KAMの事例でコーポレートガバナンス

2020年から日本でも導入されるKAM(Key Audit Matter)。日本では「監査上の主要な検討事項」と呼ばれ、企業の監査における重点領域に関する情報が、監査報告書で報告されるようになる。この監査における重点領域は、いわゆるリスクアプローチによって決定されることから、KAMを理解するためには、リスクアプローチの理解が重要になる。グローバル企業の監査に長年携わってきた監査のプロフェッショナルが、KAMの事例を紹介しながら、社外取締役や監査役などガバナンス責任者、さらに投資家などの方々に、KAMを理解すれば何がわかるのか、そして何がわからないのかについて、できるだけ簡単な言葉で、わかりやすくアドバイスします。

上場企業のガバナンス責任者は、KAMをテコにして、監査法人の監査手続に対する理解を深め、企業のガバナンスを強化することができます。投資家は、KAMを理解することにより、アニュアルレポートによる企業の開示をさらに深く理解することができます。 監査における情報の非対称性を解消し、資本市場の健全化に貢献したい。そのためのブログです。

税金

KAMの事例分析 - (仏)ルノー(3)

フランス納税グループの繰延税金資産の回収可能性

ルノーの三つ目のKAMは、繰延税金資産の回収可能性である。

原文は、ルノーの2018 Registration Documentsに含まれている。また、EDINETにルノーの有価証券報告書が登録されており、そこに日本語翻訳が含まれている。

それでは、監査人のリスク評価から読んでいこう。リスクの内容は繰延税金資産の評価である。178百万ユーロの繰延税金資産を回収するのに十分な課税所得を将来にわたって生み出せるどうかについての判断が監査上の主要な事項となっている。 
会計上の見積りに関するリスクであり、KAMとしては典型的なものの一つといえるであろう。

識別されたリスク
連結財務諸表に対する注記8-Bで示されるように、フランス連結納税グループに関 して、178百万ユーロの繰延税金資産純額がルノーの連結貸借対照表に計上されて いる。 かかる繰延税金資産の価値は、フランス納税グループの法人が、経営者の予想財務業績を達成する能力に依拠する。

この資産の回収可能性は、とりわけグループを構成する法人の繰越欠損金を使用する能力に関して、経営者に要求される判断の水準を考慮して、監査上の主要な事項である。



注記8-Bの内容であるが、注記の内容も、178百万ユーロの繰延税金資産が、収益項目からマイナス98百万ユーロ、その他の包括利益項目から276百万ユーロから構成されているという説明と、実効税率が2017年から上昇したのは、アルゼンチンやインドで発生した損失について繰延税金資産を認識しなかったことが理由であることが説明されている。特にリスクを示すような記述はない。

監査人が繰延税金資産の回収可能性について評価するにあたって、将来課税所得の十分性以外に、どういう点に注意をはらったかはわからない。

DTA(3)

次に、監査人のリスク対応を読んでいこう。

私どもの監査対応

識別されたリスクに対する私どもの監査対応は主に以下を含む。

・ フランス納税グループの予想財務成績と、取締役会で承認されたルノー・グループの中期計画の基礎となる主な仮定の整合性の評価。

・ 予算プロセスの信頼性を評価するための前期の予算と実際の実績の比較。

リスク対応手続には、内部統制の評価や、経営者が会計上の見積りの不確実性にどのように対応したかについての言及も含まれていない。税務専門家を利用したかどうかもわからない。

グループレベルの将来利益予測と、中期経営計画の整合性を評価したこと、前期の予算と実績を比較して、予算の信頼性を評価したことはわかるものの、手続の結果についての言及もなく、これまで読んできた、英国やオランダのKAMのような踏み込んだ記載はない。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
KAM(3-1)
KAM(3-2)


KAM(3_E)
 

KAMの事例分析 - (日)三菱ケミカル(5)

前回は、三菱ケミカルのKAMを欧州の先行事例とベンチマークしたが、KAMの導入が監査に与える影響を考えてみたい。

これまで、監査人とガバナンス責任者との間では、監査の重点領域について一定のコミュニケーションが行われていたものの、社外に対しては短文式の監査報告書が提供されるだけで、その中身について知ることはできなかった。

KAMが開示されれば、ISAという監査のグローバルスタンダードにもとづいた、監査人のリスク評価から、リスクへの対応手続を海外企業と比較することも可能となる。

KAMの導入により、グローバルな資本市場に投資している投資家にとって有用な情報が開示されるので、資本市場の活性化に寄与することが期待できる。それだけに、ボイラープレートにならずに、監査人が当期の監査で特に注意を払った企業特有の状況への対応をKAMとして報告してもらいたい。そして、監査報酬を最終的に負担している投資家にとって有用な監査報告書を発行する監査法人が選別されるようになるのではないかと思う。

それでは、三菱ケミカルの最後のKAMを読んでいこう。繰延税金資産の評価である。将来の課税所得の見積りと繰延税金資産の回収可能性がリスクであり、KAMとしてはよくある内容である。それだけにボイラープレートにならずに、監査人が当期の監査で特に注意を払った企業特有の状況がリスクとして識別され、リスク対応手続がテイラーされているかに留意しながら読んでいきたい。

KAMの原文は三菱ケミカルのホームページの、IRトピックスのお知らせの中に含まれている。監査報告書は、三菱ケミカルホールディングスの2019有価証券報告書の177頁に含まれているが、短文式のものであり、KAMは含まれていない。

まずは、リスクの内容と、KAMと決定した理由についての説明である。
繰延税金資産の評価

監査上の主要な検討事項に相当する事項の内容及び決定理由  
会社は、2019 年3月 31 日現在、連結財政状態計算書上、繰延税金資産を 84,509 百万円計 上しており、連結財務諸表注記 11.に関連する開示を行っている。 会社は、将来減算一時差異及び税務上の繰越欠損金に対して、予定される繰延税金負債の取崩、予測される将来課税所得及びタック ス・プランニングを考慮し、繰延税金資産を認識している。特に、会社は、過年度に生じた税務上の繰越欠損金を有しており、予測される将来の課税所得の見積りに基づき、税務上の繰越欠損金に対する繰延税金資産を 64,069 百万円計上している。
注記11が参照されているのが、繰延税金資産の金額84,509百万円の数字は注記11ではなく、財政状態計算書を参照する必要がある。
(クリックして読んでください。)
三菱ケミカル_KAM(4-4)三菱ケミカル_KAM(4-5)

繰延税金資産 84,509百万円と繰延税金負債 177,410百万円の純額 △92,901百万円( = 84,509百万円 - 177,410百万円)が、注記11につながっている。また、繰越欠損金に対して認識された繰延税金資産64,069百万円も、注記11で確認できる。

三菱ケミカル_KAM(4-2)

注記11には、繰延税金資産が認識された将来減算一時差異および繰越欠損金とともに、回収可能性が見込めないとして、繰延税金資産が認識されていない将来減算一時差異および繰越欠損金が、以下のように開示されている。
三菱ケミカル_KAM(4-3)

繰越欠損金 374,604百万円に対する繰延税金資産58,308百万円が、回収される可能性が低いとして未認識となっており、その失効期限別の内訳が開示されている。また、繰越欠損金に加えて、将来減算一時差異 106,112百万円に対する繰延税金資産 30,172百万円も未認識であることがわかる。
この回収可能性の評価のための将来課税所得の見積りや経営者の判断に関する不確実性が主なリスクである。

監査人のリスク評価において、このリスクをKAMと判断した理由は以下のとおりである。
将来の課税所得の見積りは、将来の事業計画を基礎としており、そこでの重要な仮定は、主に売上の成長の見込み及び原料価格の市況推移の見込みである。 繰延税金資産の評価は、主に経営者による将来の課税所得の見積りに基づいており、その基礎となる将来の事業計画は、経営者の判断を伴う重要な仮定により影響を受けるものであるため、当監査法人は当該事項を監査上の主要な検討事項に相当する事項に該当するものと判断した。 
事業計画に基づいた課税所得の見積りの不確実性が、売上の成長や原料価格の市況推移の見込みに関する仮定に依存していることの説明である。他のKAMと同様に、KAMと判断した理由が、当期の監査に関連する企業の特定の状況への関連付けが弱いと感じる。
注記の中ではタックスプランニングを考慮して繰延税金資産を評価していると説明されており、特に三菱ケミカルは多額の繰延税金負債を計上していることから、これが将来の課税所得を増加させる効果とタイミングをマネジメントがどのように考慮しているかに着目してリスクを評価することはできなかったかと思う。

それでは、監査人のリスク対応を読んでいこう。
監査上の対応
当監査法人は、繰延税金資産の評価を検討するにあたり、主として以下の監査手続を実施した。
  • 一時差異及び税務上の繰越欠損金の残高について、税務の専門家を関与させ検討するとともに、その解消スケジュールを検討した。
  • 経営者による将来の課税所得の見積りを評価するため、その基礎となる将来の事業計画について検討した。将来の事業計画の検討にあたっては、経営者によって承認された直近の予算との整合性を検証するとともに、過年度の事業計画の達成度合いに基づく見積りの精度を評価した。
マネジメントによる見積り方法とその妥当性を評価している。一時差異と繰越欠損金の残高の検討には税務専門家を利用しているが、将来の解消スケジュールの検討は、監査チームで行っていると思われる。
将来課税所得の評価については、事業計画を直近の承認済みの予算と合わせるともに、過年度の事業計画と実績を比較することにより、事業計画の精度を評価している。繰延税金資産が重要な会計上の見積りとして識別された場合に、通常実施される手続である。

予算や事業計画の精度などについて検討しているものの、それらのレビューや承認プロセスといった内部統制については、言及されていない。監査人としてはリスクとの関連性が少ないと判断したものと思われる。

実証的な手続として、事業計画のベースとなっている仮定や将来の売上の成長率や原料価格の市況推移の見込を検証している。
  • 将来の事業計画に含まれる重要な仮定である売上の成長見込み及び原料価格の市況推移の見込みについては、経営者と議論するとともに、過去実績からの趨勢分析及び利用可能な外部データとの比較を実施した。
  • 将来の事業計画に一定のリスクを反映させた経営者による不確実性への評価について検討した。 
手続としては、経営者とのディスカッション、過去の実績からの推移分析、外部データとの比較を実施したという説明である。インダストリーの専門家の利用はしていないが、監査チームで十分な専門性があったという判断があったと思われる。
ISA540で求められている手続であるが、経営者による不確実性の評価について検討したとあるが、具体的にどのような検討を行ったのかはわからない。

全体的な感想としては、努力は感じられるものの、他のKAMと同じく、識別されたリスクと企業の特定の状況との関連付けが弱いと感じる。手続の結果や監査人の所見がKAMに含まれていないことに加えて、例えば、同じ繰延税金資産の評価をKAMとしているドイツ銀行の場合は、内部統制の評価についても言及しているなど、欧州の先行事例と比較すると、手続の内容の具体性や詳細さのレベルに差があると感じる。

また、欧州企業の監査報告書は、KAMを記載するだけでなく、監査アプローチや、重要性の概念の適用、さらにグループ監査のカバレッジについて、詳細な情報が提供されており、それらがKAMを理解する上で役に立っている。日本の上場企業では、翌期からKAMが導入されるが、これに相当する情報が提供されるのかどうかが気になる点である。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 

三菱ケミカル_KAM(4)

KAMの事例分析 - (独)ドイツ銀行 2018 (5)

ドイツ銀行の2018アニュアルレポートの383頁から390頁にある4つのKAMの、2つを読んできたので、今回は3つ目のKAM「繰延税金資産の認識及び測定」である。

監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

最初の2つのKAMでは、金融商品の評価と貸倒引当金という金融機関特有の、複雑で重いトピックだったので、それに比べると繰延税金資産の認識と測定というのは、見積りの要素はあるものの、金融機関に限らず良くあるリスクで、本当にKAMとするほどの監査上のリスクがあるのかどうか気になるところではあるが、監査人が特に注意を払ったということなので、まずは読み進めてみることにする。

KAMの冒頭に注記への参照が記載されているのは、これまでのKAMと同じである。

繰延税金資産の認識及び測定のための重要な会計方針及び重要な会計上の見積り、さらにそのベースとなる仮定の説明については、連結財務諸表の注記1「重要な会計方針及び極めて重要な会計上の見積り」のセクション「法人税」を参照。 繰延税金資産については、連結財務諸表の注記36を参照。

注記1では、IFRSに基づく会計方針の説明と、このKAMにも記載されているような、見積りの不確実性について説明がなされている。
注記36「法人税」には、繰延税金資産(負債)の帳簿計上額が開示されている。(クリックして読んで下さい。)

DB_DTA(1)

財務諸表上のリスク

連結財務諸表には、67億ユーロの繰延税金資産が計上されている。

ドイツの監査報告書は、英国と異なり重要性の基準値を明らかにしていない。この67億ユーロの繰延税金資産を税引前利益(2018年:13億ユーロ、2017年:12億ユーロ)と比較した場合、67億ユーロの繰延税金資産の重要性は5年分以上に相当し、その重要性は高いと考えられる。

さらに注記31に記載されている項目として、繰延税金資産が認識されていない一時差異がある。将来減算一時差異、繰越欠損金、外国税額控除などは、将来の課税所得から差し引かれることにより、企業の税負担を減額させる効果が見込めるとして、本来であれば、繰延税金資産が認識できるものであるが、将来の課税所得が見込めないとして、認識していない金額が示されている。

DB_DTA(1)

繰越欠損金のうち60億ユーロについては、これを利用するための課税所得が稼得できる見込みが低いとして、繰延税金資産を計上していない。
とは言うものの、利用できる繰越欠損金、税額控除、将来減算一時差異のうち、半分以上については総延税金資産が計上されており、その判断の妥当性は監査上重要である。

監査人のリスク評価として、まず、繰延税金資産の認識および測定には判断や見積りが以要であり、会計上の見積りとして重要と判断している。

繰延税金資産の認識および測定には判断が含まれ、客観的要因に加えて、将来の課税所得の見積りや、繰越欠損金および税額控除の回収可能性に関する多数の見積りも含まれる。

財務諸表上のリスクは、特に、繰延税金資産の回収可能性が不適切に見積もられることから生じる。 回収可能性の見積りは、事業計画に基づく将来の課税所得の可能性に依存し、それは不確実性を伴い、金額に決定的に影響する主要な仮定や、それに含まれるパラメータの将来的な予想を考慮に入れることが必要である。 これらには、特に将来の税引前利益の予想とともに、潜在的な特別な項目や、永久的な項目の影響に関する仮定による、将来利用可能な課税所得を見積ることが含まれる。 このような見積りはまた、(例えば、欧州連合(EU)からのイギリスの離脱に関する国民投票の実施など)、現在の政治・経済の見通しや特定の税務管轄における考慮事項を検討する必要があります。

繰延税金資産課税所得の見積りのベースとなる
  1. 事業計画が多くの仮定やパラメーターを含んでいること、
  2. 課税所得の見積りにあたって税務当局と協議している事項の潜在的な影響や、
  3. 例えば海外子会社の留保金が将来にわたって配当されず、源泉税が課せられないといった前提、さらに
  4. ブレグジットなど政治、経済の見通しの影響
などのもたらす不確実性をリスクと考えていることが説明されている。

それでは、監査人がこれらの不確実性から生じるリスクにどのように対応したかを理解しよう。

我々の監査アプローチ

我々は、グループに関連して適用される、さまざまな租税法や規則について理解するためにリスク評価を行いました。 また、リスク評価の結果に基づき、KPMGの内部税務専門家の支援を得て、関連する主要な内部統制のテストと実証テストの両方を監査手続として実施しました。 当監査法人は、監査の一環として、とりわけ、グループ内の繰延税金資産の認識に関して、デザインのテスト、内部統制の実装および運用の有効性を検証した。

リスクへの対応として、実証手続だけでなく、内部統制のテストについて記載していることは評価できる。ただし、内部統制の実装と運用の有効性をテストしたとあるものの、どういう内部統制をテストして、その結果として不備が発見されたかについて言及がないのは残念である。

実証手続としては、税務専内家を利用し、各国の祖税法や、税務上の規則について検討していることがわかる。

次に、事業計画の評価と課税所得の計算プロセスのレビュ一を行っている。

さらに、我々の監査手続には、様々な国における繰延税金資産のリスクベースのサンプルについての、実証手続が含まれている。 実施した手続には以下が含まれる。

  • IAS12号に従って、繰延税金資産の認識及び測定に使用される当グループのメソドロジーの評価。
  • ビジネスプランの評価にあたっては、必要に応じて関連する各国のサブ事業計画も含め、適用されているパラメータの適切性を評価した。その評価にあたっては、繰延税金資産の回収可能性を示す潜在的なポジティブ及びネガティブな兆候や、パラメータ及び仮定の実現可能性を考慮することにより、グループの重要な下位事業部門に関連して適用された計画パラメータの適切性を精査した。
  • 特定の国について、税前利益から課税所得への調整のレビュー。

事業計画の評価が最も重要な手続きであるが、監査人は事業計画のべースとなっている重要な下位事業部門の計画について次の手続を実施したと説明されている。

  • 繰延税金資産の回収可能性を示す潜在的なポジティブ及びネガティブな兆候の評価
  • パラメータや仮定の評価
繰延税金資産が回収できると考えられるかどうかを評価するにあたっては、ポジティブ要因とネガティブな要因を識別し、それらを天秤にかけることにより回収できる可能性ができない可能性を上回っていることを評価している。これは繰延税金資産の回収可能性を評価するにあたって通常実施する手続である。

また、パラメータや仮定については、事業の成長率や預り資産の増加率、人員数の推移、マクロ経済指標などをパラメータとして、一定の仮定を置いていると考えられるが、その実現可能性の評価にあたって、精査したとあるだけで、どのように評価したのかは記載されていない。特に、会計上の見積りが特別な検討を必要とするリスクに該当するような場合は、過去のマネジメントの予測の精度を実績と比較することにより評価したり、不確実性について感応度分析などにより評価していると思われるが、言及されていない。

注記36には、下の記述があり、当期末の67億ユーロの繰延税金資産のうち、65億ユーロが当期もしくは前期において損失を計上したグループ会社について計上されていることがわかる。このマネジメントのアグレッシブとも思える判断について、監査人がどういった批判的検討を行ったのかが理解できるような説明があれば良かったと思われる。
2018年12月31日および2017年12月31日時点で当グループは、当期または前期において損失を計上したグループ会社について、65億ユーロおよび59億ユーロの繰近税金資産を認識している。これは、これらのグループ会社が、未利用の繰越欠損金、税額控除、将来減算一時差異を利用できるだけの課税所得を将来稼得できるであろうというマネジメントの評価に基づいています。
一般的に、マネジメントは繰延税金資産として認識すべき金額を決定するにあたって、承認された事業計画と共に、税法上認められた欠損金の繰越期間、タックスプランニングの機会およびその他の関連する考慮事項を、過去の収益実積や将来収益予測を使って評価します。
最後に手続の結果としての監査人の所見である。
計上されている繰延税金資産の回収可能性は事業計画に基づく将来の課税所得に基づいていて、適切であるという評価である。

手続の結果

繰延税金資産の回収可能性は、事業計画に基づく将来の課税所得に基づいて適切であると評価した。評価にあたっては、事業計画に重要な影響を与える仮定や、パラメータの実現可能性を検討した。

リスクへの対応としては、事業計画に基づく将来の課税所得の見積りが適切かどうかがポイントであるが、それについては言及を避けた書き方になっている。


DB_KAM3-1
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KAMの事例分析 - (スイス)ロシュ 2018 (4)

スイスの製薬会社であるロシュのKAM分析の4回目である。

ロシュのアニュアルレポートは、Annual ReportとFinance Reportに分かれている。

Roche - Finance Report 2018
Roche - Annual Report 2018
監査報告書はFinance Reportの142頁から149頁に、8ページにわたって掲載されている。

ISA701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項のコミュニケーション」は、監査人が監査報告書に記載すべき内容については、監査人の職業的専門家としての判断に委ねているため、KAMへの監査上の対応として、監査報告書に記載されている内容は未だ定まっていない面が見られる。監査報告書の利用者が、リスクアプローチに基づくあるべき監査手続を理解した上で、理解できない部分について、監査人に質問し、株主などステークホルダーにも説明できるようになることが、監査の透明性を実現するために重要だと感じている。


今回は、5つのKAMのうち、4つ目、不確実な税務上のポジションに関するKAMについて解説したい。
(監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。)

グループは世界中の様々な税務管轄区域にわたって事業を展開しているため、製品、商品およびサービスのクロスボーダー移転価格に関する取り決めや、投資、投資の売却、およびライセンス契約の統合に関係する資金調達や取引関連の税務上の問題が、現地の税務当局によってしばしば調査の対象になることがあります。特にフォーカスされている領域には、移転価格の取り決めが含まれるグループの製造およびサプライチェーンに関連するものなどが含まれる。

課税上の問題は複雑、税金に関するテクニカルな知識、当局の考え方も理解しないといけない。特に移転価格については、各国の税務当局の利害も関係するため、その見積りは非常に複雑で判断を要する場合が多い。見積もっている人の能力が十分かどうかも重要である。

税金負債の金額が不確実である場合、グループはその管轄区域での既知の事実に基づいて、マネジメントの最善の見積りを反映した未払額を認識する。当グループは、潜在的影響の範囲が広範に及ぶような様々な未解決の税務上および移転価格について、税務当局との間で協議を行っている。 20181231日現在、グループが認識している、未払税金負債3,808百万スイスフランに、不確実な税務上のポジションに対する税金負債が含まれている。

注記5「法人所得税」の開示の抜粋である。脚注として、未払税金負債3,808百万スイスフランに、不確実な税務上のポジション(Uncertain tax position)が含まれていると書かれている。

ロシュtax

不確実な税務上のポジションの詳細については、以下を参照してください。

127頁(注記33、重要な会計方針)、46頁(注記1一般的な会計方針 - 主要な会計上の判断、見積りおよび仮定)および5557頁(注記5、法人所得税)

注記33、重要な会計方針のセクションの138頁に下の説明があるが、不確実性が税金負債の金額にどのように反映されているかは判断できない。

未払税金負債は、子会社の留保利益の将来の配当に対する源泉税に関するものであるが、予見できる将来に配当が見込まれる場合のみ認識されている。税金負債の金額が不確実である場合は、最終的な要支払額を、想定される特定状況とグループの過去の経験をベースとした、マネジメントの最善の見積り金額を未払法人税に含めて計上している。


ここから、KAMに対する監査人の対応であるが、不確実性について開示されている情報が限定的なことが、監査人の対応手続の記載にどのように影響しているかが気になるところである。

我々の監査手続には、税務部門の従業員への質問および関連会社のマネジメントを通じて、不確実な税務上のポジションの理解を得ることが含まれていた。我々は、税務当局とのやりとりに関連する文書をレビューし、税務上のエクスポージャーが検討され必要に応じて引当てがなされているかどうかを検証した。

まずリスク評価手続である。税務上の不確実性に関する問題は、通常非常に複雑である。税金に関するテクニカルな知識が要求されるとともに、複雑な状況が絡んでいることが多い。また各国の課税当局の考え方も理解する必要がある。

監査人は、企業の税務部門の担当者への質問や、海外グループ会社のマネジメントを通じて、税務上のポジションを理解したと説明している。また、個別の問題に関しては、サポート文書として、税務当局とのやり取りに関連する文書を入手し、レビューしたことがわかる。

一方で、企業の税務部門の担当者の能力は十分なのか、税務専門家を活用して、必要に応じて正式な見解を入手しているかなど、十分な検討を行う体制ができているのかについても言及がない。

税金負債の見積りにおいては、控除項目であるタックスベネフィットが識別され、それが税務当局に認められる可能性を判断が必要になる。タックスベネフィットをグループがもれなく識別し、その見積りにおいてどのように不確実性を考慮したのか、さらにその見積り結果がレビューされているのかなど、グループの内部統制について、監査人がどのように検討したのかが明確に記載されていない。

重要な事項については、現地の税務専門家のサポートを得て、税務当局との二重課税紛争や、未確定の税務調査の決着への見通しや、税務上のエクスポージャーの見積もりについて、マネジメントの判断を批判的に検討した。最も重要な不確実な税務ポジションについては、第三者による移転価格に関する研究調査や、可能な場合は、各管轄区域の税務当局との過去の経験を利用することも検討しました。さらに、我々は、我々の税務専門家の専門知識を利用して、マネジメントが行った主要な仮定の妥当性を評価し、その結果について最良の見積もりについて結論を下しました。

次に、KAMへ対応するリスク対応手続である。重要な不確実性のある税務ポジションについて、コンポーネント監査チームが税務専門家のサポートを受けながら、マネジメントの判断を批判的に検討したことがわかる。これは、実証手続によるリスク対応と思われが、内部統制テストとして、どのような内部統制を識別し、その有効性をテストしたかどうかについては明確に示されていない。

マネジメントが行った主要な仮定の妥当性を評価し、マネジメントの見積りについて結論を下したとあるが、重要な虚偽表示がないという判断を下すにあたっての十分かつ適切な証拠として何か得られたのかがわからない。

第三者による研究調査を利用することを検討したとあるが、実際に入手しているのかどうか、その検討結果がどうだったのかについては言及されていない。

我々の監査アプローチには、製品、商品及びサービスに適用される移転価格並びに知的財産権に関する、より重要な不確実な税務ポジションを検討するためにグループレベルで実施した追加の監査手続を含んでいる。

より重要な不確実な税務ポジションについては、コンポーネント監査チームによる批判的検討に加えて、グループ監査チームによるグループレベルの検討を行ったことがわかる。
なお、グループ監査についてはこちらを参照して欲しい。


最後に、統治責任者の立場で、監査人に対して追加的に質問したい内容についてまとめてみる。

<リスク評価>

  • 「特別な検討を必要とするリスク」を識別したのかどうか。
  • 不正リスクは識別したのか、識別した場合は、どういう不正シナリオを想定したのか。
  • 企業の税務部門の担当者の能力は十分なのか、税務専門家を活用して、必要に応じて正式な見解を入手しているかなど、十分な検討を行う体制ができているのか。
  • 税務専門家の能力はどのように評価したのか。
  • 税金負債の見積りにおいて、グループは、控除項目であるタックスベネフィットをもれなく識別し、その見積りにおいてどのように不確実性を考慮したのか。
  • 見積り結果のグループ内のレビュー体制や内部統制について監査人はどのように理解したのか。
<リスク対応>
内部統制
  • 重要なリスクに関連するとして識別された内部統制
  • 識別された内部統制の検証結果
実証手続
  • 重要な控除項目の内容、税務当局に容認される可能性の評価
  • 第三者による研究調査を利用することを検討したとあるが、実際に入手しているのかどうか、その検討結果がどうだったのかい。
  • 重要な虚偽表示がないという判断を下すにあたって入手された十分かつ適切な証拠は何か。
(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)

    ロシュ_KAM4



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