KAMの事例でコーポレートガバナンス

2020年から日本でも導入されるKAM(Key Audit Matter)。日本では「監査上の主要な検討事項」と呼ばれ、企業の監査における重点領域に関する情報が、監査報告書で報告されるようになる。この監査における重点領域は、いわゆるリスクアプローチによって決定されることから、KAMを理解するためには、リスクアプローチの理解が重要になる。グローバル企業の監査に長年携わってきた監査のプロフェッショナルが、KAMの事例を紹介しながら、社外取締役や監査役などガバナンス責任者、さらに投資家などの方々に、KAMを理解すれば何がわかるのか、そして何がわからないのかについて、できるだけ簡単な言葉で、わかりやすくアドバイスします。

上場企業のガバナンス責任者は、KAMをテコにして、監査法人の監査手続に対する理解を深め、企業のガバナンスを強化することができます。投資家は、KAMを理解することにより、アニュアルレポートによる企業の開示をさらに深く理解することができます。 監査における情報の非対称性を解消し、資本市場の健全化に貢献したい。そのためのブログです。

退職給付債務

KAMの事例分析 - (英)マークス&スペンサー(6)

今回も引き続き、マークス&スペンサー(M&S)のKAMを読み進めたい。5つ目のKAMは、英国の確定給付年金債務の評価である。

なお、監査報告書の原文は、マークス&スペンサー2019アニュアルレポートの81-90頁に含まれている。また、監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。


退職年金債務の評価に関するKAMはBT Groupと、BAE Systemsでも識別されていた。リスクとしては、見積りの要素があり、金額が大きいということであるが、さらに感応度が高いため不確実性への対応が必要で、要求されている開示も多いということもある。英国の場合、それに加えて、最低保証年金の均等化が法制化が、例えば男女間での給付に差があった場合などに、債務を積み増しが必要になるなど、新たな複雑性が加わって、エラーが発生しやすいといった状況も考慮されているように考えられる。

それではKAMの説明から読んでいこう。

KAMの説明

財務書類の注記1および注記11の会計方針に記載されているように、当グループは英国従業員向けの確定給付年金制度を有しています。 このスキームは、新規加入者に対してはすでに閉鎖されており、201741日にすべてのアクティブな加入者は、別の制度を移行しているため、給付が発生する加入者はおりません。

2019330日現在、当グループは、総額923.4百万ポンド(2018年:959.7百万ポンド)の積立済みの正味退職給付資産(英国を含む)を計上しました。これは、10,224.7百万ポンド(2018年:9,989.3百万ポンド)の制度資産と、9,301.3百万ポンド(2018年:9,029.6百万ポンド)の制度負債の純資産です。 この負債のうち9,175.1百万ポンドは、英国の制度に関連しています(2018年:8,907.6百万ポンド)。KAMは、割引率、インフレおよび死亡率の推定などの主要な仮定の変化に対する感応度に基づく英国の制度負債の評価に関連しています。このリスクは、アニュアルレポート50頁に記載されている監査委員会の重要な検討事項に含まれている。

上を読むと、退職給付制度は、十分な制度資産があり、純資産となっていることがわかる。KAMとして識別されているリスクは、退職給付債務の評価であり、制度資産の評価に関するリスクはKAMの対象とはなっていない。
重要性の基準値は20百万ポンドであるため、退職給付の純資産の金額923.4百万ポンドは、その46倍となる。

注記1には、退職給付債務について、IFRS(IAS第19号)による会計方針とともに、重要な会計上の見積りから生じる不確実性の主要な源泉として以下の説明がある。
退職後給付
当グループの確定給付年金制度の年金純受取利息および確定給付債務の決定には、割引率、インフレ率、年金対象給与の増加、死亡率および制度資産の期待収益率などの、仮定を設定することが必要である。 数理計算上の差異や、将来に関する仮定の変更から生じる差異は、その後の期間に反映されます。 制度資産に含まれる市場価格のない投資の公正価値は、投資またはファンドのマネージャーが提供する公正価値の見積りを考慮することにより見積もられます。 主要な仮定および見積りの変更の影響に関する詳細については、注記11を参照してください。

制度資産、退職給付債務の両方について、見積りや仮定に関するリスクについて説明されている。さらに、注記1には、退職給付制度で発生している余剰を識別するためには、判断が必要であるとして、以下の説明が含まれている。

英国確定給付年金の余剰

確定給付制度に余剰が生じた場合、将来、当グループによる、余剰の払い戻しを防止する権利を受託者が保有しているかを判断する必要がある。2019年3月30日時点で、英国の確定給付制度について、マネジメントはこれらの要件を満たしていると判断をした金額として931.5百万ポンドの剰余金を認識している。


次に注記11の注記を参照しよう。(クリックして読んでください。)

M&S_KAM(5-2)
純資産の金額923.4百万ポンド(前期959.7百万ポンド)と、退職対照表の残高との調整である。
アニュアルレポート50頁に記載されている監査委員会報告書も見てみよう。

退職給付

委員会は、年金費用および英国の確定給付制度の評価を決定する割引率、インフレ率、制度資産の期待収益率および死亡率などの保険数理上の仮定を検討し、それらが適切であると結論付けました。 仮定は財務諸表に開示されています。

監査委員会が識別した重要な検討事項については、外部監査人であるDeloitteから詳細な報告を受けているということが、同じくアニュアルレポート50頁に説明されている。
監査委員会は、これらのマネジメントの判断を必要とする領域については、重点領域として識別しており、したがって、デロイトからこれらの問題に関する詳細な報告を受けています。

注記11が参照されているが、退職給付債務に関する仮定として次のように開示されている。
(クリックして読んでください。)
M&S_KAM(5-3)

M&S_KAM(5-4)

監査人のリスク評価は以下のとおりである。ここの記載は、債務の評価に限ったものになっていない。なぜ、制度資産についてはKAMとしないのかについて説明が欲しいところである。

上の仮定の設定は複雑であり、これらの仮定のいずれかを変更すると純剰余金に金額的に重要な変動が生じる可能性があるため、重要な判断が必要な領域である。 主要な仮定のそれぞれの変更に起因するスキームの余剰の増加/(減少)は、財務諸表の注記11に記載されている。

注記11に含まれている感応度分析である。(クリックして読んでください。)
M&S_KAM(5-5)
債務の増減は、損益計算書では遅延認識されるので、当期の税引前利益にこの影響があるわけではないが、いずれも重要性の基準値(20百万ポンド)を超える影響である。

それでは、KAMに対応する監査人のリスク対応手続を理解していこう。

KAMに対応する監査の範囲

KAMに対応するため、次の監査手順を実施した。

  • 年金債務の見積りとレビューに関連するコントロールのデザインと実装を評価した。
  • 制度負債の評価に適用される仮定の妥当性、および監査人の年金専門家チームと連携して、各制度の裏付けとなる保険数理評価レポートに含まれる情報を評価した。

マネジメントによる退職給付債務の見積りとレビューのプロセスと関連する内部統制の理解し、コントロールのデザインと実装のテストを実施していることが説明されている。
また、監査チームが、監査人の年金専門家チームと連携しながら保険数理評価レポートを評価している。退職給付債務の評価に、アクチャリーが専門家として関与することは通常の手続である。
制度資産に含まれる市場価格のない投資の評価については、KAMのリスクに含まれていないので、言及されていない。

次に、実証手続によるリスク対応手続である。

  • 制度加入者の記録の代表サンプルに合致させることを通じて、主要なインプットの完全性を評価した。
  • 外部のベンチマークデータに従って、評価モデル内の主要な変数に対して感応度分析を実施した。 
  • IFRSに準拠した財務書類開示の網羅性と正確性を評価した。
インプットの完全性は、退職給付債務の計算の対象になっている制度加入者に漏れが無いか、その勤続年数などの属性が、外部のデータと合っているかをテストしている。会計上の見積りにおいて、インプットや、モデルのパラメータやロジックをテストすることは必要である。モデルについては、専門家のレビューでカバーされているため、ここでは言及されていない。

また、注記されている感応度分析を独立的に検証し、マネジメントが見積りの不確実性を正しく評価してるいることを検討している。
さらにIAS第19号に基づく、開示のテストを実施していることが説明されている。

監査人の所見である。

監査人の主な所見

確定給付制度債務の評価に適用される仮定が適切であると考えている。

債務に関する仮定が適切というのが結論になっている。単に仮定をテストしただけではないので、もう少し踏み込んだ所見であっても好いように思われる。

全体的な感想としては、監査人がKAMとして、どこに特に注意を払ったかがわかりにくいと感じる。BAE Systemsでは、過年度修正があったところに注意を払ったといった説明があったが、このKAMを読む限り、退職給付債務に関する通常の手続が書かれている。おそらく監査人としては、代替的経営指標(APM)や調整項目については、「特別な検討を必要とするリスク」を識別して特別な監査手続を計画したと思われるが、退職給付債務については、金額が大きく、会計上の見積りに重要な不確実性があるという理由でKAMとしたものの通常の手続を実施したと考えられる。しかしながら、KAMと識別した以上は、通常の手続以上に、監査人が特に注意を払った事項について、説明が欲しいところである。


(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
M&S_KAM(5)

KAMの事例分析 - (英)BT Group 2019 (2)

今回は、前回の記事で紹介したBT Group plcの Annual Report 2019に含まれている監査報告書で6つのKAMの1つ目、BT年金制度の退職給付債務および市場価値の無い投資の評価についての解説である。

監査報告書は、Annual Report 2019の101-106頁に6ページにわたって掲載されている。 グラフなどは使われておらず、ビジュアルにはほとんど気を使っていない。読んでいくとわかるのだが、監査手続について、非常に中身の濃い内容を何とかコンパクトにまとめるのに苦労していることが伝わってきて、非常に良い出来の記載になっている。KAM先進国のイギリスだからなのか、2019Annual Reportという直近の監査報告書だからなのか、それとも他の理由なのかはわからないが、さらに多くの会社のKAMを読んでいるうちにわかってくるのではないかと思っている。

監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。


KAMの記載の冒頭に、KAMのタイトルと、財務諸表項目および金額への参照、さらに、アニュアルレポート内の関連する記載への参照が記載されている。

BT年金制度(BTPS)における退職給付債務および市場価格の無い投資の評価

BTPS債務589億ポンド
監査およびリスク委員会報告書(69ページ)、注記20「会計方針-退職給付債務」(145ページ)および注記20「退職給付制度」(145ページ)を参照のこと。

注記20「退職給付債務」を読むとBTPSとは、BT Groupの運用する退職年金制度のうち最大のもので、確定給付制度であると説明されている。BTPSのPresent value of Liabilities (債務の現在価値)として58,855百万ポンドと開示されている。
BTPS

また、アニュアルレポート69ページの監査およびリスク委員会報告書を読むと、以下の記述がある。

2018年7月、グループは、2018年3月31日現在のIAS第19号に従った退職給付債務の会計上の評価において、独立した外部アクチュアリーによる計算上のエラーについて報告を受けたことを公表しました。 そのエラーは、人口統計上の前提を不適切に適用していることにより発生しました。

監査およびリスク委員会は、公表された財務諸表の修正再表示が必要か、Form 20-Fの2017/18の財務諸表の再提出が必要であるかどうか、さらにこのエラーがグループの「内部統制上の重大な欠陥(Material Weakness)であるかの検討を含め、マネジメントがこのエラーを、どのように理解し、批判的な検討を行うかにフォーカスした。さらに、委員会は、内部統制の強化におけるマネジメントの行動を監督し、以前に確認された「内部統制上の重大な欠陥 (Material Weakness)」に適切に対処するようにしました。 グループの業績の修正再表示に関する詳細は、118ページに記載されています。

BT Groupは、6つのKAMを重要性の高い順番に記載しているが、当初なぜこの退職給付債務や制度資産の評価に関するリスクが一番最初に記載されているのかがわからなかったが、上を読んで理解できた。

118ページに本件に関する修正再表示の説明があるが、退職年金債務の金額が476百万ポンド過少計上されていたとある。貸借対照表へのインパクトだけで、損益には影響はなかったものの、監査報告書に記載されている重要性の基準値115百万ポンドの4倍以上のエラーであり、「内部統制上の重大な欠陥(Material Weakness)」となったことが、このKAMが一番最初に来た理由ということである。
なお、BT Groupは米国SECに財務諸表(20-F)を提出しており、SOX404の内部統制監査も受けていることがわかる。重要性の大きい修正再表示のために、財務諸表を再提出した場合は、再提出が必要となるような重要なエラーを発見できなかったということを自ら証明してしまうため、「内部統制上の重大な欠陥(Material Weakness)」があったということもあわせて報告することになったと考えられる。企業にとって、非常に重大なことである。
BAE SystemsのKAMでも退職給付債務の評価がKAMとなっていたが、そこでも過年度のエラーが報告されていた。

次に、リスクの内容について退職給付債務と、制度で運用される資産の評価について、別々に説明されている。債務については、見積りに使われる仮定の感応度が高いこと、資産のリスクについては、特に観察可能な市場価格の無い投資の評価にリスクが高いことが説明されている。

BTPS債務の評価に使用される仮定、特にインフレ率、死亡率および割引率に関連する仮定のわずかな変更は、BTPSの正味年金債務に大きな影響を与える可能性があります。

 

BTPSは、市場価格が入手できない年金資産を保有しています。資産の価値を決定するにあたって、特に重要な判断が必要となるのは、観察可能な市場価格のない資産であり、いわゆるレベル3資産である。これらは合わせて保有年金制度資産総額の17%(90億ポンド)を占めています。中でも、特に重要な判断を必要とする年金資産のカテゴリーには、不動産、未公開株式、インフラ投資および長寿保険契約が含まれます。

 

こういったリスクの影響は、合理的な評価額の見積り結果が潜在的な変動であるが、その変動幅は財務諸表全体に対する我々の重要性を上回っている。注記20「退職給付制度」は、当グループが見積った債務に関する重要な仮定の感応度およびレベル3の年金資産の評価に関する不確実性を開示している。

さらに、このKAMの記載が秀逸であると筆者が感じる点であるが、このリスクがなぜ重要なのかという理由が定量的に説明されている。見積りの不確実性のリスクが、見積り結果の潜在的な変動幅であり、それが重要性の基準値を超えるかどうかで、重要な虚偽表示リスクの有無を判断していることが説明されている。会計上の見積りにおいて、不確実性に対するマネジメントの対処についての評価や、感応度分析をISAが監査人に求めているのは、まさにこのリスクの評価のためである。

また、下に説明されている、対応する監査手続の中での内部統制の評価や、感応度分析などの対応手続が、リスクに対応する手続であることがわかりやすくなっている。

対応する監査手続

年金制度債務に対する主な監査手続:

  • 内部統制のデザインと運用:BTPS退職給付債務の算定に用いられる仮定に対するプロセスと内部統制を評価する。
  • 仮定のベンチマーク:我々の数理計算の専門家のサポートを受けながら、退職給付債務の算定にあたって適用されるインフレ率、死亡率および割引率といった主な仮定を、内部または外部データと照らし合わせることにより批判的に検討する。

内部統制のデザインの評価、さらにその運用をテストしたことがわかる。マネジメントが、どのように仮定を決定し、その判断のレビューや計算チェックといった内部統制のデザインを評価することにより内部統制を理解している(リスク評価手続)。さらに運用のテストとして、レビューや計算チェックが有効に機能していることや、仮定に対する批判的検討を行っていることがわかる。特に仮定の批判的検討においては、専門家のサポートを得て、内部や外部データとベンチマークするなど、十分な手続を行っていることが理解できる記載になっている。(リスク対応手続としての内部統制手続)

 レベル3の制度資産に対する、主な監査手続:

  • 内部統制のデザインと運用:BTPS退職給付制度が保有する資産の評価に関するプロセスと内部統制を評価する。我々はこのテストにおいて、これらの内部統制にデザイン上の不備を識別しました。その結果、我々は詳細テストの範囲を当初予定されていたよりも拡大しました。

まずは、マネジメントによる資産の評価プロセスと内部統制を理解している。その過程で、内部統制上のデザイン上の不備を発見している。具体的な不備の内容は、ガバナンス責任者やマネジメントには報告されているはずである。
なお、内部統制の不備については、デザインの不備と、運用の不備があり、上の記載ではデザイン上の不備があったことが明記されている。監査上、デザイン上の不備は、内部統制の仕組みそのものの不備または欠陥であるため改善に時間を要する。運用上の不備は、内部統制の仕組みは問題ないものの、その実施者が、たまたま体調不良で見逃したなど、その運用面でのミスであり通常その改善にそれほど時間はかからない。それぞれの不備への対応方法は違うため、区別しておくことは重要である。

マネジメントによる資産の評価プロセスと内部統制のテストに続いて、次にレベル3資産のタイプごとに、実施した手続を記載している。

不動産およびインフラ投資
  • 評価者の信頼性評価:不動産投資とインフラ投資の独立的評価を担当するディレクターのバリュエーション専門家としての技量、能力および客観性を評価した。
  • 仮定のベンチマーク:我々のバリュエーション専門家に、評価に使われた仮定や前提のうち、特に公正価値の算定に特に感応度が高いものについて、外部の指標、比較可能の資産や市場慣行とベンチマークさせることより、第三者のバリュエーション専門業者の評価報告書を検討した。このベンチマークを使用して、適用された評価メソドロジーや主な仮定について、第三者のバリュエーション専門業者との直接のディスカッションを通じて批判的に検討した(不動産のみ)。
  • 期待値と実績の比較評価:第三者のバリュエーション専門業者が公正価値を評価する際によって使用した重要なデータインプットについてのトレンド分析(インフラ投資のみ)
  • 詳細テスト:第三者バリュエーション専門業者が使用した重要なインプットを不動産リース契約のサンプルに一致させた(不動産のみ)。

不動産の評価にあたっては、マネジメントが利用する専門家の能力と客観性の評価をしている。なお、客観性を評価するのは、専門家が、例えば、マネジメントからプレッシャーを受けてマネジメントにとって都合の良い評価をしていないかをチェックしているのである。 また、監査人の専門家が、マネジメントの専門家によるバリュエーションレポートを評価しているが、その仮定について評価額に対する感応度を考慮しながら、批判的検討を行っていることがよくわかる。さらに、監査人の専門家がマネジメントの専門家とディスカッションを行うなど、職業的専門家としての懐疑心が現れた記載になっている。さらに実証手続として、使用されたインプットが、契約書と一致していることをテストするという詳細テストを実施している。
インフラ投資については、マネジメントの専門家が使ったデータインプットのうち、重要なものについてトレンド分析を実施したことが書かれているものの、監査人が専門家を利用しなかった理由がよくわからない。金額的重要性を考慮したのかもしれない。

 未公開株:

  • 評価者の信頼性評価:プライベート・エクイティ・ファンドを担当するファンドマネジャーの技量、能力、および客観性を評価した。
  • 独立的な保証業務受託者により発行された内部統制報告書を入手し分析することにより、ファンドの内部統制環境を評価する。
  • 詳細テスト:第三者の投資運用会社からの確認書を入手し、プライベート・エクイティ・ファンドの最新の監査済み財務諸表を読み、過去の評価額を実績と比較し正確性を評価します。

次も、観察可能な市場価格の無い投資である未公開株の評価である。
マネジメントの専門家の代わりに、ファンドマネジャーの能力や客観性を評価している。ファンドマネジャーの評価にもとづく評価レポートをベースにマネジメントが評価しているからだと思われる。
さらに、投資運用会社から、内部統制報告書を入手していることが記載されていることは注目に値する。内部統制報告書とは、監査法人など独立したの保証業務受託者が、運用会社側のIT統制を含む内部統制を評価したものである。投資運用会社におけるトレーディング業務や決済業務などのプロセスに関する内部統制の有効性を評価したレポートである。投資運用会社の場合、多くの会社の投資業務のアウトソースを受けているので、委託者のために、このようなレポートを発行していると思われる。SOC1 レポート(Service Organization Control Type 1 Report)、とかSSAE16レポート、また日本では86号報告書ともよばれるものである。監査人は、このレポートを評価することにより、受託者側の内部統制を評価するのである。
さらにリスク対応手続としての実証テストとして、投資運用会社からの確認書や、投資先の財務諸表を入手し、過去の実績との比較などをおこなっている。

長寿保険契約:

  • 評価メソドロジーの選択:我々のバリュエーション専門家を関与させ、長寿スワップ評価における推奨実務ステートメントで明示された原則に照らして評価メソドロジーを批判的に検討した。
  • 仮定のベンチマーク:自社のバリシュエーション専門家に、死亡率、割引率および市場保険料率の仮定を内部および外部データと比較させるとともに、第三者バリュエーション業者が算定した長寿保険契約の評価額と比較するための、許容可能な評価変動幅を算定させた。上のベンチマークを使用して適用される評価メソドロジーおよび主要な仮定について、第三者の評価専門家直接のディスカッションを通じて批判的に検討した。

長寿保険契約は、確定給付債務の年金制度の場合に、加入者の平均余命が伸びることによるリスクをヘッジするためのものであると考えられる。制度資産の中では重要性が高く、さらに観察可能な市場価格がないため、KAMに含まれている。
監査人の専門家を関与させ、メソドロジーの選択の適切性について、批判的に検討したことが記載されている。それ以外は、不動産と同様に、監査人の専門家が、仮定のベンチマークテストと、感応度分析を行うとともに、マネジメントの専門家と直接ディスカッションすることにより、批判的検討を行っている。

 退職給付債務およびレベル3制度資産の両方に対する主な監査手続:

  • 透明性の評価:これらの仮定の退職給付(純)債務の評価額に対する感応度についての、グループの開示の適切性を検討。レベル3制度資産の評価に関連する不確実性に関するグループの開示の適切性を検討。

開示の適切性についての対応手続である。退職給付債務の評価額に関する感応度については、IAS19にしたがった開示の妥当性をテストしていると思われるが、IFRSへの準拠性については特に言及していないが、アニュアルレポートの145-154頁に10ページにわたって記載されている注記20「退職給付制度」を見れば、退職給付債務と、制度資産の両方について、不確実性に対する情報や感応度分析に関する開示が詳細に行われていることがわかる。

監査手続の結果

BTPS債務および市場価格のない投資の評価は許容できると考える。

最後に手続の結果を記載している。KAMの冒頭にあったように、KAMに対する別個の監査意見ではなく、KAMに対応して実施した手続の結果を示したものである。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文
BT_KAM1-1
BT_KAM1-2


KAMの事例分析 - (英)BAE Systems 2018 (6)

BAE Systemsの2018年アニュアルレポートの135頁の監査報告書の3つめのKAM、退職年金債務の評価について、その内容から監査人のリスクアプローチを読み解いていこう。

KAMの理解に役立つリスクアプローチの知識は、こちらのページにまとめてあるので、適宜参照しながら、読んでもらいたい。
ISAの原文を参照したい場合はこちらを参照してほしい。また、日本語で読みたい人はこちらを参照することをお勧めする。

KAMのタイトルと参照箇所

退職年金債務の評価
参照箇所:Audit Committee Report(84ページ)
注記22(会計方針と開示)
グループが負担すべきIAS第19号純負債 3,932百万ポンド (2017年は4,022百万ポンド)
退職年金制度資産の評価 25,653百万ポンド (2017年は26,883百万ポンド)
退職年金制度負債の評価 29,889百万ポンド (2017年は32,237百万ポンド)

退職年金債務の注記には詳細な感応度分析が含まれており、10ページにもわたって記載されている。

監査上の主要な検討事項(KAM)の概要

当社は、英国および米国に主要な確定給付型退職年金制度を保有している。年金資産は信託勘定で運用されている。我々は退職年金債務に関する以下の領域をKAMと考え、重点的な監査手続を実施した。
負債
インフレ率、割引率、死亡率などの退職給付債務に関する主要な判断。
積立不足額に重要性があるため、これらのインプットのわずかな変化が評価に大きく影響する。共同年金制度の場合は、グループに割り当てるべき資産またはグループが負担すべき債務についても仮定により決定されている。
退職給付債務は金額が大きく、見積りには、多くの仮定(インプット)が使われる。実際の見積りは保険数理士(アクチュアリー)が行うため、監査上は仮定や判断の合理性などの判断が重要である。共同年金制度とは、いくつかの企業が合同で資産を運用する年金制度であり、会社ごとに資産を分けることができないため、資産、負債の割り当てにも仮定が使われている。
資産
年金資産の金額に重要性があるため、評価が妥当であると判断するためには、監査に多大な労力が必要となると考えます。
年金資産は金額が大きいだけでなく年金制度が複数あって、それぞれ年金数理計算が必要になる。また資産も別々に運用されている。評価の監査手続に労力が必要になるというのがKAMの説明になっている。
GMP(最低保証年金)の均等化
当期、高等裁判所は最低保証年金(GMP)の男女間で平準化することを法制化した。
GMPの均等化のための引当金は積んでいなかったため、2018年において、均等化の影響額を見積もる必要が生じました。この金額は114百万ポンドと見積もられました。この見積りには高度な判断が必要であることと、グループの積立不足額に重要性があることから、この見積りをKAMと判断した。
最低保証年金が英国で法制化され、女性に対する積み立て不足が生じた影響について、別の見積りが必要となった。金額が大きいことがKAMと判断された理由である。
過年度修正再表示

当期、マネジメントは長寿スワップの担保資産の会計処理に関連して記載誤りを発見し、退職年金制度の年金資産の過年度における評価を修正しました。この修正の影響は108百万ポンドであり、2017年12月31日時点の積立不足額の過少計上にもつながりました。修正金額の重要性を考慮して、2017年の比較財務数値も修正しています。

さらに2017年の年金資産の評価に誤りがあり、当期に修正再表示が生じたことから、この修正金額についてもKAMと判断している。なお、この長寿スワップとは、確定給付債務の退職年金制度の場合、受給者の平均余命が長くなれば、債務が大きくなるため、そのリスクをヘッジするために年金資産の中に組み込んだものと思われる。スワップで損失が生じで担保資産が目減りしていたことにマネジメントも前任の監査人も気付いていなかったことに、当期マネジメントが気付いたということであろう。

退職給付債務については、のれんのKAMと異なり、かなり広い範囲のリスクをKAMとしている。のれんの場合は、財務諸表計上額の2%程度ののれんしかもっていないCGUの将来キャッシュフローの見積りに絞り込んてKAMを識別していた。(詳しくはこちら)一方、退職年金債務のKAMについては、資産の評価、負債の評価、GMP均等化の影響、さらに過年度の修正再表示といったさまざまなリスクにKAMを識別している。またKAMに対応する仮定(インプット)や判断も特定していない。
これは、退職年金債務の評価について監査人が「特別な検討を必要とするリスク」として識別していなかったことによると考えられる。リスクアプローチによる監査では、「特別な検討を必要とするリスク」については、できるだけピンポイントでリスクを識別し、そのリスクに対応する手続が要求されるが、一方で「重要な虚偽表示リスク」への対応の場合は、通常のリスク対応手続で、広範囲のリスクに対応することになるものと思われる。

KAMへの対応手続

負債

退職給付債務に関連して、詳細な理解を得るとともに、経営者のプロセスについてウォークスルーを実施した。ウォークスルーにおいては、特に退職給付引当金の評価に関するコントロールの整備と実装についてフォーカスしました。

デロイトの保険数理士との連携し、IAS19による評価において用いられた仮定について、利用可能な市場データや、インダストリーのベンチマークを参照しながら、評価するとともに合理性についてチャレンジした。

マネジメントに利用した保険数理士の客観性、独立性、能力を評価しました。

内部統制の理解のためのウォークスルーを実施している。ウォークスルーは、リスク評価手続として行われ、リスクに対応するコントロールの整備と実装をテストする。運用については言及されていないので、実証手続の手続は簡略化していないものと考えられる。(リスク対応手続における内部統制手続の説明についてはこちらを参照)
こういった年金債務の見積りは、高度に専門的な能力が必要であるため、保険数理士を専門家として利用することは必須と考えられる。マネジメントが利用した専門家について、企業に対する独立性、客観性を有していること、また適切な能力を有しているかことを、監査人は評価する必要がある。

資産

我々は、退職年金制度で保有している資産に対して、信託銀行またはカストディアンに必要に応じて確認書を送付することにより、を当社は、監査に関する手続を実施しました。さらに、これらの資産を評価するための手続として、マネジメントが使ったインプットを、利用可能な公開情報や、ベンチマーク指標と比較などを行いました。

 年金資産についての監査手続である。確認書による実在性および網羅性テスト、評価については、インプットを市場データと比較して検証している。この実在性、網羅性、評価はアサーションである。監査手続は、アサーションレベルで識別されたリスクに対応して行われる。アサーションについての説明については、こちらを参照してほしい。

GMP(最低保証年金)の均等化

GMPの均等化の影響について、マネジメントの見積り方法や仮定にデロイトの年金数理士と連携してチャレンジしました。

専門家であるアクチュアリーと連携して、マネジメントの見積り方法や仮定を批判的に検討(チャレンジ)した。

過年度修正再表示

経営陣による当行の修正再表示を監査した。前年度の記載誤りに対する2017年度の財務諸表の修正再表示について監査手続を行った。マネジメントの会計処理と開示は、満足できるものであった。

修正再表示について、監査手続を行ったとあるだけである。なぜか、ここにだけ、監査人の所見が書かれている。

開示

2018年に行われたIAS第19号に準拠するための開示についても監査しました。

開示については、リスクをKAMを識別していなかったが、KAMへの対応として開示が含まれている。理由は、よくわからない。退職年金債務の幅広いリスクに対して実施した手続をKAMへの対応として書いているようである。

リスクが「特別な検討を必要とするリスク」ではなく、リスクの識別が広範囲であるため、KAMに対するリスク対応手続も通常の手続になっていることが特徴である。

監査人の所見

 私達は上に示された監査手続にそって監査を完了した。全体として、我々は割引率およびその他、マネジメントが退職給付引当金の評価において使用した主要な仮定は、我々が合理的と考える範囲内に収まっていた。GMPの均等化の影響について、マネジメントの見積りに関するアプローチは合理的であり、マーケットの慣行に沿ったものであった。我々は年金資産のテストを完了し、適切に評価されていると結論付けた。

退職給付引当金の評価において、マネジメントが使用した主要な仮定が、監査人が合理的と考える範囲に入っていることをもって合理的と判断したことがわかる。GMPの均等化については、見積り方法が確立されていないため、アプローチが合理的でマーケットの慣行に沿っていることをもって適切と評価している。
会計上の見積りの実証手続としては、通常マネジメントの見積り方法を合理的と判断するか、監査人による独自見積りとの差が許容範囲内であることをもって適切と判断するが、のれんの評価と同様に、前者のアプローチをとったことがわかる。
(会計上の見積り」に対する監査手続きについてはこちらを参照)


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