するとともに、個々の販売取引について、契約における履行義務の識別の適切性、取引価格に含まれる変動対価制約の完全性と評価の妥当性、さらに、長期契約の進捗率の見積りに含まれる実績費用と見積総額費用の合理性をテストした。

民間航空機の売却契約は非常に複雑である。エンジンやスペアパーツなどとパッケージで契約され、さまざまな履行義務の取り決めもある。納入機数などの条件によって価格が変わる変動対価の条項も合まれていると考えられる。従って履行義務を識別し、対価を配分するのは非常に、複雑なプロセスであろうし、マネジメントによる判断や仮定が要求される。さらに長期にわたる契約であるため、総費用と進涉度の見積りは重要となる。
監査人は、収益認識に関する、上記に関連する会社のポリシーを理解するとともに、内部統制のデザインと実装を評価している。
なお、会社のポリシーの理解や、収益認識のプロセスや内部統制の理解にはインダストリーの専門家は利用されていない。監査チームのメンバーにインダストリーに関する十分な専門的知識があると判断したと考えられる。

我々の手続には、適切な期間に収益が認識されたかどうかを評価するための特定時点契約のカットオフテストが含まれていました。 

これは実証手続であるが、一つ一つの売上金額が大きいのでカットオフ(期間帰属)の手続も重要である。

2018年12月31日のバックログの監査には、IFRS 15の正しい適用の検証と、開示に示されているバックログの金額と基本的な契約の詳細およびその他のサポート文書との整合性チェックが含まれていました。

長期契約の収益認識においてバックログの検証は重要である。IFRS 第15号の要件を充足しないと、収益認識のタイミングが変わってくるため、財務諸表に大きなインパクトを与えるからである。そのリスクが適切に開示されているかも含めて検証している。

当年度に認識された収益において重大な虚偽表示の証拠を特定せず、財務諸表で適切な開示が行われたと判断した。

エアバスのKAMでは、監査人の所見といった独立のセクションでなく、監杳上の対応に含めて、手続の結果が述べられている。会計処理や、開示に不適切な点はなかったという結論である。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
KAM(2)
 

KAMの事例分析 - (英)BT Group 2019 (6)

前回の記事では、BT Groupの無形資産の償却年数の見積りに、重要な虚偽表示リスクがあり、監査人がそのリスクに対して、どのように対応しているのかについて解説した。今回は、BT Group plcの Annual Report 2019監査報告事の6つのKAMの5つ目。「課金システムの複雑さに起因する収益の正確性リスク」を読んでいこう。これまでの4つのKAMについては、監査人は「特別な検討を必要とするリスク」と考えていたが、残りの2つについては、通常の虚偽表示リスクとしての対応を行っている。したがって、リスクに対する監査手続も、これまでのKAMへの対応手続のように特別にデザインされた手続ではないと予想できる。
監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

KAMのタイトルと、関連する注記が記載されている。

請求システムの複雑さがもたらす収益の正確性リスク

財務情報の注記6「収益」(125ページ)を参照。

これまでのKAMでは、監査およびリスク委員会報告書と、関連する勘定科目と金額も参照されていたが、このKAMについては注記だけである。注記6には、収益認識に関する会計方針については詳細に説明されているものの、請求システムの複雑性については、特に言及されていない。

関連する勘定科目が参照されていない理由ははっきりしないが、リスクが収益計算の正確性のみに関係する内部統制上のリスクであるため、収益全体の金額は、潜在的なリスクとしての意味合いしかもたず、その金額を参照するのはミスリーディングと考えたかもしれない。


1つ目の退職給付債務の評価に関するKAMの解説で触れたように、米国SECに提出している過年度の財務諸表の訂正を行ったことで、US SOX (Sarbanes-Oxley)内部統制上の重大な欠陥を報告している。
監査およびリスク委員会報告書は、マネジメントが、IT関連の内部統制も含め、内部統制の改善プログラムを実施していることについては以下のように詳細に説明されているものの、請求システムの複雑さがもたらす収益の正確性リスクについては、特に言及していない。

マネジメントは、これまでも内部統制の改善を進めてきたが、当期は、重要なSarbanes-Oxley内部統制の改善プログラムを開始した。財務管理および保証チームは、新しいセカンドライン・オブ・ディフェンスとして位置づけられ、DeloitteおよびErnst&Youngの支援を受けながら、グループ全体のプログラムをリードしています。このプログラムには、Sarbanes-Oxleyのスコープに含まれるエンド・ツー・エンド・プロセスおよび関連する内部統制を文書化することが含まれます。その結果、これまでよりも重要性のないエラーに対応するプロセスや内部統制統制が、Sarbanes-Oxley内部統制の範囲に含められました。

リスクおよび監査委員会は、主要なリスク分野をオーバーサイトするとともに、マネジメントによるこの改善プログラムの導入状況のモニタリングをしました。

この改善プログラムでは、是正を必要とする重要な領域として、IT一般統制とリスク評価の2つの領域を識別し、特にコントロールで使用される情報の文書化に改善の必要があると判断しました。これらはより広い領域に影響を与えるものです。


これまでに大幅な改善は達成されたものの、2019年3月31日現在、すべての内部統制の是正は完了しておらず、テストは完了していない。したがって、マネジメントは、2019年3月31日現在において、当社の内部統制が、特にIT全般統制とリスク評価について、Sarbanes-Oxleyの枠内において、有効でないと結論付けました。委員会は、マネジメントによる改善活動にの進捗状況を引き続きモニタリングします。

上記の記載から、グループ全体を上げて、内部統制の改善に取り組んでいることがわかる。

このKAMの記載に含まれている監査人のリスク評価は以下のとおりである。

リスク

処理エラー:

BTの非長期契約収益は、多数の同質かつ少額の取引から構成されています。グループは、多数の個別の請求システムを運用しており、収益計上をサポートする、これらの請求システムを相互にリンクさせるIT環境は複雑である。

 

複数の商品がさまざまな価格体系のもと、複数のレートで販売されている。その商品は、固定電話などのサービスベースの製品と、携帯電話の提供などの製品を組み合わせたものです。毎月の料金ベースの料金、および分単位の料金あるいは使用されたデータから生じる利用量ベースの料金があります。


収益の正確性は、財務諸表の監査における重要な分野であり、監査リソースの配分に最も大きな影響を与えるため、監査上の主要な検討事項(KAM)として識別されている。「特別な検討を必要とするリスク」または、監査人の重要な職業的専門家としての判断が必要な領域としては識別されていない。

上のリスク評価を読むと、監査人は、不正リスクを認識しているわけではなく、取引自体に会計上の見積りなどのリスクがあると評価しているわけではない。そのため、「特別な検討を必要とするリスク」を識別していない。大量の取引による複雑な収益計上プロセスがIT環境に依存しており、その検証に監査リソースを重点的に配分せざもを得なかったことがKAMと判断した理由だと思われる。

次に、対応する監査手続である。

対応する監査手続

我々の主要な監査手続きは次のとおり。

  • 内部統制のデザインと運用:

以下のプロセスに関連する内部統制を含む、すべての主要な収益の業務フローに関する内部統制のデザインの評価と運用の有効性テスト。

  1. コールデータ記録の処理
  2. 価格変更の承認
  3. 正確な請求処理
  4. 入金処理

我々のテストには、請求システムから総勘定元帳への収益取引の記録に対する内部統制が含まれていた。

我々のテストでは、これらのコントロールのデザインと運用における不備を特定した。その結果、我々は当初計画していた以上に詳細テストの範囲を広げた。

 リスク対応手続として、内部統制のデザインと、運用の有効性のテストを実施したことが具体的に説明されている。特に、主要な業務フローが書かれていることは、具体的な手続を理解する上で、役に立つと思われる。コールデータの記録という、取引の開始から、総勘定元帳への記帳までのエンド・ツー・エンド・プロセスと、関連する内部統制のテストを実施したことが理解できる。
さらにそのテストの結果、デザインと運用の両方に不備を特定し、実証手続として実施する詳細テストの範囲を広げたという、監査人によるリスクアプローチの適用が一連の流れとして説明されている。

ここで、留意しておくべきは、上の手続は、リスク対応手続として、監査リソースを要する監査手続ではあるものの、手続自体は普通の手続である。不正リスクが識別されておらず、「特別な検討を必要とするリスク」でもないので、通常の手続での対応となったものである。専門家の利用が必要な領域でもない。

KAMは、監査人が特に注意を払った特に重要な事項であり、ガバナンス責任者とコミュニケーションした事項から選択される。必ずしも
「特別な検討を必要とするリスク」であるわけではない。また、マネジメントとしても、US SOX (Sarbanes-Oxley)内部統制上の重大な欠陥を是正するために、内部統制の改善プログラムに取り込んでおり、監査人とのコミュニケーションも頻繁に行われているはずである。このようなリスクについて、監査人も監査リソースを重点的に配分したのであれば、KAMとして識別することは監査報告書の利用者にとって有用だと思われる。

  • 詳細テスト:

顧客に対する請求書のサンプルを、注文、契約、コールデータの詳細記録(該当する場合)、受け取った現金などの裏付けとなる証拠と比較する。

詳細テストの手続は、不正リスクや、特別に検討するリスクに対する手続ではなく、専門家を利用しているわけでもない。いたって普通の手続である。

 監査手続の結果:

我々は、非長期契約収益に関連する収益は許容できると考えた。

これらの手続の結果、監査人は大量の同質かつ少額取引から構成される非長期契約収益を許容できると判断している。


(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文
BT_KAM5

KAMの事例分析 - (英)BT Group 2019 (3)


引き続き、BT Group plcの Annual Report 2019監査報告事に記載されているKAMを読んでいこう。

6つのKAMの2つ目、グローバルサービスとエンタープライズのサービスラインの顧客との長期契約に関するリスクである。収益認識に関する会計上の見積りに関するリスクである。
監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

冒頭に、KAMのタイトルと、アニュアルレポート内の参照先が記載されている。

グローバルサービスとエンタープライズにおける顧客との長期契約

監査およびリスク委員会報告(69ページ)、財務情報の注記6「収益」(125ページ)、財務情報の注記17「営業債権およびその他の債権」(141ページ)および財務情報の注記19「引当金」(143ページ)を参照。

監査およびリスク委員会報告の中にSignificant issues considered in relation to the financial statements(アニュアルレポートの71ページ)が記載されておりその中に、重要な契約というSignificant issueが識別されている。

重要な契約

エンタプライズとグローバルサービス、エマージェンシー・サービス・ネットワーク(ESN)とEE Mobile Networkのそれぞれのサービスラインについてモニタリングした。マネジメントは、常時、重要な契約に対するBTのエクスポージャーをモニタリングし、監査およびリスク委員会に対して取引やオペレーションの状況、専用の契約資産の回収可能性の評価、契約の将来に向かっての業績予想と、損失引当金の必要性についてアップデートを行っている。

注記6には、IFRS15に基づく収益認識のポリシーが以下の主要なサービスライン毎に、履行義務とともに記載されている。さらに、契約資産(Contract asset)に関する会計方針について、以下のように説明されている。

対価の請求が可能となる前に、顧客にコントロールが移転した商品またはサービスを契約資産として認識します。これらの資産は、主に、携帯電話などであり、それらは、契約開始時に顧客に引き渡されるものの、対価は契約期間に応じて支払われる。このような契約資産は、支払いを受ける権利が確定し、請求を行ったときにたときに未収金に振替えられます。

注記17「引当金」には、契約に関する損失引当金について、以下のように説明されている。

「その他(引当金)」には、契約に関する損失引当金として25百万ポンド(2017/18:38百万ポンド)が含まれており、それは特定の契約に見込まれる損失の金額である。これらの引当金の過半は今後2年間で目的使用されると考えている。これらの契約が確定するまでの期間は短いものの、これらの契約から生じる将来の損失を見積もるにあたって使用される仮定に含まれる不確実性が重大な影響をもたらす可能性があります。一つの変数が変わっただけでは重要な損失が発生することはないものの、主要な複数の仮定が合わせて変わった場合は、重大な影響が生じる可能性があります。

次に、KAMのリスクについての説明である。

リスク

会計上の見積りが主観的であるリスク:

グローバルサービスおよびエンタープライズ事業部の顧客対応部門は、ノン・スタンダードな契約条件を含む大規模な契約や、将来的にはキャッシュインフローが見込まれるものの、複雑で、BTによる先行投資を必要とする移行プログラムを必要とするようなオーダーメイドの履行義務が含まれる長期顧客契約を締結します。

 

これらの契約期間にわたって認識される全体的な損益の見積りには、将来の収益と費用を予測する必要があるため、主観的評価の重要なリスクがあります。そのため、契約専用資産が回収可能かどうかの判断や、損失を被ると予想される契約に対する必要十分な引当金の計上には、高度な判断が必要です。

長期顧客契約の収益認識リスクというよりは、長期契約から将来発生する損失に対する引当金が網羅的に計上されていないリスクや先行投資で計上された契約専用資産の減損がタイムリーに計上されないリスクであることがわかる。そのためには、契約が契約期間全体を通じてどれだけの利益を出すかといった見積りか必要であり、その見積りが主観的に行われるリスクがあるということである。

我々は、こういった問題の影響について、リスク評価を行い、損失の発生が予測される契約に対する引当金の金額およびその網羅性、ならびに契約専用資産の回収可能性についての見積もりに不確実性が高く、その見積り結果の合理的な潜在的変動範囲が、我々の財務諸表全体の重要性の金額よりも大きいと判断した。

主観的な見積りに起因する不確実性のリスクについて、見積り結果の合理的な変動範囲が重要性の基準値を越える虚偽表示をもたらすリスクにつながるという、監査人のリスク評価が説明されている。

さらに、会計上の見積り以外のリスクとして、不正な仕訳入カによる不正リスクを識別している。

2019年3月31日売上高:長期契約の収益認識プロセスには、年間を通じて大量の仕訳を手動で処するプロセスが含まれます。これらの手動入力仕訳の量と金額は、収益が多額に操作されているかもしれないという固有のリスクであることから、長期契約上の収益認識の発生および金額に関して、収益を調整するために計上された手動入力仕訳による、重大な不正リスクを識別しました。

 ISA240は、不正リスク対応手続として、 経営者による 内部統制の無効化リスク を推定し、仕訳入力テストを実施することを要求している。監査人は、特に長期契約の収益に関連する仕訳のうち、手動入力仕訳について、不正リスクを認識している。通常の仕訳入力テストを実施する上で、このリスクを反映した手続を追加することを計画していると考えられる。

対応する監査手続:

我々の主要な監査手続は次のとおりです。

  •  内部統制のデザインと運用:
契約専用資産の回収可能性、損失が予測される契約に対する引当金の見積り、および長期契約の収益認識に関する不正リスクに関連するプロセスと内部統制を評価した。我々のテストは、これらの内部統制のデザインに不備を識別しました。その結果、我々は詳細なテストの範囲を当初予定されていた以上に拡大しました。

 KAMに対応する監査手続として、監査人が識別したリスクに対する内部統制のデザインと運用のテストを実施していることが記載されている。一般的にKAMに対応する手続のほとんどが、実証手続の説明になってしまっているケースが多いが、ここではリスクアプローチにしたがって、リスクに対する内部統制のデザインおよび運用のテストについても具体的な内容が記載されているところが注目に値する。さらにその手続きの結果として内部統制のデザインに不備を発見し、実証手続の範囲を拡大したことが記載されており、監査人のリスクアプローチの適用がよくわかる記載内容と言える。

  • 主要な契約について、契約専用資産の回収可能性および損失をもたらすと予測される契約に対する引当金の見積り:

損失のリスクが高い契約を特定するためのマネジメントのプロセスを評価するとともに、マネジメントが使用しているハイ・リスク・モデルへのインプットから抽出したサンプルをテストした。さらに、そのモデルに我々の独自の基準(定量的および定性的要因を含む)を適用することにより、損失を被るリスクが特に高い契約のサンプルを抽出した。損失を被るリスクが特に高い契約(損失が予測される契約に対する引当金、その他の引当金を含む)のサンプルについて実施した主要な手続は以下のとおりである。

内部統制テストの次に、契約専用資産の回収可能性および損失引当金の計上の網羅性について検討するための実証手続である。実証手続のデザインにあたって、まずマネジメントのリスク対応のプロセスを理解し、それをベースに監査人が独自に行ったリスク評価をサンプリングによる詳細テストのデザインに反映させていることがわかる。監査人は、マネジメントのプロセスや内部統制を十分に理解した上で、具体的に重要な虚偽表示リスクをイメージした上で、リスク対応手続をデザインしていることがわかる記載といえる。

  • 契約管理チームに対する質問:

業務担当者と財務担当者が混在する契約チームとのディスカッションを通して、契約の実績と履行状況について理解する。

リスクが高いとして抽出されたサンプルについて、監査チームが、企業の契約チームとディスカッションを行い、契約の実績や履行状況について理解している。監査手続の記載が具体的である。

  • 予想と結果:
収益およびコスト予測ついて、契約期間にわたっての業績予測のベースとなるコスト削減や予想される変動などの重要な仮定とともに、将来の予測を過去の実績と比較することによって、批判的検討を実施した。
ディスカッションで得られた、収益やコスト予測の情報、そのベースとなる施策や仮定について、過去の実績に照らして批判的に検討している。この検討については、インダストリーの専門家のサポートについては言及されていない。

  • 詳細テスト:
BTと顧客の間の契約文書を入手し、主要な履行義務と契約上の条項を契約リスク登録簿と比較する。リスク登録簿と契約上の義務とを比較し、契約間で共通のリスクをベンチマークすることによって、マネジメントがすべてのリスクを識別し、適切に評価しているかどうかについて批判的検討を実施した。
リスクに対応する実証手続として実施した詳細テストである。マネジメントが作成している契約リスクのリスク登録簿を、実際の契約文書と合わせている。さらに、契約間でのベンチマークを行うことにより、マネジメントのリスク認識の整合性をチェックしている。監査チームの批判的検討の内容が具体的に理解できる記載となっている。

  • 過去の正確性:
リスクの高い契約のサンプルについて、過去2年間の予算と実績の差異を評価した。我々は、この評価を我々の感応度分析に反映した。すなわち、特にリスクの高い契約として抽出した将来のキャッシュフロー予測に関する感応度分析に、過去の予算と実績の差異を反映した。さらにその結果をこれらの契約に関するマネジメントの主要な仮定に対する批判的検討に組み入れました。
過去の予算と実績の差異を評価し、予算実績差異を感応度分析として活用している。感応度分析の結果をベースにマネジメントの仮定に対する批判的検討を行っている。会計上の見積りの監査手続として、見積りの合理的な変動幅が重要性の基準値を上回らないことを一貫性をもって検討していることがよくわかる。

長期契約の収益認識プロセスに関連する不正リスクについては、以下の手順が含まれています。

  • 詳細テスト:
年度中に発行された請求書と、認識された収益が合っているか検討した。契約資産、契約債務および売掛金の年度末の貸借対照表上のポジションをサンプルベースでテストし、サポート証拠にトレースした。収益を計上している仕訳を分析し、予期しない勘定科目の組み合わせや通常でない仕訳入力を調査します。

さらに、不正対応手続として実施した仕訳入力テストの内容が説明されている。予期しない勘定科目の組み合わせや、通常でない仕訳を不正の兆候を示すものとして抽出し、それらをサポートとなるエビデンスにトレースすることにより、不正によるものでないことをテストしている。

 監査手続の結果

グローバルサービスとエンタープライズにおける長期的な顧客契約は許容可能と判断した。

これらの手続の結果が記載されている。ISAに準拠してリスクアプローチを適用し、要求される手続きを実施した結果である。内部統制のデザインに不備が見つかったものの、実証手続の範囲を拡大し、結果としてこれら長期的な顧客契約からは重要な虚偽表示はないと結論づけている。
この結論は、監査意見ではなく、あくまで手続きの結果を述べたものであるし、重要な虚偽表示リスクがないことを保証しているわけではない。特に、不正による虚偽表示リスクは、ISAに要求される手続きをすべて行ったとしても、発見できることが保証されているわけではないことは、職業的専門家としての責任としてすでに解説したとおりである。
それでも、上のKAMを読めば、監査人が職業的専門家としての責任を十分に果たしていることがわかるのではないだろうか。これが、リスクアプローチが監査人に求めていることであり、それを監査報告書に示すのがKAMの役割である。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文
BT_KAM2-1
BT_KAM2-2

KAMの事例分析 - (スイス)ロシュ 2018 (1)

KAMの事例として、次はスイスの製薬会社であるロシュを取り上げたい。
ロシュのアニュアルレポートは、Annual ReportとFinance Reportに分かれている。

Roche - Finance Report 2018
Roche - Annual Report 2018

監査報告書はFinance Reportの142頁から149頁に、8ページにわたって掲載されている。
KAMは監査意見(Opinion)の下の、監査意見の根拠(Basis of Opinion)のすぐ下に、以下の5つのKAMが5ページにわたって記載されている。
(監査報告書冒頭部分の原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。)

  • 米国の医薬品事業におけるチャージバック、その他のリベート、返品
  • 医薬品事業部門のインターミューン社に係るのれんの簿価
  • 製品関連無形資産の簿価
  • 不確実な税金上のポジション
  • フラットアイアン・ヘルス社の取得
収益認識に関するチャージバックや値引き、返品による売上割戻の見積りや、重要なのれん、無形資産、不確実な税金上のポジションの評価など、すべて見積りに関するリスクがKAMとなっている。フラットアイアン・ヘルス社の取得は、当期に発生した重要な取得取引であり、認識されたのれんや無形資産の評価に関するリスクがKAMとして識別されている。

それでは、1つ目の収益認識のKAMを読んでいこう。
(監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。)
米国の医薬品事業におけるチャージバック、その他のリベート、返品
グループの医薬品事業においては、米国内のさまざまな顧客に対して、特定の商業契約および政府が義務付けている契約の枠組みの中で販売を行っています。その契約には、購買および払戻しに関する取り決めがあり、最も重要なものはメディケイドおよび340B薬剤価格割引プログラムです。 グループはまた、特定の製品について米国の顧客に返品権を付与しており、返品期間は場合によっては数年先まで延びることもある。これらの取決めは、グループが顧客にチャージバックまたはその他のリベートの提供や、返品に対する返金のために、請求時に売上として認識した販売価格総額に対する割戻しが行われます。未払債務(リベート)または返品引当金、あるいは売掛金からの控除(チャージバック)の金額が見積り計上されるとともに、総売上高に対する割戻しが計上されます。これらの見積りは、既存の契約または法律上の義務や、過去のトレンドおよび当グループの経験を分析することにより算定される。
2018年12月31日現在、予想されるチャージバックおよびその他のリベート(主にメディケイド)に対する未払債務および売掛金から控除額として1,441百万スイスフランが計上されている。 さらに、損失が見込まれる製品に対する返品引当金として、2018年12月31日現在、455百万スイスフランを計上している。
取り決めが複雑であること、また、期末残高として適切な金額を算定するには、経営者による重要な判断と見積りが必要となることから、我々はこの領域にフォーカスしました。また、当グループの複数の医薬品の米国での独占権の喪失が直近に迫っていることが、返品引当金の見積りに必要な仮定をさらに複雑にしている。
医薬品の売上に対する将来の値引きや返品を見積もって、割戻として計上している。アメリカのメディケイドというのは、政府による医療給付制度で、低所得者に適用される値引きプログラムである。(詳しくはこちらを参照) 見積りが複雑で、経営者による重要な判断が必要となることから、KAMとして識別されている。
関連する財務諸表項目の金額として、未払債務と、売掛金からの控除額として、1,441百万スイスフラン、さらに返品引当金として454百万スイスフランと、合わせて1,895百万スイスフランと説明されているものの、重要性の基準値についての記載は含まれていない。なお、重要性の基準値を監査報告書に含めることは、UKではもとめられているもののISAでは求められていない。スイスの企業であるため、ISAの要求に従っている。なお、2018年の税引前利益14,148百万スイスフランであるため、この5%が重要性の基準値とみなすと、707百万スイスフランとなるので、重要性の基準値の2.7倍程度の重要性ということになる。

財務諸表および注記に対する参照先が記載されている。
米国の医薬品事業におけるチャージバック、その他のリベート、および返品に関する詳細は、以下を参照してください。

127頁(注記33、重要な会計方針)、46頁(注記1「一般的な会計方針 - 主要な会計上の判断、見積りおよび仮定」)および51、76および79–84頁(注記3「財務諸表-収益」、注記12「売掛金」、注記19「その他の流動負債」および注20「引当金および偶発債務」)を参照。

次に、監査手続について読んでいこう。
我々の対応

我々の監査手続には、未払債務、引当金および売掛金の控除についての経営者の計算をサンプルベースで入手し、金額の再計算や、見積りの仮定の合理性について、関連する契約条件、米国政府の価格情報、過去のチャージバックおよびその他のリベートの実績、過去の返品実績のレベルや、現在のトレンドといった内部および外部情報ソースとの参照による検証が含まれている。

監査手続として、リスク対応手続しか書かれていない。ISA315のリスク評価手続で、内部統制を理解するために監査人がどのような手続を実施したかがわからない。また、監査人がこの収益認識に関するKAMについて不正リスクを識別したか、「特別な検討を必要とするリスク」なのか「重要な虚偽表示リスク」なのかもわからない。企業が、どのようなプロセスで、売上割戻しの計算を行っているのか、見積りで使われる仮定の合理性について、企業内でどのようなチェック体制や内部統制があるのか、それを監査人はどういう手続で理解したのかが記載されていない。
リスク対応手続として内部統制をどのようにテストしたかについて説明しないまま、実証手続だけを説明している。会計上の見積りに対する実証手続として、サンプルベースで再計算による正確性のテストを行っている。また、見積りに使われた仮定を関連する契約条件や政府の価格情報などの情報ソースと合わせるとともに、チャージバックや返品実績のトレンドを参照することにより合理性を検討していることがわかる。サンプリングにあたってどのようにリスク評価を反映したか、どういった具体的な仮定に重要なリスクがあると考えたかなど、リスクへの対応という観点では説明がされていない。

また、各国の薬価制度など、最新の医療制度に関する十分な知識が見積りにおいて必要と思われるが、監査人は専門家を利用していないようである。

過去の未払債務、引当金計上額や、売掛金の控除額を、実際の決済額と比較することにより、過年度における経営者の見積りの正確性を検討した。また、2018年の340B Drug Discount Programの利用率の増加への対応を含め、2018年の見積りで使用された引当率の変化を、現在のチャージバック、その他のリベートの支払い、および売上収益のトレンドと比較することによって評価しました。

過年度の経営者の見積りの正確性を検討するために、過去の見積り額を実績と比較しているが、経営者による偏向(バイアス)の有無の検討については言及していない。引当率の見直しをチャージバックやリベートの支払い実績や現在のトレンドと比較することに評価しているが、見積り方法の変更の有無や、変更の合理性をどのように評価したかはわからない。
仮に「特別な検討を必要とするリスク」であったとすると、見積りの不確実性の対応として、感応度分析や、定量的分析が求められるが、記載されていないことから、「重要な虚偽表示リスク」として対応を行ったと思われる。
上で述べたとおり、売上割戻の金額が、重要性の基準値の2.7倍とすると、見積り額が4割程度動くと、それだけで重要性の基準値を超えるという計算になるが、そのリスクをどう評価したかがポイントであろう。また、ISAは、収益認識には不正による重要な虚偽表示リスクがあるという推定のもと、「特別な検討を必要とするリスク」を識別することを原則として求めている。監査人がこのKAMを「特別な検討を必要とするリスク」としなかったとすると、収益認識に関してどういうリスクを「特別な検討を必要とするリスク」と識別したのかが気になるところである。

我々は、チャージバック、その他のリベートおよび返品による、総売上高に対する割戻しの認識および測定を含む、グループの収益認識に関する会計方針や開示の妥当性を検討した。

監査人は、企業の見積り方法がIFRSに合っていることを評価することが求められるが、IFRS15に対する言及がない。2018年からIFRS15が適用になっているが、IFRS15によって、収益認識に関する会計方針にどのような影響があったかについて説明はされていない。監査人としては、重要な影響はないと判断したと思われる。

(参考) 監査報告書の冒頭部分の原文 (クリックして読んでください。)

_ロシェAR

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文(クリックして読んでください)
ロシュ_KAM1

KAMの事例分析 - (英)BAE Systems 2018 (4)

BAE SystemのKAMに対するリスク対応手続としての内部統制テストの次は、実証手続を見ていこう。
リスク対応手続としての実証手続については、別の記事にまとめてのでまずはこちらを参照してほしい。

KAMの記載された監査報告書の原文は、BAE Systemsの2018 Annual Reportの135頁を参照してほしい。

監査人はリスク評価手続において、これらの長期契約を特にリスクが高いと判断している。監査人のリスク対応手続は、特にこれらの契約について手続を行っていることに留意することが重要である。

  • アスチュート級原子力潜水艦
  • クイーンエリザベス級空母
  • 大型の哨戒艦艇
  • サウジサラーム社とのタイフーン戦闘機の開発
  • サウジ英国防衛協力プログラム
  • ラドフォードのニトロセルロース弾薬工場

 
KAMへの対応として監査人が実施した実証手続は下のとおりである。プロジェクトチームのメンバー等に質問し、プロジェクトの進捗に関する直接的で最新の情報を入手し、さらに年末までの状況を確認していることがわかる。

  • 契約プロジェクトチームメンバー等に質問し、年間を通じて、また年末時点でのプロジェクトの進捗状況について理解した。契約プロジェクトチームメンバー等に質問し、年間を通じて、また年末時点でのプロジェクトの進捗状況について理解した。

マネジメントやファイナンス部門から入手するのではなく、プロジェクトチームメンバーから直接入手した方が良いが、すべての契約で、そのようにできているかどうかはわからない。また、ISAでは、財務諸表の報告日までのすべの状況が反映されていることを検討することを求めているが、監査人が年末時点から財務諸表の報告日までの間の状況をどのように検討したのかはこの内容だけでは判断できない。

監査人は、マネジメントによる「会計上の見積り」が、会計基準に合っているか、また、見積り方法は適切で一貫性をもって適用されているか、特に、前期からの見積り方法と変更がある場合は、状況の変化に応じた適切な理由があるかどうかについて判断しなくてはならない。(ISA 540.12-14) 下の手続きにより、マネジメントが見積り方法を一貫性をもって適用していることを検証している。

  • 過去における契約の進捗状況を分析し、今期における増減や見積りの見直しについて分析を行った。

見積り方法が正しくても、データの集計や計算に誤りがあれば、虚偽表示につながる。下は正確性のアサーションに対応する手続きである。

  • 契約完了までの見積りコストの計算など、契約評価のベースとなる計算が正しく行われているのかをチェックした。

多くの契約ポートフォリオのコストの集計には、ITシステムも活用されているはずである。監査人はITシステムに関連する内部統制もテストしていると思われる。
監査人がマネジメントの判断の合理性を判断するために入手した証拠について以下のように説明している。

  • 納期やスケジュールに関連する通信記録や、マネジメントの判断の合理性を検討した。
  • 契約の進行状況や、債権の回収可能性に関する裏付けとして、顧客との通信記録をレビューしたり、顧客と直接面会して確かめたりした。

顧客とのメール等のやりとりを入手するのみならず、顧客と直接面会して確かめていることは注目に値する。マネジメントが提出するメールがマネジメントに都合の良いものに限られている可能性もあるし、メール自体が改ざんされるリスクもあるので、顧客と直接面会することは、特に不正リスクまで考慮した場合に、有効な手続であると考えられる。

  • 社内または社外の法律専門家に質問を行い、契約に関する訴訟について質問を行った。

契約に関する訴訟が複数あることは注記23引当金に開示されているが、具体的な情報は含まれていない。実際に訴訟がないのか、開示に消極的なのかはよくわからないが、全体として訴訟に関する開示の量が少ないという印象である。筆者がネットで検索すると、特許権関連の訴訟なども見つかるが、重要性なものではないというマネジメントの判断があったと思われる。

訴訟の結果は、契約履行のためのコストやスケジュールに影響するため、履行義務への対価の配分を通じて、売上や利益に影響する。そのため訴訟は、不確実性のリスクを包含している。

ISAは「会計上の見積り」が「特別な検討を必要とするリスク」である場合には、

マネジメントがどのように将来の不確実性に対応したかを評価することを要求しており、特に経営者が見積りあたって採用した仮定について、別の仮定をおいた場合に得られた結果について、どのように考えたか、また、なぜそれを採用しなかったのかを検証することを求めている。(ISA540.A103) 監査人はこれに対応する手続を実施し、重要な不確実性リスクについて評価しているはずであるが、これに対する詳細な情報はKAMへの対応として説明されていない。
つぎに監査人はマネジメントの判断を評価するにあたって、専門家を利用したことを説明している。

  • それぞれの契約に関するマネジメントの判断を評価するにあたって、デロイトの防衛・軍事の専門家を利用した。

監査人は、監査の専門家ではあるが、防衛・軍事の専門家ではない。たとえ、監査人が防衛・軍事産業の企業の監査を長年担当していたとしても、例えばアスチュート級原子力潜水艦の開発費用が実際のところどれだけ発生するのか、技術上の問題がどのように開発スケジュールに影響するのかなどは判断できない。「会計上の見積り」を「特別な検討を必要とするリスク」とした以上、経営者の判断の評価は極めて重要である。ISAはこのような専門性が必要な状況においては専門家を関与させる必要性を考慮することを求めているのである。 監査においては、専門家の関与による分業化、それによる監査手続の高度化がますます重視されている。
さらに監査人は、不正リスクに対応するために特別にデザインされた手続を実施している。「特別な検討を必要とするリスク」と判断するにあたって、監査人が不正リスクを識別していたことへの対応である。

  • 経営者が内部統制をオーバーライド(無効化)したような形跡がないか、またマネジメントがとるポジションにバイアスがかかっていないかを考慮した。

具体的にどのような手続を実施したかは書かれていないが、マネジメントによる内部統制のオーバーライドの形跡は、ISA240の不正対応手続により検討していると思われる。通常でないプロセスで入力された仕訳など、不正の兆候を示す仕訳の検証や、経理の担当者に対する質問といった手続を行っているはずである。また、バイアスについては、一定期間の過去の判断を時系列に評価して、過去の判断が常に楽観的でないかなどを評価していると思われる。

リスク評価において、監査人はIFRS15の導入を、リスクを高める要因として考えている。IFRS15の適用初年度におけるリスクへの対応手続は以下のとおりである。

  • IFRS15の導入による影響についてマネジメントによる評価をレビューし、チャレンジした。
  • マネジメントの会計方針や会計マニュアルをレビューし、チャレンジした。
  • 契約書を読み、理解するとともに、IFRS15適用にあたっての留意事項として、特に履行義務の識別や、変動対価の要素について検討を行った。
  • アニュアルレポート上の開示・ディスクロージャーがIFRS15に従っているかをチェックした。

マネジメントの判断や、開示の適正性を検討する前に、新しい会計基準の適用にあたってのマネジメントの内部統制をテストしている。チャレンジしたという言葉を使いながら、監査人として懐疑心を発揮しながら、マネジメントによるIFRS15の適用に、開示も含めて問題がないことを検証したことを強調している。

最後に、監査人の所見が示されている。

監査人の所見

テストの結果は、満足できるものであった。

特にリスクが高いとして識別した特定の長期契約をレビューしたところ、それらについて帳簿の修正や、売上と利益の認識における判断をバランスさせることが必要性はないと判断した。

それら以外の長期契約を検討した結果、帳簿の修正が必要な事項が発見されたものの、重要性のある金額ではなく、マネジメントによる判断は全体的に合理的なものであると結論付けた。

リスク対応手続においてはサンプリングによるテストが行われる。監査のリソースは限られており、長期契約のポートフォリオのすべてをテストすることはできないのである。ただし、このサンプリングでは、母集団全体をテストした結果であると合理的に結論づけることが求められる。そのため、監査人は母集団から偏りなくサンプルを抽出することが必要であり、これを代表サンプリングという。

一方、リスクアプローチで、リスクが高いと判断された契約に重点的にテストすることも、監査人の判断により行われるのであるが、その場合には、残りの契約(これを残余母集団)について、代表サンプリングを行うことが必要である。

上の監査人の所見を読むと、特にリスクが高いとして識別した長期契約以外の長期契約についても検討を行ったものの、重要性のある虚偽表示は発見されず、マネジメントの判断も合理的であったと判断していることがわかる。

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