今回のKAMは、リース会計基準(IFRS第16号)である。といっても、適用は翌期からで、今期はその適用の影響を開示するだけである。それでもリース資産の重要性が高い場合は、監査において特に注意を払う必要があることからKAMと識別されている。英国のマークス&スペンサーでも同じリスクをKAMとしていたので、監査上の対応に違いがあるのか考えなら読んでいきたい。
KAMの記述はこれまでと同様にリスクの説明からである。監査人のリスク評価を理解しよう。
リスクの説明IFRS第16号の導入にあたって、どういった複雑な論点が生じると監査人が考えているかがわかりやすい。シェルのリース契約の取引件数が莫大であり、金額的に重要性が高いことに加えて、ビジネスの複雑性、さらにストラクチャリングされたリース契約など会計処理に判断が要することが理解できる。リースの認識、測定、表示および開示(IFRS 16)
IFRS 16は、2005年にIFRSが採用されて以来、シェルなどの企業が新規適用することが必要となった基準としては、間違いなく最も複雑な基準である。シェルには、IFRS 16の適用範囲に相当する多数のリースがあります。特に以下のような点で、主に複雑性があると考えます。
- 共同支配の取決め(Joint Arrangement)にIFRS 16をどのように適用するか。特に、共同事業のオペレーターが共同事業のためにリース契約を締結する場合。
- シェルのオペレーティングリースの資産計上するにあたって適用すべき適切な割引率の決定。
- 複雑なストラクチャーのリース契約に対する適切な会計処理の評価。
- シェルのような企業には特に問題となるが、莫大な取引数と複雑さに対応できる適切なシステムプラットフォームの構築。
- この基準は2019年に導入される予定であるが、その導入の影響は、この財務諸表の開示に含まれている。
KAMの脚注に相互参照箇所が示されているので、これらを読んでいこう。
まず、監査委員会報告書である。相互参照:
監査委員会がIFRS第16号の適用をどのように検討したかの詳細については、116ページの監査委員会報告書を参照。また、「連結財務諸表の注記3」も参照されたい。
なお、読者の便宜のため、KAMから参照されているアニュアルレポートに含まれる財務諸表や注記、ISA等の基準などからの引用は、斜字体(イタリック)で示すようにしているので、必要なければ読み飛ばしてほしい。
IFRS 16の導入
181ページの「連結財務諸表」の注記3を参照してください。
2019年1月1日から、IFRS 16リースに代わりIAS 17リースが適用されます。新基準では、限定的な例外を除き、すべてのリース契約が使用権資産および対応するリース負債として財務諸表に認識されます。シェルは比較情報を修正しない修正遡及的アプローチを適用します。
適用日に貸借対照表に認識されるオペレーティングリース契約の金額は、未払リース契約、残存リース期間、移行時に適用される割引率など、多くの要因に依存します。
監査委員会は、IFRS 16の導入に起因する会計方針の変更を評価および承認しました。監査委員会は、主要な判断を含め、シェルの採用への影響に関するマネジメントの分析をレビューし、その提案に同意しました
まずIFRS第16号への移行が修正遡及アプローチによって行われるため、過去の比較情報の修正再表示はせずに、適用年度の期首からIFRS16の影響を反映することにしている。ここは、完全遡及アプローチを採用しているマークス&スペンサーと異なっていることがわかる。また、IFRS第16号の適用によってオペレーティングリース契約が貸借対照表に認識され、その認識額に影響する要因として、残存リース期間や割引率などがあることが説明されている。
移行のアプローチに違いはあるものの、当期の財務諸表への影響はマークス&スペンサーと大差はなさそうである。従来のオペレーティングリースの会計処理が使用権資産と、それに対応するリース債務の認識という会計処理に変わることで、総資産の金額が160億ドル、負債が156億ドル増加する。重要性の基準値が10億ドルであるから、その約16倍の影響である。ただし、差額の4億ドルが、不利なリースの引当金と、前払リース料の認識が使用権資産に含まれるため、純資産に対する影響は無視できる程度の影響という説明である。3. 未適用であるIFRSの変更
2016年にIFRS 16リースが発行され、2019年までにIAS 17リースに代わって採用される必要があります。使用権資産と対応するリース負債が計上されるため、すべてのリース契約が限定的な例外を除き、財務諸表に認識されることになります。シェルは、修正遡及的アプローチを適用します。つまり、基準を最初に適用した時点での累積的な影響は、適用日の期首残高として認識され、比較情報の修正再表示はされません。オペレーティングリースの既存の会計処理と比較して、この基準の適用は、リース費用の分類が変わり、その結果として営業活動からのキャッシュフロー、投資活動からのキャッシュフロー、および財務活動からのキャッシュフローの分類に大きな影響を与えます。また、損益計算書で認識される費用のタイミングにも影響します。それまでファイナンスリースとして分類されていたリース契約に関しては、影響はないと予想されます。 2019年1月1日の新基準の採用は、約160億ドルのリース負債と約156億ドルの使用権資産の追加的認識があるものの、前払リースと以前に認識された不利なリースに対する引当金の再分類が反映されると、資本への影響は無視できると予想されます。
マークス&スペンサーのKAMでは、損益計算書に対する影響についても数量的に説明されていたが、シェルの場合は変更内容についての定性的な説明しかない。重要性の基準値と比較して重要性が乏しいという判断だと思われる。
それでは、監査人のリスク評価が理解できたところで、どのようにこのリスクに対応したのか読んでいこう。
リスクへの対応リスクへの対応として、監査人はIFRS第16号の適用による影響を、リスク評価で特にリスクを識別した論点を評価している。シェルに対するリース基準の新規適用の影響を監査しました。 当社の監査手順は、主に次のことに焦点を当てています。
- シェルのオペレーティングリースの母集団の網羅性、およびすべてのリースがシェルのリース会計ITアプリケーションに適切にアップロードされたことの評価。
- シェルの複雑な採掘リグのリースストラクチャーに対する会計処理の分析。
- シェルのリースの資産計上に使用される適切な追加借入利子率の評価。
- シェルが採用したIFRS 16 ITアプリケーションに関するコントロールフレームワークのテスト。
まずは、莫大なリース契約件数と複雑さに対応できる適切なシステムプラットフォームの構築に関するリスクに対応するために、また、すべてのオペレーティングリースがリース会計のITアプリケーションに登録されているかどうか、母集団の網羅性をテストすることで評価している。マークス&スペンサーで識別したリスクは、ロジスティクス契約で使用される車両などをIFRS第16号でリース資産として契約しなくてはいけないケースを、もれなく識別することをリスクとして認識していた。どちらもリース資産を網羅的に認識し、会計処理の対象にすることについてリスクを識別している。
さらに、ITアプリケーションのテストとして、コントロールフレームワークのテストをしている。アプリケーションコントロールと、IT全般統制の両方をフレームワークとして評価していると考えられる。
さらに、会計処理上の論点として、採掘リグのリースストラクチャーの会計処理の評価をおこなっている。共同支配事業で保有するリースの会計処理についてもリスクが識別されていたが、採掘リグのリースがそれに該当するかどうかは明確になっていない。
マークス&スペンサーでは、計算プロセスの精度と、データの網羅性や完全性についてリスクを識別しており、ほぼ同様のリスクと考えられる。
さらに、リースの資産計上に使用される割引率として追加借入利子率が適切に算定されているかを評価している。なお、下の監査人の所見の中で、監査人は監査委員会に対して割引率の評価において専門家のサポートを受けていることが説明されている。マークス&スペンサーでも、割引率の評価にバリュエーション専門家を関与させていたが、シェルでも同様のアプローチをとっている。
会計処理に続いて、開示について評価している。開示はIFRS第16号の新規適用の影響を開示するものであり、当期の財務諸表に関係する。
IFRS 第16号適用の影響に関する財務諸表開示の監査。このリスクに対処するための監査手順は、主にグループ監査チームによって実施されました。
マークス&スペンサーでは、現行の会計基準(IAS第17号)にもとづくオペレーティングリースのコミットメントの開示との比較を行ったという説明があったが、上記の説明では、おもにグループ監査チームによって手続が行われたことだけが記載されているものの、どのような手続を実施したかは明確でない。
最後に、監査人の所見である。
シェル監査委員会に伝達した主要な所見
我々は、監査委員会に、IFRS 16号の適用を取り巻く重要な複雑性は、シェルのリース負債の計算に使われる妥当な割引率の決定と、多数のリース契約の会計処理をサポートするITシステムの導入であると報告した。 また、我々は、シェルによって採用された割引率を監査において、我々の石油・ガス評価専門家を従事させることにより、支援を受けたことを報告した。 我々はさらに、我々の監査手続では2019年1月1日時点において追加計上されるリース債務及び使用権資産は、全体として許容範囲の下限であったものの、許容範囲内であったため手続の結果は満足できるものであったと報告した。
以上の結果、我々は連結財務諸表の注記3に開示されているIFRS第16号の適用による影響の開示はIFRSに従っている適切であると同意する。また、我々は、個々のリース契約を集計し報告するためのITシステムに関連するコントロールが、そのインプットとアウトプットも含めて有効であると報告した。
監査委員会への報告内容とともに、監査人の所見を述べている。IFRS16号の適用を取り巻く重要な複雑性として、割引率の決定とITシステムと述べている。しかしながら、同じくリスクとして識別した共同支配事業のオペレーターがリース契約を締結した場合や、複雑にストラクチャリングされたリース契約の会計処理について、どのような判断をしたのかについては言及していない。
リース契約の会計処理のためのITシステムがインプットとアウトプットも含めて、内部統制が有効であることを監査委員会に報告したと報告している。しかしながら、使用権資産とリース債務の追加計上の実証手続については、許容範囲の下限であったものの、許容範囲内だったと説明している。この許容範囲内という結論が、分析的実証手続を実施した結果、期待値と開示されている金額との差異が許容範囲内なのか、詳細テストで発見された監査差異が許容範囲なのかがはっきりしないところが残念である。
全体的な感想としては、リスクの評価については、インダストリーの特殊性や会計処理の論点を具体的に識別していると感じるが、リスクへの対応について、実施した手続の内容が明確でない部分が含まれていると感じられる。
(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)