KAMの事例でコーポレートガバナンス

2020年から日本でも導入されるKAM(Key Audit Matter)。日本では「監査上の主要な検討事項」と呼ばれ、企業の監査における重点領域に関する情報が、監査報告書で報告されるようになる。この監査における重点領域は、いわゆるリスクアプローチによって決定されることから、KAMを理解するためには、リスクアプローチの理解が重要になる。グローバル企業の監査に長年携わってきた監査のプロフェッショナルが、KAMの事例を紹介しながら、社外取締役や監査役などガバナンス責任者、さらに投資家などの方々に、KAMを理解すれば何がわかるのか、そして何がわからないのかについて、できるだけ簡単な言葉で、わかりやすくアドバイスします。

上場企業のガバナンス責任者は、KAMをテコにして、監査法人の監査手続に対する理解を深め、企業のガバナンスを強化することができます。投資家は、KAMを理解することにより、アニュアルレポートによる企業の開示をさらに深く理解することができます。 監査における情報の非対称性を解消し、資本市場の健全化に貢献したい。そのためのブログです。

引当金

KAMの事例分析 - (仏)エアバス SE(4)

エアバスSEの2018アニュアルレポートの3つ目のKAMは、不利な契約に対する引当金の見積りである。

2018年アニュアルレポートはこちらからダウンロードできる。120-125頁の6ページにわたって監査報告書が含まれている。

期間にわたって収益認識される長期契約の場合、トータルで損失が発生する可能性が高いことがわかった時点でその損失を引き当てる必要がある。その見積りのリスクがKAMとなっている。

それでは早速、監査人のリスク評価を読んでいこう。

不利な契約の会計処理と契約マージンに関する見積りと、一定の期間にわたる重要な契約の契約マージンの見積り


リスクの説明


一定期間にわたる契約の進捗度(PoC)を含む、主要プログラムの見積収益と費用に基づいて、契約マージンを評価するために重要な見積りが行われます。 


A400MやA380のような不利な契約に対する引当金は、契約に基づく義務を履行するための避けられない費用の現在価値が、契約のもとで受け取ることが期待される経済的便益の現在価値を超える可能性が高くなったときに認識されます。これらの契約マージンと不利な契約の引当金の決定は、利用可能な最良の見積りに基づいており、技術開発の達成と型式証明のスケジュール、生産計画(立ち上げに関する仮定を含む)、パフォーマンス保証、および顧客との継続的な交渉の期待される結果に関する、マネジメントによる重要な判断と仮定が必要です。


財務諸表の注記2「重要な会計方針」、注記3「主要な見積りおよび判断」、注記10「売上および売上マージン」および注記22「引当金、偶発資産および偶発負債」の開示を参照。

不利な契約に対する引当金の見積り方法が具体的に説明されている。契約に基づく義務を履行するための費用と便益のそれぞれのキャッシュフローの割引現在価値から引当金の金額を算定していることが説明されている。そのキャッシュフローの見積りのためには、型式証明と、そのための技術開発がいつ達成されるかどうかについて、マネジメントによる様々な仮定や判断が必要であるという説明である。A380のような航空機になると一機500億円といった価格となるので、仮定や判断が財務諸表に与えるインパクトも大きいと考えられる。

参照されている注記のいくつかを読んでいこう。
注記10「売上および売上マージン」に不利な契約に関する以下の説明が含まれている。
2018年、同社にとって最大のA380オペレーターは、航空機フリート戦略を見直し、A380の注文を39機削減する必要があると結論付けました。 当社は、2018年後半にこの顧客との協議を開始し、最終的に2019年2月11日に契約書への署名に至りました。 これまで販売、マーケティング活動を続けてきましたが、この顧客の注文が無くなった結果、バックログはほとんどなくなり、このプログラムを継続する意味が失われました。 この決定の結果、A380の納入は2021年で終了します。

当社は2018年末時点において、A380プログラムに割り当てられている特定の資産に関して期待されていた市場の仮定および回収可能性と減価償却方法を再評価しました。 その結果、当社はA380の特定の資産について167百万ユーロの減損を行うとともに、1,257百万ユーロの不利な契約引当金を認識し、合計1,426百万ユーロの前受金と経過利息の測定を更新しました。 その結果、不利な契約に対する引当金ならびにその他の特定の引当金の認識および負債の再測定は、税引前連結損益計算書に純額で463百万ユーロのEBITのマイナスの影響を及ぼし、その他の財務結果に177百万ユーロのプラスの影響を与えました。 
また、注記22に不利な契約に対する引当金が開示されている。期首の1,828百万ユーロから、期末残高5,489百万ユーロに大幅に増加している。脚注を読むと、「不利な契約に対する引当金の2018年残高には、主に、A380とA400Mプログラムに関連する引当金が含まれている。注記10「売上およびマージン」および注記21「棚卸資産」参照)、組替/連結グループの変更は、CSALPの買収に関連する負債によるものである。(注記6「買収および合併」参照)」と書かれている。


KAM(4-1)

注記6「買収および合併」には、CSALP買収で引き受けた負債について以下の説明が含まれている。
2018年7月1日、エアバスはCSALPで50.01%のクラスA所有権ユニットを取得し、Cシリーズプログラムのコントロールを取得しました。 ボンバルディアとIQはそれぞれ33.55%と16.44%を所有しています。 エアバスは、2018年7月1日時点より、CSALPを完全連結しました。クロージングにおいて、エアバスは1株当たり1米ドルを支払って純負債を引き受けました。 取得される主な資産は技術と棚卸資産です。 エアバスはCSALPの顧客関連負債を引き受けました。これは主に、未処理の顧客契約、買掛金、前受金、返金可能な前払負債に関連しています。 CSALPの機能通貨は米国ドルです
CSALPの取得価額の配分結果が注記6に含まれている。
(クリックして読んでください。)

KAM(4-2)
(3)引当金/取得した顧客契約に関する脚注は以下のとおりである。
取得した顧客契約:これは、取得したすべてのバックログに含まれる顧客契約に関連して、その見積り履行費用が契約上の販売価格を超える金額の現在価値を表します。 見積り履行費用には、売上マージンで認識される直接費用と、予測キャッシュフローの生成に貢献する他の資産に必要なリターンを反映するキャピタルチャージの両方が含まれます。 この負債は、負債の測定において考慮された航空機の納入に基づいて売上原価の減少としてリリースされます。
CSALPが顧客と締結した契約上のバックログの履行のための費用が販売価格を上回る金額の現在価値が負債として識別されており、これが不利な契約の引当金を構成していると考えられる。

それでは、この重要な会計上の見積りに対する監査人のリスク対応を読んでいこう。

監査上の対応


我々は、不利な契約の会計処理と契約マージンの評価のための内部統制のデザインと実装を評価しました。また、プログラム責任者を含むプログラムチームとの話し合いを含め、個々に重要なプログラムについて実証手続を実行しました。

監査人は、マネジメントの見積りプロセスを理解するための手続として、不利な契約の会計処理や、将来の損失を計算するためのマージンの見積りに関連する内部統制のデザインと実装の評価している。
専門家の利用はされていない。航空機業界は、特殊なインダストリーであるが、監査チームとして十分な専門的知識があるという判断があったと考えられる。

また、企業の開発プログラムチームとのディスカッションを通じて、実証手続を実施したと説明している。見積りのベースとなっているさまざまな数値を、プログラムチームから入手した資料で裏付けるといった手続を実施したと考えられる。


次に、見積りに使われたマネジメントの仮定や判断の評価である。この手続は監査人にとって非常に難しいものである。

我々はとりわけ、プロジェクトの完了ステージの決定、不利な契約が完了するまでの収益と費用、その他の経費などの見積りについてのマネジメントの仮定を評価しました。重要な契約リスクと機会に関するマネジメントの評価に焦点を当て、完成までのコスト予測にこれらが適切に反映されているかどうかを判断し、輸出機会、デリバリー計画、認証スケジュールなどを含む技術および市場の発展に特に注意を払いました。

まずは、どういった状況やリスクが存在し、それらをマネジメントがどのように見積りに反映しているかを理解するプロセスである。完成までのコスト予測に不確実性を与える要素として、どれくらい輸出できるのか、納入計画や型式証明の認証スケジュールなどが重要な仮定であると評価している。

次に、監査人は、それらの不確実性に対するマネジメントの仮定を批判的に検討している。

マネジメントとのディスカッションや、顧客とのやり取りをレビューすることにより、マネジメントの仮定を批判的に検討し、過去数年間に行われた同様の見積りの正確さと一貫性を考慮し、仮定を最新の契約情報で裏付けました。

重要な会計上の見積りのテストにおいては、監査人はマネジメントが過去におこなった判断や仮定と、過去の実績を比較することにより、マネジメントの見積り能力や精度を評価することが求められている。上の説明はその手続を示している。

マネジメントの不確実性への対応についての監査人の評価や、感応度分析の結果として、重要な虚偽表示リスクがないという定量的分析まで含まれていれば、さらに具体的な説明になったと思う。

最後にコストに対する詳細テストと開示についての実証手続である。

一定期間のわたる契約および履行義務については、発生したコストの詳細テストを実施し、完了時にマージンが適切に適用されているかについて監査しました。


最後に、財務諸表で適切な開示が行われたと判断しました。

開示については適切だという判断は示されているものの、KAMに対する監査人の手続についての所見は述べられていない。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
KAM(3)

KAMの事例分析 - (仏)エアバス SE(2)

エアバスのKAMの1つ目が、訴訟とクレーム、および法規制違反リスクである。

2018年アニュアルレポートはこちらからダウンロードできる。120-125頁の6ページにわたって監査報告書が含まれている。

リスクの内容が説明されているが、不正競争防止法とか、海外不正行為防止法、FCPA (Foreign Corrupt Practice Act)と呼ばれる法律に違反するリスクのことだとわかる。航空機の売り込みで、政府関係者への贈賄を行ったとして、法執行機関によって調査をうけているグループ会社があって、リスクが顕在化しているものもある。将来のペナルティにそなえるための引当金の見積りのリスクである。

訴訟とクレーム、および法規制違反リスク

リスクの説明


我々の事業の一部は、政府と直接または間接的に関連していることが多い顧客との個々の重要な契約をめぐっての競争を特徴としています。これらの活動に関連するプロセスは、法律や規制に違反するリスクがあります。さらに、我々は、商業的仲介業者の使用が通常の慣行である多くの地域で事業を展開しています。グループの特定の事業体は、とりわけ、サードパーティのコンサルタントに関する不正行為の疑いで、さまざまな法執行機関による調査中です。これらの分野における法規制違反は、罰金、罰則、刑事訴追、商事訴訟、および将来のビジネスの制限につながる可能性があります。


訴訟およびクレームには、潜在的に重要な金額が含まれ、引当金として負債計上すべき金額の見積りは、もしあれば、本質的に主観的なものです。これらの問題の結果は、我々の業績および財政状態に重大な影響を及ぼす可能性があります。


財務諸表の注記3「主要な見積りおよび判断」、注記22「引当金、偶発資産および偶発債務」および注記36「訴訟および請求」の開示を参照。

監査手続の中で、業界にもよるがFCPAのリスクも留意するのが普通である。上にも書かれているが、自社が贈賄に手を染めなくても、コンサルタントやベンダー、エージェントを使った場合、彼らがその行為を行う場合がある。会社は内部統制として、特に共産圏や開発途上国で、政府関係者への営業を行う場合には、そういった事態を防止するための方策を備える必要があり、監査人もそのリスクを評価することが求められるのである。

注記22の開示は以下のとおりである。当期で引当金の金額が倍以上に増えている。この辺りも監査人がリスクを感じた理由であろう。重要性の金額が292百万ユーロであるため、そのおよそ2倍弱の重要性である。
KAM(1-1)
注記36には、具体的に訴訟案件の説明がある。
その中に、注記22の脚注で書かれている台湾での贈賄事件に関する以下の開示が含まれている。
別の商業紛争の過程で、当社は子会社であるマトラ社(Matra Défense S.A.S.)が
中華民国(台湾)に対するミサイル売却の大規模な契約に関して、支払う義務のなかったと主張する購入価格の一部を払い戻し請求を受け取っています。 
2018年1月12日に仲裁裁定が行われ、マトラ社(MatraDéfenseS.A.S.)に対して、元本に利息と費用を加えた金額として、104百万ユーロの支払い命令がありました。裁定後の手続きは現在進行中です。

監査上の対応を読んでいこう。

我々は、仲介業者の選択、契約の取り決め、継続的な管理、支払い、およびポリシー違反の疑いへの対応に関する会社のポリシー、手続、およびコントロールを評価およびテストしました。


マネジメントおよび取締役会によって設定されたトーンと、このリスクを管理するためのアプローチを評価しました。


まず、会社のポリシー、手続やコントールの評価、テストを行っている。特に仲介業者を使う場合、エージェントへの報酬や交際費の支出などに、疑いがあるものをチェックするための社内の仕組みを評価している。

それに合わせて、マネジメントや取締役会が、適切な情報発信や、研修などをおこなってているかどうかのチェックをおこなっている。

次に、具体的な案件についての理解を深めるための手続である。
我々は、取締役会、監査委員会、倫理およびコンプライアンス委員会、ならびに社内および社外の法律顧問と、進行中の調査を含む、潜在的または疑われる法律違反の分野について話し合いました。第三者とのこれらの問い合わせの結果を裏付けるために、関連する非特権文書を評価しました。我々は、会社が贈収賄および汚職に関連する法令を遵守しているかどうかについて、マネジメント、監査委員会、倫理およびコンプライアンス委員会、および取締役会に質問しました。

我々は、他の監査手続きを実施する一方で、贈収賄および汚職に関連する法律および規制の重大な違反の可能性のある兆候に対して高いレベルの警戒を維持しました。

ガバナンス責任者やマネジメントとのディスカッション、さらに社外の顧問と既存の訴訟リスクについて問い合わせを行っている。ディスカッションや問い合わせで聞いた内容を文書で裏付けながら、さらに確証的質問によって裏付けている。

こういった手続にあたって監査人は職業的専門家としての懐疑心を発揮し、さらなる心証を得るために、外部の意見を聴取している。

我々は、特にハイレベルな判断が必要な案件について、マネジメントの主張を、外部の弁護士などの外部関係者からの評価と比較することにより、さらなる心証を得ました。

監査においては、外部のアナリストや専門家など、公開情報も含め、利用できる情報を利用することも重要である。特にリスクが高い、判断を伴う領域では、こういった手続は必要といっても良い。

最後に、開示に関する手続である。

法律または規制の潜在的または疑わしい違反の財務的影響に対する我々のエクスポージャーの財務諸表に対する注記36の開示が会計基準に準拠しているかどうかを評価しました。財務諸表の開示は、英国のSFO、フランスのPNF、および米国のDOJによる調査の現在の状況、および会計基準に従ったビジネスパートナー関係のレビューを反映していると判断しました。

エクスポージャーが十分に開示されているかどうか、投資家に理解可能な有用な情報が開示されてるいことを評価している。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
KAM(1)

KAMの事例分析 - (英)マークス&スペンサー(5)

今回も引き続き、マークス&スペンサー(M&S)のKAMを読み進めたい。4つ目のKAMは、英国の衣料品およびホーム用品在庫評価引当金である。

なお、監査報告書の原文は、マークス&スペンサー2019アニュアルレポートの81-90頁に含まれている。また、監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

これまで読んできた3つのKAMはすべて、M&Sの戦略プログラムに関連するコストであり、GAAPベースの利益から、代替的経営指標(APM)への調整項目に関係するものばかりであった。また、前回のKAMの対象であった英国店舗資産の減損リスクでは、英国の衣料、ホーム用品および食品事業での戦略変更が、減損評価の割引キャッシュフローモデルにおいて考慮されていた。

今回KAMでは、英国の衣料品およびホーム用品に関する在庫評価引当金のリスクが識別されているが、下のKAMの説明の中では、注記1「重要な会計方針および特に重要な会計上の見積り」は参照されているものの、注記5「調整項目」は参照されていない。なぜ調整項目に含める必要が無いのかも気になるところである。

KAMの説明

2019330日時点で、グループは496.1百万ポンド(2018年:591.5百万ポンド)の英国の衣料品およびホーム用品在庫を保有していた。 財務諸表注記1の会計方針に記載されているように、棚卸資産は原価と正味売却価額のうちどちらか低い方で計上されている。 そのため、陳腐化した在庫や、原価を下回って販売されると予想される在庫に対して適切な引当金を決定するにあたっては、季節外れ在庫の詳細な分析とともに、予定されているセール販売からの正味売却価額の予測に判断が適用される。

英国の衣料品およびホーム用品の在庫引当金は、最近の取引実績と総在庫の量によりリスクが増大しているため、その評価には、最も判断を要すると考えている。

KAMの説明は、IFRSでの棚卸資産評価方法の説明と、最近は在庫が増えていてリスクが高くなっており、評価に重要な判断を要するという監査人のリスク評価である。
注記1の参照箇所を読んでみよう。

 棚卸資産

棚卸資産は加重平均原価ベースで評価され、原価と正味実現可能価額のうち低い方で計上されます。 コストには、すべての直接的な支出と、棚卸資産を現在の場所と状態に持っていくために発生したその他の付随コストが含まれる。 すべての棚卸資産は完成品である。 棚卸資産によっては、仕入時に為替リスクのキャッシュフローヘッジが適用される場合がある。 当グループは、仕入日における直物レートではなく、ヘッジされた為替レートを適用してコストが当初の取得原価が算定されるように、これらの仕入に対してベーシス調整を適用する。

IFRSによる棚卸資産の評価(IAS第2号)と、金融商品会計(IFRS第9号)のヘッジ会計に関するに一般的な説明である。そうすると、重要な判断というのは、正味実現可能価額を適切に見積り、必要に応じて評価減を行うことと考えるしかない。

調整項目に含めていない理由については説明されていないが、戦略プログラムの実施によって、多額の在庫が売れ残ったというわけではなく、通常の営業活動の結果、在庫が増加したという判断であったと思われる。
金額としては、当期の評価減が214.3百万ポンド(前期220.5百万ポンド)であり、重要性の基準値である20百万ポンドの10倍を超える金額が、前期に引き続き発生していることがわかる。さらに見積りの要素もあるので、監査人はKAMと判断したと思われる。
なお、このリスクは、アニュアルレポート50頁に示されている監査委員会が検討した重要な事項にも含まれていない。
M&S_Inventory

それでは、このKAMに対する監査人のリスク対応手続を見ていこう。

KAMに対応するため、次の監査手続を実施した。

  • 英国の在庫管理に関連する主要なコントロールのデザインと実装を評価するとともに、在庫評価引当金のレビューと承認を評価した。
  • 引当金の計算においてマネジメントが使用する情報の妥当性、正確性、完全性を評価した。
  • それぞれの引当金を算出するモデルの精度とロジックを評価した。
  • 引当て方法の変更を理解し、その妥当性を批判的に検討した。
リスクへの対応として、内部統制のデザインと実装を評価している。ISA540「会計上の見積り」で要求される手続として、マネジメントが、引当金をどのようにレビューし、承認しているのかを理解し、そのコントロールをテストするとともに、マネジメントの仮定や、モデルやデータの評価を行っている。
引当て方法の変更の有無を理解し、その妥当性を評価することもISA540で要求されている手続である。
しかしながら、過年度のマネジメントの見積りの評価や、マネジメントが不確実性に対してどのように対応しているかの評価、さらに内部統制のテストの結果として不備が発見されたのかどうかは言及されていない。また、専門家の利用についても言及されていない。
過去の見積りと実績との定量的評価や、感応度分析に対する評価は実施していないので、監査人は、おそらくこのリスクについて、不正リスクを識別しておらず、「特別な検討を必要とするリスク」とは考えていないものと思われる。

次に、実証手続によるリスク対応である。

  • バイヤーや販売担当者への質問を行い、現在の購入戦略と品揃え計画を評価するとともに、監査アナリティクスを使用することにより、マネジメントが引当金を見積もる際に適用する主要な仮定に批判的検討を行い、検証しました。 
  • 個々の製品ラインの代表サンプルに適用される在庫フラグとシーズンコードの妥当性と網羅性をテストしました。
一つ目の手続は、現在の購入戦略をベースに、実際の品揃えを評価することにより、在庫が過剰になっている商品が無いかをデータ分析により評価し、必要な評価減がされているかどうかをテストしていると考えられる。また、バイヤーや販売担当者に対する質問に対する回答と、実際の在庫の状況が矛盾していないかといった点を評価している。監査人にとって、マネジメントの主張に対して、矛盾する証拠を探すことによって、監査人は職業的専門家としての懐疑心を発揮したことを示すことができる。

二つ目の手続は、詳細テストによる実証手続であり、製品ラインごとにサンプリングの母集団を識別し、代表サンプルを行い、データの妥当性と網羅性をテストしている。おそらく、在庫フラグとかシーズンコードにしたがって、必要な評価減の金額が算定されていると考えられる。

また、仮に、内部統制のテストで不備があれば、サンプル数を拡大するなどの対応をしているはずであるが、そこまでは判断できない記述になっている。

最後に監査人の所見である。

監査人の主要な所見

英国の衣料品およびホーム用品の評価に関して、マネジメントの判断が適切であり、その結果、計上された在庫評価引当金の水準は許容できると考える。

結論としては、在庫評価減に対するマネジメントの判断が適切であり、引当金の水準も妥当な範囲内ということである。


全体的な感想としては、おそらく監査人が「特別な検討を必要とするリスク」と考えていないので、リスク対応も、通常の「重要な虚偽表示リスク」レベルになっているように感じられる。また、BT GroupのKAMのように、マネジメントの過去の見積りの評価や、内部統制テストの結果についての情報が含まれていれば良かったと思う。

(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
M&S_KAM(4)

KAMの事例分析 - (英)マークス&スペンサー(3)

前回の代替的経営指標(APM)のKAMに引き続き、2つ目のKAM、英国店舗の合理化プログラムを読んでみよう。原文は、マークス&スペンサー2019アニュアルレポート81-90頁の監査報告書に含まれている。

また、監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

KAMの書き出しは、KAMついての説明から始まっている。リスクの説明というよりは、KAMのバックグラウンドの説明である。

KAMの説明

20182月において、取締役会は、英国店舗の合理化プログラムの一環として、閉鎖予定の店舗リストとともに、前期に計上された総額321.1百万ポンドの減損費用および加速減価償却費を承認した。 当期においては、さらに以下の検討結果を踏まえて、222.1百万ポンドの追加費用が認識された。

  • 閉店が承認された店舗について、マネジメントが直近の取引実績、地主との交渉、不動産市場の変化などの出口戦略の進捗状況に照らして、当初の見積りの妥当性を再検討。
  • 前期に閉店が決定された店舗の閉店予定日近くの加速減価償却の検討。
  • プログラムに追加された店舗に関して、建物、構造物および備品の加速減価償却および減損の検討。
マークス&スペンサー(M&S)は、英国の小売事業者であるが、57ヶ国に1,487の店舗を保有しており、そのうち1,043が英国店舗である。しかしながら、インターネット通販が伸びる一方で、店舗収益率が落ちているという課題を抱えている。そこで、2016年より英国店舗の合理化に取り組み、店舗の閉鎖とともに、組織やオペレーションの見直し、ITシステムの再構築などの構造改革に取り組んでいる。これらの構造改革のための費用はワンタイムの費用であるため、APM(代替的経営指標)では、これらの費用をGAAPベースの利益に足し戻しているのである。このAPM算定のための利益調整項目の中でもっとも金額の大きい項目がこの英国店舗不動産の合理化プログラムである。

前回の記事で取り上げた1つ目のKAMでは、これら利益調整項目が一貫性をもって適切に識別されているかどうか、投資家にとってミスリーディングにならないように適切な開示がされているどうかについてリスクを識別していた。今回の2つめのKAMでは、この英国店舗不動産の合理化プログラムに関連する費用や、引当金の認識に関してリスクを識別している。

なお、この合理化プログラムの費用として、当期に認識された金額は222.1百万ポンドであるが、前々回の記事で触れた、財務諸表に開示されている重要性の基準値は20百万ポンドの11倍の金額であることから、金額的重要性は非常に高いことがわかる。

KAMの記載の中に、リスクの内容をより詳細に理解するための、参照箇所が記載されている。
詳細については、財務諸表の注記1および5に記載されています。

これは、アニュアルレポートの50頁に記載されている監査委員会が検討した重要な事項に含まれている。

注記1と注記5が参照されているが、まず注記1「重要な会計方針および特に重要な会計上の見積り」を読んでいこう。英国店舗不動産の合理化プログラムに関する会計上の見積りについて、以下の記載がある。

推定の不確実性の主な原因

英国の店舗不動産

当グループは、英国の店舗不動産を再検討するための重要な戦略プログラムを実施しており、その結果、当期222.1百万ポンド(前期は321.1百万ポンド)の純費用が発生した。 各会計年度において認識すべき費用を決定するには、相当程度にハイレベルな見積りが必要とされました。 費用に影響を与える最も重要な判断は、プログラムで特定されている店舗が閉店される可能性が50%を超えているかどうかです。 閉店に関するさらなる判断と、改装プログラムの成果の達成状況に応じて、さらに大きな閉鎖費用および減損費用が将来計上される可能性があります。

閉店がアナウンスされた場合、プログラムのアクションはより短期的で早急な時間枠で行われるため、見積りの不確実性のレベルが低下します。 一方で、資産の回収可能額および費用の決定に関して、重要な見積りの不確実性が増加します。 以下を含む重要な仮定が行われました。

  • 店舗固定資産の耐用年数と閉店日に関する再評価。
  • 将来の売上高、売上総利益率および営業費用の変化のみならず、取引が行われる期間についての仮定などを含む、より短期的な使用価値に関する見積り。
  • 保有店舗の売却代金の推定は、場所固有の要因、撤退のタイミング、および英国のリテール不動産市場評価の将来の変化に依存します。
  • リース店舗物件からの退出に必要な原状回復費用の見積もり。これは、店舗の変更の程度、リース契約の条件、および不動産の状態といった多くの要因に依存します。
  • リース契約に関する将来発生費用の見積り。特に、契約解除費用、潜在的なサブリース費用の見積り。特に、潜在的な空リース期間、立地に固有のリテール不動産市場要因に対する評価といった見積り に関する不確実性など。
これを読むと、店舗の合理化プログラムは、数年かけて取り組むプログラムであり、どの店舗が対象になるのかは、リストアップはされているものの、具体的にどの店舗をどのタイミングで閉店するのかについては不確実性があり、場合によっては閉店しない可能性もあることが理解できる。
また、プログラムの費用の見積りにあたっては、閉店までの売上、利益予想の仮定に基づく店舗キャッシュフローの見積りや、固定資産の償却年数のみならず、リース契約の解除にともなう費用や、固定資産の売却やサブリースからの回収可能額の見積りといったさまざまな要素の見積りが含まれていることがわかる。

次に、注記5に、このプログラムに関する当期の調整利益222.1百万ポンドについて、さらに詳細な説明がなされているので、これも読んでいこう。

減損-英国の店舗不動産プログラム

当期中、当グループは、進行中の英国の店舗不動産プログラムに関連して16.9百万ポンドの減損費用を認識しました(前期:196.2百万ポンド)。 減損費用は、店舗閉鎖プログラムの早期化および拡大に関連しており、調整項目内で認識されています(注5を参照)。 店舗の閉鎖予定日が3年間の事業計画期間外である場合、成長率は適用されません。 英国店舗の予測キャッシュフローに適用された割引率は9.1%です。 会計方針(注1)で開示されているように、英国の店舗不動産プログラムの減損モデルで使用されるキャッシュフローは、見積りの不確実性の原因である仮定に基づいており、これらの仮定のわずかな変動がさらなる減損につながる可能性があります。 マネジメントは、英国の店舗不動産プログラムの減損モデルで想定されている主要な仮定の合理的で可能性のある変化を使用して感度分析を行いました。

各店舗の閉店予定日が12か月遅れると、減損費用が31.4百万ポンド減少します。 1年目の売上の伸びが2%減少すると、4.9百万ポンドの減損費用が増加します。 割引率の25ベーシスポイントの増加、取引期間での管理会計ベース粗利益の20ベーシスポイントの減少、または出店に関連するコストの2%の増加のいずれも、個別に、または他の合理的に可能なシナリオと組み合わせても、減損費用の大幅な増加にはなりません。
ここには、見積りの不確実性についての説明が詳細に書かれている。このように不確実性のある会計上の見積りなので、主要な仮定のわずかな変動が、減損費用に大きな影響を当たて、また、会計期間で認識すべき費用の算定には、さまざま仮定や判断が必要になることが理解できる。

監査委員会報告が参照されているので、監査委員会が、この合理化プログラムのリスクにどのように対応しているのかも理解してみよう。

資産リスク(資産の償却、その他のリース料、および経済的な生活を含む)

監査委員会は、英国店舗不動産戦略に関連する会計に関してグループが実施した評価を検討しました。 監査委員会は、減損、加速減価償却、老朽化、重複、および残存有償リース費用(無効期間を含む)を含む関連費用の会計処理の概要を記した詳細な報告書をマネジメントから受け取りました。 監査委員会は、費用の見積りに使用される主要な仮定の根拠をレビューしました。(特に注意を払った仮定は、不動産の処分/サブリースの費用に関連する費用、関連する場合、処分で回収されると予想される売却代金、および各現金生成単位が閉鎖までの期間に生成されるキャッシュフローです)。監査委員会はマネジメントの仮定を批判的に検討した結果、それらが適切であると考えています。 また、監査委員会は、当会計年度の費用および関連する引当金は適切に認識されていると考えています。

監査委員会は、マネジメントから、詳細な報告を受けながら、マネジメントの採用した主要な仮定に対して批判的な検討を加えていることがわかる。ここには書かれていないが、監査委員会は、外部監査人とのコミュニケーションにより、外部監査人がこれらのリスクに対してどのように対応したかについても評価しているはずである。

それでは、外部監査人は、どのようにこの会計上の見積りの不確実性に対応したのであろうか。
まず、監査人のリスク評価である。

KAMに対する我々の監査手続は、次のリスク領域に焦点を当てている。

  • 不利な条件を含む契約、店舗の撤去費用、リストラ、老朽化などに対する引当金が網羅的でない、または不正確であるリスク。
  • 割引率、サブリース収入、サブリース・インセンティブ、空リース期間、フリーホールド賃借権販売代金、店舗閉鎖費用など、マネジメントによる割引キャッシュフロー分析に適用される仮定が不適切であるリスク。
  • 固定資産の処分やリース契約の解約などの重要な固定資産取引が、誤って会計処理されるリスク。

我々は、これらのリスクは、マネジメントによるハイレベルな判断が反映されるため、KAMであると考えている。 我々の監査手続は、当グループの英国店舗の出口モデルを評価し、引当金が必要な範囲を決定する際の主要な仮定が引き続き妥当であることを評価することにフォーカスした。

リスク評価については、財務諸表注記に記載されているマネジメントのリスク評価、さらに監査委員会のリスク評価とほぼ同じであり、リスク評価の目線に違いはない。また、不正リスクは識別していないようである。
それでは、監査人は、リスク対応としてどのような手続を実施したのであろうか。

KAMに対応する監査の範囲

識別されたKAMに対応するために、次の監査手続を完了しました。

  • グループの英国の店舗撤退モデルのレビューと承認に関連する主要なコントロールのデザインと実装を評価しました。
  • マネジメントへの質問を実施し、最新の戦略計画、取締役会および関連するコミッティーの議事録を閲覧。
  • 過去に閉店が決定された店舗にも関わらず、閉店することを取りやめた場合における、グループによる決定の根拠を理解し、批判的検討を実施した。
リスク対応として、まず内部統制を理解すること、すなわち、M&Sの店舗撤退モデルのレビューと承認に関するコントロールのデザインと実装の評価を行っている。モデルの具体的な内容はわからないが、店舗の撤退にともない発生する費用の金額やタイミングをさまざまな仮定をベースに見積るためのモデルが利用されていると思われる。監査人は、このモデルを理解するために、そのモデルのインプットやロジックを理解するとともに、グループ内での承認プロセスを内部統制として識別し、そのデザインと実装を評価することにより検証している。

また、監査人はマネジメントに対する質問や、取締役会やコミッティーの議事録を閲覧しているが、監査人が認識していない不確実性や、潜在的なリスクなどが無いかをチェックしているものと思われる。

さらに、過去に閉店が決定されたにもかかわらず、閉店を取りやめた場合は、その根拠に対する批判的検討を行っていることが説明されている。この手続は重要である。見積りが根拠に基づいて、十分な精度で行われていないと、期間損益のズレを生じさせるため、監査人としては当期の利益に対して確信を持てないからである。そのため、マネジメントの見積りや判断の修正は、新しい情報が得られた場合に限定されなければならないのである。監査人は、変更の根拠を確認し、もし十分な根拠がなければ、過年度損益の修正を検討する必要がある。

さらに、より実証的な手続が記載されている。

  • 不動産の代表サンプルについて、監査人の不動産専門家と相談しながら、外部のベンチマークデータを参照し、グループの判断の適切性を評価しました。
  • 割引キャッシュフローモデルおよびその他の主要な引当金の計算プロセスの正確性を評価しました。
  • リースデータ、エージェントによる評価、測量設計計画、契約に基づく支払賃料などの主要なインプットをサポート資料にトレースすることにより評価しました。
プログラム対象となっている店舗不動産から代表サンプルを抽出し、監査人の専門家を利用して、不動産のマーケットデータと思われるが、外部のベンチマークデータを参照しながら、マネジメントの判断が適切か、マネジメントの判断と矛盾する情報が無いかをチェックしていると思われる。

さらに、減損モデルの割引キャッシュフローの計算プロセスをチェックし、計算の正確性をテストするとともに、インプットデータをサポート資料にトレースし、根拠のないデータなどが使われていないかをチェックしている。


最後に、財務諸表への計上額や開示のチェックである。

  • 店舗の代表サンプルの閉店引当金を再計算し、損益計算書への計上額と整合していることを検証した。
  • グループの英国店舗合理化プログラムの状況に照らして計上された引当金の計算の正確性と網羅性を評価した。 そして
  • IFRSに基づく財務諸表開示の網羅性と正確性を評価した。
引当金の再計算をサンプルベースで実施し、引当金の増減が損益計算書に計上されている費用と整合していることをテストするとともに、合理化プログラム全体の状況と引当金を比較し、計算の正確性と網羅性をチェックしている。

さらに、それらを財務諸表開示と照らして、開示の網羅性と正確性もテストしていることがわかる。

最後に監査人の所見である。

監査人の主な所見

グループによる減損損失と店舗閉店費用の見積りは適切であると考える。 さらに、財務諸表計上額の開示が適切である。

監査人としては、このように複雑で不確実性の高い見積りに対して、対応手続を実施した結果、減損損失と閉店に伴う費用の見積りと、その開示は適切と考えている。

 

このKAMを読んだ感想としては、監査人の手続は詳細であり、監査固有の情報も含まれている。一方で、グループの内部統制をレビューした結果についての言及がないため、グループの内部統制の有効性に対する監査人の評価に関する情報が不足していると思われる。
また、このKAMを「特別な検討を必要とするリスク」としたかどうかは書かれていないものの、手続の内容からは、「特別な検討を必要とするリスク」としての手続が実施されているものと考えられる。その場合、会計上の見積りの不確実性に対するマネジメントの対応もレビューする必要があるが、その手続が明確に記載されていない。少なくとも、マネジメントは、注記15に感応度分析を開示しており、監査人は、開示の適切性をレビューしている中で、この感応度分析もテストしていると理解したい。


M&S_KAM(2)

KAMの事例分析 - (英)BT Group 2019 (7)

今回は、BT Group plcの Annual Report 2019監査報告事に記載されている6つのKAMのうち最後、「親会社の子会社への投資およびグループ企業からの借入金の回収可能性」を読んでいこう。これも、前回のKAMと同様に「特別な検討を必要とするリスク」ではない。しかも、親会社から子会社への投資や貸付金なので、連結財務諸表上は消去されるため、連結財務諸表監査上のリスクではないものである。
監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

まず、KAMのタイトルと関連する財務諸表項目と注記への参照である。

親会社の子会社への投資およびグループ企業への貸付金の回収可能性


子会社への投資10,952百万ポンド

 投資に関する会計方針(175ページ)および財務諸表注記2「投資」(175ページ)を参照


グループ企業への貸付金5,657百万ポンド

会計方針「金融資産の減損」(116ページ)を参照。

参照先は、親会社単体財務諸表とその注記である。

親会社貸借対照表
BS

親会社財務諸表注記2「投資」抜粋
BT_Investment

グループレベルの連結財務諸表に対するKAMではなく、親会社単体財務諸表に対するKAMであることがわかった。
会計方針「金融資産の減損」も参照されているが、IAS39からIFRS9への会計基準の変更についての説明があるだけで、親会社の投資、貸出金に関する情報は含まれていない。

それでは、監査人はこのKAMのリスクに対してどのようなリスク評価を行ったのであろうか。

リスク

低リスク、金額的重要性大:

2019331日現在、親会社の子会社への投資の帳簿価額とグループ企業への貸付金の金額は、総資産の66%と34%に相当します。

 

それらの回復可能性は、「特別な検討を必要とするリスク」とは識別されておらず、または監査人による重要な職業的専門家としての判断の対象ではない。ただし、親会社の財務諸表に関する重要性の金額という観点から、親会社の監査に最も大きな影響を与えると考えられる領域である。

親会社の資産は、投資と貸付金しかない。それらについて回収可能性に「特別な検討を必要とするリスク」を識別しているわけではない。親会社単体財務諸表の重要性という観点からKAMとしたと考えられる。これは、アニュアルレポートに含まれている監査報告書が、連結財務諸表と親会社単体財務諸表の両方についてカバーしていることが関係しているからだと思われる。


KAMの識別は、その監査において監査人が特に注意を払ったリスクであり、リスクの絶対的な大きさでなく、相対的に決まるものである。それでもKAMが無い場合は、その旨を監査報告書に記載しなければならない。前回取り上げた(スイス)ロシュでは、親会社単体財務諸表の監査報告書が、別の監査報告書としてアニュアルレポートに含められていた。(スイス)ロシュの監査人は、親会社単体財務諸表の監査においてKAMを識別していなかったため、その旨を以下のように監査報告書に記載していた。

連邦監査監督局の通達1/2015に基づく監査上の主要な検討事項(KAM)に関する報告


監査上の主要な検討事項(KAM)とは、我々の職業上の専門的判断において、我々の当期の財務諸表監査監査において、もっとも重要な事項であると判断する事項である。我々は、この監査報告書で報告すべきKAMは無いと判断した。

監査報告書(冒頭部分)の原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。

なお、前々回の(英)BAE Systemsの場合は、(英)BT Groupと同様に監査報告書は連結と単体が一体となっているが、単体財務諸表固有のKAMを識別しているわけではない。単体財務諸表固有のKAMを識別していない旨の記載もないことから、単体財務諸表固有のKAMを識別することは要求されていないもの考えられる。BT Groupの監査人は、あえて単体財務諸表監査において重要性の高い事項をKAMに含めるくめることを選択したものと思われる。

次にKAMに対応する監査手続を見ていこう。

対応する監査手続

我々の主要な監査手続は次のとおり。

  •  詳細テスト:親会社の投資およびグループ会社に対する貸出金の帳簿価額を、関連する子会社の回収可能額の最低額の近似額である貸借対照表の純資産額が上回っているかどうかを特定する。さらに、それらの子会社が過去の実績として、利益を上げてきたかどうかを評価する。
KAMに対応する監査手続として、内部統制のデザインと運用の有効性についてのテストには言及していない。実証テストとして詳細テストの内容を説明しているだけである。
また、手続の内容も子会社の純資産額と比較していること、それらの子会社の過去の実績を評価しているだけで、通常の手続であると考えられる。


最後に監査手続の結果である。

監査手続の結果

子会社への投資の回収可能性およびグループ事業体からの貸出金の回収可能性に関するグループの評価は、許容できると考える。
上の監査手続の結果として、監査人は子会社への投資および貸出金の回収可能性についてのグループの評価は許容できると判断している。


(参考) BT Groupの監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)

BT_KAM6-1
BT_KAM6-2



(参考) BT Group監査報告書(監査意見部分)の原文 (クリックして読んでください。)
BT_Opinion

(参考) (スイス)ロシュの監査報告書(冒頭部分)の原文 (クリックして読んでください。)
ロシュ単体AR

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