なお、監査報告書の原文は、マークス&スペンサー2019アニュアルレポートの81-90頁に含まれている。また、監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。
退職年金債務の評価に関するKAMはBT Groupと、BAE Systemsでも識別されていた。リスクとしては、見積りの要素があり、金額が大きいということであるが、さらに感応度が高いため不確実性への対応が必要で、要求されている開示も多いということもある。英国の場合、それに加えて、最低保証年金の均等化が法制化が、例えば男女間での給付に差があった場合などに、債務を積み増しが必要になるなど、新たな複雑性が加わって、エラーが発生しやすいといった状況も考慮されているように考えられる。
それではKAMの説明から読んでいこう。
上を読むと、退職給付制度は、十分な制度資産があり、純資産となっていることがわかる。KAMとして識別されているリスクは、退職給付債務の評価であり、制度資産の評価に関するリスクはKAMの対象とはなっていない。KAMの説明
財務書類の注記1および注記11の会計方針に記載されているように、当グループは英国従業員向けの確定給付年金制度を有しています。 このスキームは、新規加入者に対してはすでに閉鎖されており、2017年4月1日にすべてのアクティブな加入者は、別の制度を移行しているため、給付が発生する加入者はおりません。
2019年3月30日現在、当グループは、総額923.4百万ポンド(2018年:959.7百万ポンド)の積立済みの正味退職給付資産(英国を含む)を計上しました。これは、10,224.7百万ポンド(2018年:9,989.3百万ポンド)の制度資産と、9,301.3百万ポンド(2018年:9,029.6百万ポンド)の制度負債の純資産です。 この負債のうち9,175.1百万ポンドは、英国の制度に関連しています(2018年:8,907.6百万ポンド)。KAMは、割引率、インフレおよび死亡率の推定などの主要な仮定の変化に対する感応度に基づく英国の制度負債の評価に関連しています。このリスクは、アニュアルレポート50頁に記載されている監査委員会の重要な検討事項に含まれている。
重要性の基準値は20百万ポンドであるため、退職給付の純資産の金額923.4百万ポンドは、その46倍となる。
注記1には、退職給付債務について、IFRS(IAS第19号)による会計方針とともに、重要な会計上の見積りから生じる不確実性の主要な源泉として以下の説明がある。
退職後給付当グループの確定給付年金制度の年金純受取利息および確定給付債務の決定には、割引率、インフレ率、年金対象給与の増加、死亡率および制度資産の期待収益率などの、仮定を設定することが必要である。 数理計算上の差異や、将来に関する仮定の変更から生じる差異は、その後の期間に反映されます。 制度資産に含まれる市場価格のない投資の公正価値は、投資またはファンドのマネージャーが提供する公正価値の見積りを考慮することにより見積もられます。 主要な仮定および見積りの変更の影響に関する詳細については、注記11を参照してください。
制度資産、退職給付債務の両方について、見積りや仮定に関するリスクについて説明されている。さらに、注記1には、退職給付制度で発生している余剰を識別するためには、判断が必要であるとして、以下の説明が含まれている。
英国確定給付年金の余剰
確定給付制度に余剰が生じた場合、将来、当グループによる、余剰の払い戻しを防止する権利を受託者が保有しているかを判断する必要がある。2019年3月30日時点で、英国の確定給付制度について、マネジメントはこれらの要件を満たしていると判断をした金額として931.5百万ポンドの剰余金を認識している。
次に注記11の注記を参照しよう。(クリックして読んでください。)
純資産の金額923.4百万ポンド(前期959.7百万ポンド)と、退職対照表の残高との調整である。
アニュアルレポート50頁に記載されている監査委員会報告書も見てみよう。
監査委員会が識別した重要な検討事項については、外部監査人であるDeloitteから詳細な報告を受けているということが、同じくアニュアルレポート50頁に説明されている。退職給付
委員会は、年金費用および英国の確定給付制度の評価を決定する割引率、インフレ率、制度資産の期待収益率および死亡率などの保険数理上の仮定を検討し、それらが適切であると結論付けました。 仮定は財務諸表に開示されています。
監査委員会は、これらのマネジメントの判断を必要とする領域については、重点領域として識別しており、したがって、デロイトからこれらの問題に関する詳細な報告を受けています。
注記11が参照されているが、退職給付債務に関する仮定として次のように開示されている。
(クリックして読んでください。)
監査人のリスク評価は以下のとおりである。ここの記載は、債務の評価に限ったものになっていない。なぜ、制度資産についてはKAMとしないのかについて説明が欲しいところである。
注記11に含まれている感応度分析である。(クリックして読んでください。)上の仮定の設定は複雑であり、これらの仮定のいずれかを変更すると純剰余金に金額的に重要な変動が生じる可能性があるため、重要な判断が必要な領域である。 主要な仮定のそれぞれの変更に起因するスキームの余剰の増加/(減少)は、財務諸表の注記11に記載されている。
債務の増減は、損益計算書では遅延認識されるので、当期の税引前利益にこの影響があるわけではないが、いずれも重要性の基準値(20百万ポンド)を超える影響である。
それでは、KAMに対応する監査人のリスク対応手続を理解していこう。
KAMに対応する監査の範囲
KAMに対応するため、次の監査手順を実施した。
- 年金債務の見積りとレビューに関連するコントロールのデザインと実装を評価した。
- 制度負債の評価に適用される仮定の妥当性、および監査人の年金専門家チームと連携して、各制度の裏付けとなる保険数理評価レポートに含まれる情報を評価した。
マネジメントによる退職給付債務の見積りとレビューのプロセスと関連する内部統制の理解し、コントロールのデザインと実装のテストを実施していることが説明されている。
また、監査チームが、監査人の年金専門家チームと連携しながら保険数理評価レポートを評価している。退職給付債務の評価に、アクチャリーが専門家として関与することは通常の手続である。
制度資産に含まれる市場価格のない投資の評価については、KAMのリスクに含まれていないので、言及されていない。
次に、実証手続によるリスク対応手続である。
インプットの完全性は、退職給付債務の計算の対象になっている制度加入者に漏れが無いか、その勤続年数などの属性が、外部のデータと合っているかをテストしている。会計上の見積りにおいて、インプットや、モデルのパラメータやロジックをテストすることは必要である。モデルについては、専門家のレビューでカバーされているため、ここでは言及されていない。
- 制度加入者の記録の代表サンプルに合致させることを通じて、主要なインプットの完全性を評価した。
- 外部のベンチマークデータに従って、評価モデル内の主要な変数に対して感応度分析を実施した。
- IFRSに準拠した財務書類開示の網羅性と正確性を評価した。
また、注記されている感応度分析を独立的に検証し、マネジメントが見積りの不確実性を正しく評価してるいることを検討している。
さらにIAS第19号に基づく、開示のテストを実施していることが説明されている。
監査人の所見である。
監査人の主な所見
確定給付制度債務の評価に適用される仮定が適切であると考えている。
全体的な感想としては、監査人がKAMとして、どこに特に注意を払ったかがわかりにくいと感じる。BAE Systemsでは、過年度修正があったところに注意を払ったといった説明があったが、このKAMを読む限り、退職給付債務に関する通常の手続が書かれている。おそらく監査人としては、代替的経営指標(APM)や調整項目については、「特別な検討を必要とするリスク」を識別して特別な監査手続を計画したと思われるが、退職給付債務については、金額が大きく、会計上の見積りに重要な不確実性があるという理由でKAMとしたものの通常の手続を実施したと考えられる。しかしながら、KAMと識別した以上は、通常の手続以上に、監査人が特に注意を払った事項について、説明が欲しいところである。
(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)