KAMの事例でコーポレートガバナンス

2020年から日本でも導入されるKAM(Key Audit Matter)。日本では「監査上の主要な検討事項」と呼ばれ、企業の監査における重点領域に関する情報が、監査報告書で報告されるようになる。この監査における重点領域は、いわゆるリスクアプローチによって決定されることから、KAMを理解するためには、リスクアプローチの理解が重要になる。グローバル企業の監査に長年携わってきた監査のプロフェッショナルが、KAMの事例を紹介しながら、社外取締役や監査役などガバナンス責任者、さらに投資家などの方々に、KAMを理解すれば何がわかるのか、そして何がわからないのかについて、できるだけ簡単な言葉で、わかりやすくアドバイスします。

上場企業のガバナンス責任者は、KAMをテコにして、監査法人の監査手続に対する理解を深め、企業のガバナンスを強化することができます。投資家は、KAMを理解することにより、アニュアルレポートによる企業の開示をさらに深く理解することができます。 監査における情報の非対称性を解消し、資本市場の健全化に貢献したい。そのためのブログです。

スイス

KAMの事例分析 - (スイス)ロシュ 2018 (5)

スイスの製薬会社であるロシュのKAM分析の5回目である。

ロシュのアニュアルレポートは、Annual ReportとFinance Reportに分かれている。

Roche - Finance Report 2018
Roche - Annual Report 2018
監査報告書はFinance Reportの142頁から149頁に、8ページにわたって掲載されている。

  1. 監査報告書に記載されているKAMを読み、
  2. ISAのリスクアプローチでの手続と比較しながら分析し、
  3. KAMの記載に含まれていない手続を識別することにより、
  4. 企業のガバナンス責任者の立場での監査人への質問事項をまとめる
ということを、引き続きやっていこうと思う。

それでは、今回は、5つのKAMのうち、最後のフラットアイアン・ヘルス社(Flatiron Health Inc.)の取得について解説したい。
(監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。)

監査上の主要な検討事項

当グループは、2018年4月5日にFlatiron Health、Inc.(以下「Flatiron Health」)を買収し、総対価1,616百万米ドルを支払った。対価は、主に無形資産およびのれんそれぞれ695百万スイス・フランおよび1,128百万スイス・フランに配分された。Flatiron Healthの買収により、マネジメントは、無形資産の識別と評価、および識別されたシナジーから恩恵を受ける資金生成単位への取引から生じるのれんの配分に判断を適用する必要がありました。

注記6「合併および買収」のセクションで、取引に関する説明がある。

 2018年4月5日に、グループはニューヨーク市を拠点とする非上場米国企業Flatiron Healthの100%支配持分を取得しました。Flatiron Health社はがん研究におけるリアルワールドエビデンスの分析と開発や、腫瘍学専門の電子健康記録のソフトウエアの分野でのマーケットリーダーである。

なお、リアルワールドエビデンスとは、臨床試験データのことで、こういったデータやソフトウェアが無形資産に計上されていることが分かる。さらに無形資産の価値を大きく上回る価値ののれんが計上されている。

無形資産の評価に関連して、KAMは下のように説明している。

Flatiron Health社のテクノロジー・プラットフォームの公正価値は、マネジメントの予測と、割引率、税率および外国為替レートといった観察可能な市場データをベースとした超過収益法により算定しました。 現在価値は、Flatiron Healthのリスク調整割引率10.4%を使用しました。 評価は独立したバリュエーションサービス業者によって行われました。

次に、のれんの評価に関連する説明として、下のように述べている。

のれんは、癌治療における個人別のデータ・ドリブン診療への進歩を加速させ、その使用を促進することの価値を表しています

リアルワールド・エビデンスの活用を促進することにより、腫瘍学の研究開発のための新しい業界標準を設定する。 さらに、コントロールプレミアム、獲得したワークフォース(労働力)および予想されるシナジー効果を表しています。 なお、のれんは、所得税の算定で損金算入できるものではありません。

1,616百万米ドルの対価が、Purchase price allocation (取得原価の配分)によって、無形資産とのれんに、それぞれ695百万スイスフランと、1,128百万スイスフラン配分されたとある。監査報告書に重要性の基準値は開示されておらず、監査人がこのKAMを「特別な検討を必要とするリスク」としたのかはわからない。仮に、税引前利益の5%である707百万フランを重要性の基準値とみなした場合、この金額は重要性は高いと判断されるが、一方で取得1年目において、減損リスクがどの程度あるかは判断が分かれるところであろう。 

そうはいっても、のれんの減損リスクが2つ目のKAMとなった、インターミューン社の場合、2014年に取得されたものの、2018年に2,040百万スイスフランののれんが全額減損し、製品関係無形資産も2018年末時点で、2,413百万スイスフランの残高があるものの、2017年に1,664百万スイスフラン減損し、2018年にそのうち274百万フランの減損の戻入れをおこなうなど、その評価には大きな不確実性のリスクがつきまとうものである。したがって、監査人が、これらののれんや無形資産の評価において適用されたマネジメントの仮定や判断の妥当性にフォーカスしたことは、妥当だと考えられる。

 無形資産の評価に関する主な仮定には、収益の成長率、割引率、および競争環境が含まれます。我々は、特に、Flatiron Healthのテクノロジー・プラットフォームの評価にフォーカスし、陳腐化率に関して追加の検討が必要と判断しました。この取引から生じたのれんは、ロシュの医薬品事業部門の資金生成単位に割り振られたが、Flatiron Healthのリアルワールドエビデンスを利用したグループの腫瘍学研究開発活動のベネフィットもたらされることを反映している。

監査人がフォーカスした過程や判断が説明されている。収益の成長率と、競争環境については、マネジメントの予測が大きく影響し、特に超過収益力をあらわすのれんの評価において重要である。インダストリーの知見も見積りにあたって必要だと思われる。 ただし、上の説明から監査人はむしろ、無形資産であるテクノロジー・プラットフォームの評価にフォーカスしたと判断できる。のれんの評価は、資産、負債に所得価格を配分した残余として求められることから、のれん自体の評価ではなく、識別可能資産であるテクノロジー・プラットフォームの評価にフォーカスしたものと思われる。また、のれんについては、その評価額とともに、どの資金生成単位(CGU)に割り振るかについてもフォーカスしていることがわかる。どの資金生成単位に割り振るかによって、将来の減損評価に影響することを考慮したものである。

Flatiron Health、Inc.の買収に関する詳細については、以下を参照してください。127頁(注記33、「重要な会計方針」)、46頁(注記1、「一般的な会計方針 - 主要な会計上の判断、見積りおよび仮定」)および58〜61頁(注記6、「合併および買収」)。


注記6には、フラットアイアン社のみならず、すべての合併および買収、資産の取得の案件が重要性に応じた詳細な情報が開示されている。
下は、フラットアイアン社の取得に関するものである。無形資産として製品関係無形資産608百万スイスフランと、市場関係無形資産87百万スイスフランの合計695百万スイスフランと、のれんが1,128百万スイスフランが含まれている。

ロシュ_Flatiron


注記33「重要な会計方針」、注記1「一般的な会計方針 - 主要な会計上の判断、見積りおよび仮定」には、会計方針に関する説明であり、取引に固有な情報は含まれていない。

 


続いて、以下が、KAMに対する監査手続である。

Flatiron Healthの取得に関連する、我々の監査手続には、取引を裏付ける契約関係書類の検討が含まれていた。また、デューデリジェンスおよび評価報告書に含まれる情報、ならびに取締役会に対するマネジメントの社内プレゼンテーション資料についても検討しました。

取引に関する理解を得るための手続きであり、リスク評価手続である。外部のバリュエーション専門家によるデューデリジェンスレポートを検討したり、企業内での稟議資料を検討することにより、見積りに使われたモデルやインプットの理解や、マネジメントの判断の領域を理解している。また、これらの資料の整合性についてもチェックして、全体として合理的かどうかを判断していると考えられる。

 

しかしながら、企業内マネジメントによる見積りのレビューや、取締役会でのレビューに関する内部統制について、監査人がどのように理解したのかについての説明は含まれていない。

このような取得取引は、ルーティン的に行われるものでなく、取引のあった都度に実施されるため、その内部統制を識別するのは難しい場合がある。しかしながら、特に「特別な検討を必要とするリスク」の場合、監査人は、リスク評価手続において、マネジメントがそのようなノン・ルーティン取引の重要なリスクに対してどのような対処したかを理解する必要がある。(ISA315.A146)。 

ISA315 A146

重要なノンルーティンな事象、または判断領域に関するリスクは、ルーティンな内部統制が効いていない可能性が高く、マネジメントは、そのようなリスクに対処するために別の方法で対応しているかもしれない。したがって、監査人はノンルーティンな事象または判断領域に関する「特別な検討を必要とするリスク」に対しては、そのコントロールのデザインと実装について理解する必要があるものの、マネジメントがそのようなリスクにどのように対応したかを理解することでも許容される。その場合、考えられるマネジメントの対応としては、

  • シニアマネジメントまたは、専門家が仮定をレビューするコントロール
  • 見積りを文書化するプロセス
  • ガバナンス責任者による承認
無形資産の評価に対する実証手続である。

 当社は、特定の無形資産を評価するためにマネジメントが使用するメソドロジーの妥当性を批判的に検討し、Flatiron Healthが事業を行っている事業分野の理解に基づいて、それらの無形資産の耐用年数を類似のテクノロジー・プラットフォームと比較しました。さらに、適切な範囲の陳腐化率の検討にあたって、代替的方法について検討しました。

無形資産の評価にあたってマネジメントは外部のバリュエーションサービスを利用しているが、監査人がバリュエーション専門家のサポートを受けているのかは分からない。下に説明されているように取得価格配分の評価において専門家のサポートを受けていることから、無形資産の評価についても、専門家がおこなっている可能性はある。

注記10「無形資産」にフラットアイアン社のからの無形資産585百万スイスフランの残存償却年数が14年となっているため、当期を含めて15年と見積もったと思われる。耐用年数の見積りについては、類似のテクノロジー・プラットフォームとの比較において評価したと説明されている。

ロシュ_無形資産
また、将来キャッシュフローの算定にあたって、テクノロジーの陳腐化率を考慮しているが、監査人が代替的方法を含めて検討していることが分かる。代替的な方法を考慮することにより、感応度を分析し、重要な虚偽表示リスクを評価しているものと思われる。
会計上の見積りに対する監査手続として、特に「特別な検討を必要とするリスク」の場合は、マネジメントが見積りの不確実性について適切に対処したことを評価することが求められるが、どのような評価を行ったかについては、特に言及されていない。

我々は、バリュエーション専門家の支援を受けながら、取得価格配分(Purchase Price Allocation)においてマネジメントが使用している主要な見積もりおよび仮定を評価した。この評価では、適用された割引率の妥当性と、収益の成長率と競争環境に関して行われた主な仮定に焦点を当てました。

当社は、同様の性質を持つ他の取引を参照し、また主要な仮定に対して感応度分析を行うとともに、セクターの専門知識に基づいてこれらの仮定を批判的に検討した。

取得価格配分において、監査人がバリュエーション専門家を利用していることがわかる。マネジメントから入手したデューデリジェンス・レポートをレビューし、そこで使われている主要な仮定を評価していると思われる。割引率については、株価収益率やマーケットリスクプレミアムなどから、ハリュエーション技法で算出できる。一方、収益の成長率や、競争環境に関する仮定は、マネジメントによる重要な仮定であるが、評価するのが難しい。監査チームは、同様の性質を持つ他の取引を参照し、セクターの専門知識に基づいて検討したとあるが、監査チーム外で、業界の知見を有するインダストリー専門家を利用したのかどうかは明確でない。

 

仮定に対して感応度分析を行えば、特にどの仮定の感応度が高いのかが分かるはずである。監査人は、感応度分析の結果、見積りがどれくらいのレンジで変動し、それが重要な虚偽表示リスクなのかどうかを評価しているはずである。批判的検討をしたのは分かるが、感応度分析の結果をどのように判断したかまではわからない。

監査のさまざま局面において、私たちはマネジメントが利用した社外のバリュエーションサービス業者に問い合わせをしました。

デューディリジェンスを実施した社外のバリュエーションサービス業者と思われるが、どういう目的で問い合わせをしたのかが疑問である。マネジメントが利用している専門家の独立性と能力を確認することは監査手続として必要であるが、監査のさまざまな局面で問い合わせした理由がよくわからない。マネジメントが利用する専門家は、マネジメントをサポートする役割である。監査人が直接、マネジメントが利用する専門家に問い合わせする必要性は通常はないはずである。 

私たちは、買収で認識されたのれんのレベルを正当化するために、Flatiron Healthのリアルワールド・エビデンスがロシュの事業内でどのように使用されるのか、またその他の予想されるシナジー効果について理解を得ました

我々はまた、ロシェの製薬事業部門の資金生成単位にのれんを配分するというマネジメントの判断の適切性を評価しました。

リアルワールド・エビデンス(臨床データ)がどのように使われ、それによるシナジー効果がどれくらいあるのかによって、のれんのレベルの妥当性や、CGUへの配分の判断の妥当性を評価したことがわかる。ただし、具体的に、どのように評価したのか、その評価にあたって、業界の知見を有するインダストリー専門家のサポートを利用したかまではわからない。 

我々はまた、買収に関する当グループの開示が関連する会計基準の要件を満たしているかどうかを評価した。

ISAでの要求事項は、開示のみならず、見積りの方法についても会計基準の要件を満たしていることを評価することも求めているが、KAMでの説明はこのように開示についてのみ会計基準への準拠性に言及するケースが多い。
(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)
ロシュ_KAM5

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KAMの事例分析 - (スイス)ロシュ 2018 (4)

スイスの製薬会社であるロシュのKAM分析の4回目である。

ロシュのアニュアルレポートは、Annual ReportとFinance Reportに分かれている。

Roche - Finance Report 2018
Roche - Annual Report 2018
監査報告書はFinance Reportの142頁から149頁に、8ページにわたって掲載されている。

ISA701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項のコミュニケーション」は、監査人が監査報告書に記載すべき内容については、監査人の職業的専門家としての判断に委ねているため、KAMへの監査上の対応として、監査報告書に記載されている内容は未だ定まっていない面が見られる。監査報告書の利用者が、リスクアプローチに基づくあるべき監査手続を理解した上で、理解できない部分について、監査人に質問し、株主などステークホルダーにも説明できるようになることが、監査の透明性を実現するために重要だと感じている。


今回は、5つのKAMのうち、4つ目、不確実な税務上のポジションに関するKAMについて解説したい。
(監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。)

グループは世界中の様々な税務管轄区域にわたって事業を展開しているため、製品、商品およびサービスのクロスボーダー移転価格に関する取り決めや、投資、投資の売却、およびライセンス契約の統合に関係する資金調達や取引関連の税務上の問題が、現地の税務当局によってしばしば調査の対象になることがあります。特にフォーカスされている領域には、移転価格の取り決めが含まれるグループの製造およびサプライチェーンに関連するものなどが含まれる。

課税上の問題は複雑、税金に関するテクニカルな知識、当局の考え方も理解しないといけない。特に移転価格については、各国の税務当局の利害も関係するため、その見積りは非常に複雑で判断を要する場合が多い。見積もっている人の能力が十分かどうかも重要である。

税金負債の金額が不確実である場合、グループはその管轄区域での既知の事実に基づいて、マネジメントの最善の見積りを反映した未払額を認識する。当グループは、潜在的影響の範囲が広範に及ぶような様々な未解決の税務上および移転価格について、税務当局との間で協議を行っている。 20181231日現在、グループが認識している、未払税金負債3,808百万スイスフランに、不確実な税務上のポジションに対する税金負債が含まれている。

注記5「法人所得税」の開示の抜粋である。脚注として、未払税金負債3,808百万スイスフランに、不確実な税務上のポジション(Uncertain tax position)が含まれていると書かれている。

ロシュtax

不確実な税務上のポジションの詳細については、以下を参照してください。

127頁(注記33、重要な会計方針)、46頁(注記1一般的な会計方針 - 主要な会計上の判断、見積りおよび仮定)および5557頁(注記5、法人所得税)

注記33、重要な会計方針のセクションの138頁に下の説明があるが、不確実性が税金負債の金額にどのように反映されているかは判断できない。

未払税金負債は、子会社の留保利益の将来の配当に対する源泉税に関するものであるが、予見できる将来に配当が見込まれる場合のみ認識されている。税金負債の金額が不確実である場合は、最終的な要支払額を、想定される特定状況とグループの過去の経験をベースとした、マネジメントの最善の見積り金額を未払法人税に含めて計上している。


ここから、KAMに対する監査人の対応であるが、不確実性について開示されている情報が限定的なことが、監査人の対応手続の記載にどのように影響しているかが気になるところである。

我々の監査手続には、税務部門の従業員への質問および関連会社のマネジメントを通じて、不確実な税務上のポジションの理解を得ることが含まれていた。我々は、税務当局とのやりとりに関連する文書をレビューし、税務上のエクスポージャーが検討され必要に応じて引当てがなされているかどうかを検証した。

まずリスク評価手続である。税務上の不確実性に関する問題は、通常非常に複雑である。税金に関するテクニカルな知識が要求されるとともに、複雑な状況が絡んでいることが多い。また各国の課税当局の考え方も理解する必要がある。

監査人は、企業の税務部門の担当者への質問や、海外グループ会社のマネジメントを通じて、税務上のポジションを理解したと説明している。また、個別の問題に関しては、サポート文書として、税務当局とのやり取りに関連する文書を入手し、レビューしたことがわかる。

一方で、企業の税務部門の担当者の能力は十分なのか、税務専門家を活用して、必要に応じて正式な見解を入手しているかなど、十分な検討を行う体制ができているのかについても言及がない。

税金負債の見積りにおいては、控除項目であるタックスベネフィットが識別され、それが税務当局に認められる可能性を判断が必要になる。タックスベネフィットをグループがもれなく識別し、その見積りにおいてどのように不確実性を考慮したのか、さらにその見積り結果がレビューされているのかなど、グループの内部統制について、監査人がどのように検討したのかが明確に記載されていない。

重要な事項については、現地の税務専門家のサポートを得て、税務当局との二重課税紛争や、未確定の税務調査の決着への見通しや、税務上のエクスポージャーの見積もりについて、マネジメントの判断を批判的に検討した。最も重要な不確実な税務ポジションについては、第三者による移転価格に関する研究調査や、可能な場合は、各管轄区域の税務当局との過去の経験を利用することも検討しました。さらに、我々は、我々の税務専門家の専門知識を利用して、マネジメントが行った主要な仮定の妥当性を評価し、その結果について最良の見積もりについて結論を下しました。

次に、KAMへ対応するリスク対応手続である。重要な不確実性のある税務ポジションについて、コンポーネント監査チームが税務専門家のサポートを受けながら、マネジメントの判断を批判的に検討したことがわかる。これは、実証手続によるリスク対応と思われが、内部統制テストとして、どのような内部統制を識別し、その有効性をテストしたかどうかについては明確に示されていない。

マネジメントが行った主要な仮定の妥当性を評価し、マネジメントの見積りについて結論を下したとあるが、重要な虚偽表示がないという判断を下すにあたっての十分かつ適切な証拠として何か得られたのかがわからない。

第三者による研究調査を利用することを検討したとあるが、実際に入手しているのかどうか、その検討結果がどうだったのかについては言及されていない。

我々の監査アプローチには、製品、商品及びサービスに適用される移転価格並びに知的財産権に関する、より重要な不確実な税務ポジションを検討するためにグループレベルで実施した追加の監査手続を含んでいる。

より重要な不確実な税務ポジションについては、コンポーネント監査チームによる批判的検討に加えて、グループ監査チームによるグループレベルの検討を行ったことがわかる。
なお、グループ監査についてはこちらを参照して欲しい。


最後に、統治責任者の立場で、監査人に対して追加的に質問したい内容についてまとめてみる。

<リスク評価>

  • 「特別な検討を必要とするリスク」を識別したのかどうか。
  • 不正リスクは識別したのか、識別した場合は、どういう不正シナリオを想定したのか。
  • 企業の税務部門の担当者の能力は十分なのか、税務専門家を活用して、必要に応じて正式な見解を入手しているかなど、十分な検討を行う体制ができているのか。
  • 税務専門家の能力はどのように評価したのか。
  • 税金負債の見積りにおいて、グループは、控除項目であるタックスベネフィットをもれなく識別し、その見積りにおいてどのように不確実性を考慮したのか。
  • 見積り結果のグループ内のレビュー体制や内部統制について監査人はどのように理解したのか。
<リスク対応>
内部統制
  • 重要なリスクに関連するとして識別された内部統制
  • 識別された内部統制の検証結果
実証手続
  • 重要な控除項目の内容、税務当局に容認される可能性の評価
  • 第三者による研究調査を利用することを検討したとあるが、実際に入手しているのかどうか、その検討結果がどうだったのかい。
  • 重要な虚偽表示がないという判断を下すにあたって入手された十分かつ適切な証拠は何か。
(参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)

    ロシュ_KAM4



    KAMの事例分析 - (スイス)ロシュ 2018 (3)

    スイスの製薬会社であるロシュのKAM分析の3回目である。

    ロシュのアニュアルレポートは、Annual ReportとFinance Reportに分かれている。

    Roche - Finance Report 2018
    Roche - Annual Report 2018
    監査報告書はFinance Reportの142頁から149頁に、8ページにわたって掲載されている。

    これまで、収益認識とのれんの評価のKAMを読んできたが、ロシュのKAMでは、BAE Systemsの2018 Annual Reportと違って、リスクアプローチにそって、監査人が、どのようにリスク評価とリスク対応手続を行ったかが説明されていないという印象だ。 ISA315に従って、監査人が内部統制のデザインや実装をどのようにテストしたのかが明確に書かれておらず、実証手続による対応に重点をおいた説明になっている。「特別な検討を必要とするリスク」なのか、あるいは、不正リスクに対応して、監査人が職業的専門家としてどこまで懐疑心を発揮したのかも明確でない。
    ISA701は、KAMの説明について具体的な内容を示しておらず、すべての企業にそのレベルの説明を求めるわけにはいかない。監査報告書の利用者がISAのリスクアプローチの理解を深め、企業や監査人に質問しくことにより、より分かりやすいKAMの説明になっていくことに期待したい。

    それでは3つ目のKAM、製品関連無形資産の簿価を読んでいこう。
    (監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。)

    監査上の主要な検討事項

    グループは、企業結合またはライセンス・インの契約を通じて取得した重要な製品関係無形資産(2018年12月31日 -  8,956百万スイスフラン)を保有しています。これらは、使用可能で償却されている製品関係無形資産(5,180百万スイス・フラン)と使用不可能で償却されていない製品関係無形資産(3,776百万スイス・フラン)から構成されています。資産が減損している可能性があるという証拠がある場合は、すべての製品関係無形資産について減損テストが行われます。 まだ使用可能となっていない無形資産についても毎年減損テストが行​​われます。

    医薬品の開発費用などの無形資産を製品関係無形資産と呼んでいるが、自社開発の場合は資産計上できない。企業結合やライセンス契約で対価を払った場合のみ計上できる。下にも参照されているが、Finance Reprt73頁の注記10に詳細情報が開示されている。製品関係無形資産が、使用中(5,180百万スイスフラン)と未使用(3,776百万スイスフラン以外に、市場関係無形資産(146百万スイスフラン)と技術関係無形資産(244百万スイスフラン)が開示されている。
    さらに、当期の減損損失の計上額は、使用中の製品関係無形資産で303百万スイスフラン、未使用で763百万スイスフランである。
    重要性の基準値は開示されていないが、仮に、税引前利益の5%が重要性の基準値とみなすと、707百万スイスフランとなり、のれんの帳簿価額(4,870スイスフラン)、当期ののれんの減損損失(2,040百万スイスフラン)と比較しても、同じくらい重要性があると考えられる。

    使用中の製品関係無形資産(5,180百万スイス・フラン)は、主に発売された取得製品に関連しており、その主なリスクは関連製品をうまく商品化する能力に依存している。最大の単一の無形資産は、2014年のインターミューン社の買収により生じたもので、エスブリートに関連しています(2,413百万スイスフラン)。我々はこの使用中の製品関係無形資産にフォーカスした。なぜなら、すでに減損計上されていて、ヘッドルーム(余裕)が低水準になっていること、さらに回復可能性の評価には本質的に判断が必要な将来のキャッシュフローの予測および割引が含まれるからである。主要な見積もりおよび仮定には、収益成長、独占権の喪失のタイミングおよび影響、割引率、ならびに競合製品の開発および商品化が含まれます。収益成長のドライバーには、持続率、治療率および市場シェアが含まれます。


    注記10には、重要な無形資産として、使用可能な製品関係無形資産が開示されている。その中で、もっとも金額が大きいものがエスブリート(2,413百万スイスフラン)であり、監査人はこれの評価にフォーカスしたと説明している。なお、エスブリートとはインターミューン社が開発していた突発性肺線維症の医薬品であるが、ロシュが買収したことによって無形資産が計上されたものである。上で説明されているように2017年に1,664百万スイスフランの減損損失を計上している。なお、インターミューン社の買収から生じたのれんについては、無形資産の減損の翌年、当期に2,040スイスフランの減損損失を計上しており、これについて2つ目のKAMが識別されている。

    使用不可能な無形資産(3,776百万スイスフラン)の多くは、進行中の研究開発資産です。研究開発プロセスには固有の不確実性があり、特に、使用不可能な無形資産には減損のリスクがあります。減損の評価にあたって、マネジメントは、新製品の臨床的、技術的および商業的な実行可能性について、重要な仮定をしたと、重要な判断を行使する必要があります。したがって、我々も監査業務にあたっては、これらの領域にフォーカスしました。リスクには、試験結果が成功に到達できないこと、要求される臨床および/または規制当局の承認を得られないこと、さらにグループが研究または開発に関する重要な資産を有する治療分野における競争の激しい事業環境が含まれます。

    エスブリートは使用中の製品関係無形資産であるが、使用不可能な無形資産の減損リスクにもフォーカスしたという説明である。当期の減損損失の計上額は使用不可能な無形資産の方が大きい。

    現在進行中の開発が成功し、認可を受け、市場競争の中で商業的に成長するかどうかを判断し、回収可能性を評価する上で、マネジメントが行った仮定にフォーカスしたことがわかる。

    以上を総括すると、監査人の無形資産のリスク判断としては、①使用可能な無形資産については、金額が大きく、ヘッドルームの小さいエスブリートにフォーカスし、➁使用不可能な無形資産については、その減損リスクにフォーカスしたと理解できる。

    なお、注記10には、減損が全額(Full impairment)か、一部(Partial impairment)なのかがわかるように開示されているが、FullかPartialのリスク評価への影響については言及されていない。

    製品関係無形資産の帳簿価額に関する詳細については、以下を参照のこと。

    127頁(注記33、「重要な会計方針」)、46頁(注記1「一般的な会計方針 - 主要な会計判断、見積りおよび仮定」)および72〜75頁(注記10、「無形資産」)

    注記1は、企業が採用する会計方針のサマリーである。注記33には企業にとって特に重要な会計方針が説明されており、その中にR&Dに関するセクションと、有形固定資産および無形資産の減損に関するセクションが関連する。無形資産の詳細については注記10に開示されている。

    次に、監査人のKAMへの対応手続である。

    我々の監査手続には、とりわけ、収益予測、耐用年数および割引率など、回収可能価額の決定に使用される主要な仮定の頑健性を批判的に検討することが含まれていた。我々の批判的検討は、個々の製品の商業的見通し、ならびにそれらの事業に関連するビジネス領域およびマーケットに対する我々の理解に基づいて実施しました。当社は、我々のバリュエーション専門家によるサポートを、割引率に関連してマネジメントが使用した仮定およびメソドロジーの評価に利用した。

    収益予測や耐用年数、割引率が主要な仮定であることから、上のリスク対応手続が、使用可能な製品関係無形資産の評価に対する実証手続であることがわかる。リスク評価ではエスブリートの無形資産にフォーカスしたとあったが、個々の製品の商業的見通しを評価しており、特にエスブリート固有のリスクへの対応というよりは、使用可能な製品関係無形資産全体に対して行われた手続と考えられる。

    専門家としてバリュエーション専門家を利用していることがわかる。1つ目の収益認識リスクのKAMへの対応については専門家の利用が言及されていなかったが、求められる専門的能力としては共通している部分もあると思われるので、収益認識のKAMについても専門家の利用ができたのではないかと思われる。
    実際に実施した手続としては、監査人が、専門家のサポートを受けながら、収益予測や耐用年数、割引率といった仮定について、自分たちの理解をベースに批判的な検討をしたことはわかる。しかしながら、会社の見積り方法をどのように理解したのか、内部統制をどのように理解したのかについては、説明されていない。
    仮定の頑健性について、どのように批判的に検討したかについては、次に説明されている。

    我々は、関連する仮定をインダストリーの予測と比較したり、アナリストの解説をレビューしたり、マネジメントによる過去の予測の精度を遡及的に評価したりすることによって、予測販売価格および予測販売数量、ならびに治療領域または体外診断市場における製品の予測シェアといった重要なインプットに関する独自の評価を行った。我々は、たとえばエスブリートの場合のように、マネジメントの仮定を入手可能な外部データと比較しました。私たちは、個々の無形資産の減損モデルについて感応度分析を行い、主要な仮定に対するそれらの感応度を評価することにより、マネジメントがリスクに対して計上している引当金をその領域にフォーカスして評価することができました。

    マネジメントの仮定の批判的検証が、かなり具体的に説明されている。エスブリートについては、外部データと比較したとあるが、エスブリート以外の製品関係無形資産については、外部データと比較してたかどうかは説明されていない。
    また、監査人が会計上の見積りの実証手続で十分かつ適切な証拠を入手する方法として、マネジメントの見積り方法や仮定が合理的であると判断する場合と、監査人による独自見積りとマネジメントの見積りの差が許容範囲内であると判断する場合がある。上の説明では、監査人がどのように十分かつ適切な監査証拠を得たと考えたのかまでは明確に説明されていない。

    しかしながら、企業の統治責任者であれば、このKAMが「特別な検討を必要とするリスク」なのか、また不正リスクが認識しているかについては、監査人とのコミュニケーションの中で知ることができるし、このKAMの内容を踏まえて、さらに詳細な情報を聞き出すことが可能である。
    例えば、会計上の見積りに対する手続として、例えば以下の内容について監査人に説明を求め、さらに理解を深めることができるであろう。
    • マネジメントの過去の予測の精度を、遡及的に評価した結果の詳細と監査人の評価
    • マネジメントの減損テストの方法はIFRS(IAS36「資産の減損」)と合っているのかどうか。
    • マネジメントの見積り方法の変更の有無。変更があった場合の合理性。
    • マネジメントの見積りに対するチェック体制や内部統制の有効性に対する監査人の評価。
    • 経営者の仮定と比較した具体的インダストリーデータの内容、出所。
    • データの出どころは1か所か、それとも複数のデータを比較したのか。
    • 外部データの信頼性はどのように評価したのか。
    • 経営者の仮定と、インダストリーデータの差と、感応度分析との関係。
    • マネジメントが、見積りの不確実性について適切に対処したのかについての監査人の評価。
    • 感応度分析の結果、なぜ重要な虚偽表示リスクがないと判断できたのかについての定量的説明。
    • 監査人が参考にしたアナリストの解説の具体的内容。そこから矛盾する証拠は識別されたか。
    • マネジメントの仮定や判断に対する監査人の質的な評価。

    上のような例示は、ISAで監査する上で監査人が検討すべき事項であるので、監査人は、統治責任者の質問に対して、何らかの回答はあるものと考えられる。

    さらに、使用不能な製品関係無形資産に対する手続として以下のように説明されている。

    まだ使用可能となっていない製品に関する無形資産に対する我々の手続には、規制当局による承認を得る可能性に関するマネジメントの仮定の妥当性の評価が含まれているが、そのために、インダストリーの慣行との比較、過去の実績、ならびにグループの内部統制および承認プロセスの検討を行った。また、これらの仮定を理解し、それを批判的に検討するために、多数の上級研究開発担当および営業担当者にインタビューを行いました。

    使用不能な製品関係無形資産についても、マネジメントの仮定の妥当性について評価を行っている。開発した医薬品が認可を得る可能性についての仮定であり、上の使用可能な製品関係無形資産とは、仮定が異なると考えられるが、どういった仮定なのかは具体的に説明されていない。

    認可をうける可能性を評価するにあたって、インダストリー慣行の比較や過去の実績を検討したと思われるが、インダストリー慣行とは具体的にどういったもので、過去の実績は具体的にどういったデータをどう評価したのかがわからない。評価の方法についても、監査人の知識をベースにどのように評価したのか、専門家のサポートはあったのかについても説明されていない。

    グループの内部統制おらび承認プロセスの検討をおこなったとあるが、内部統制のデザインと実装をテストしたのかはわからない。多数の上級研究開発担当および営業担当者にインタビューしたとあるが、内部統制を理解するためのインタビューなのか、その結果識別された内部統制は評価されたのかはわからない。

    KAMへの対応として監査報告書に記載する内容は、ある程度限定的にならざるを得ないが、企業のマネジメントや統治責任者は、監査人と十分に情報共有を行い、開示されている内容について理解を深めておくことが重要だと思われる。

    (参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文 (クリックして読んでください。)


    ロシュ_KAM3

    KAMの事例分析 - (スイス)ロシュ 2018 (2)

    今回も引き続き、スイスの製薬会社であるロシュを取り上げたい。

    ロシュのアニュアルレポートは、Annual ReportとFinance Reportに分かれている。

    Roche - Finance Report 2018
    Roche - Annual Report 2018
    監査報告書はFinance Reportの142頁から149頁に、8ページにわたって掲載されている。


    前回は、収益認識のKAMについて解説したが、企業固有の情報は含まれていたものの、(英)BAE Systemsと比べて、監査人のリスク評価とリスク対応手続の関係がはっきりしないなど、手続の記述の詳細さに差があるという印象を受けた。

    二つ目のKAMはのれんの評価である。
    (監査報告書に記載されているKAMの原文は、この記事の最後に貼り付けているので、参考にして欲しい。)

    KAMの冒頭に、監査人のリスク評価が説明されている。

    2018年1月1日現在、グループは、医薬品事業部門においては、過去の買収から生じたのれんが4,870百万スイスフラン計上されている。主要なのれんはジェネンテック社とインターミューン社の過去の買収から生じたものであり、より小規模な技術取引および製品取引も同時に行われた。のれんの減損テストは年1回行われ、さらに報告日に減損テストが行​​われます。


    当期中、マネジメントは医薬品事業部門において、のれんの配分に使用された資金生成単位(「CGU」)の再評価を行った。マネジメントは、のれんを適切な事業に配分したり、各CGUの将来の業績および見通しを評価したりする場合において、その判断を行使することが必要となった。この再評価の後、マネジメントは、インターミューン社ののれんについて、2,040百万スイスフランの減損損失を計上した。


    減損テストでは、予想販売量および価格設定を含む、マネジメントにより承認された最新の長期計画に基づく将来のキャッシュフロー予測を使用します。長期計画は5年先まで予測して作成されます。

    我々は、判断および見積りが求められる度合いが大きいこと、ならびに当期に減損損失されていることを考慮して、特にインターミューン社ののれんにフォーカスした。

    1つ目のKAMと同様に、ISA315のリスク評価手続として、監査人がどういう手続でリスク評価手続を実施したかどうかは説明されていない。また、その結果として「特別な検討を必要とするリスク」を識別したのか、不正リスクを識別したのかどうかは言及されていない。
    仮に、税引前利益の5%が重要性の基準値とみなすと、707百万スイスフランであるため、のれんの帳簿価額、4,870スイスフランと、当期ののれんの減損損失2,040百万フランの重要性は高いと考えられる。

    監査人は、リスク評価の結果、もっとも金額の大きいインターミューン社ののれん計上額に関連する判断と見積りと、減損損失にフォーカスしている。一方、BAE Systemsの場合は、のれん全体に占める割合が2%程度しかないCGUの将来キャッシュフローについて、「特別な検討を必要とするリスク」を識別し、さらに、主要な成長ドライバーである部門にフォーカスしていた。
    どちらも減損損失が発生したのれんにフォーカスしており、減損損失の認識により、余裕率(Headroom) がほとんどなくなっていることを、リスクと考えていると思われる。ただし、ロシュの場合は、金額的に最大ののれんの評価全体にフォーカスしている一方、BAE Systemsの場合は、2%ののれんしか保有していないものの、感応度分析で減損損失が発生する可能性が高いと考えられるCGUに着目し、さらに、そののれんの評価にあたって、CGUの将来キャッシュフローのうち、特に成長を見込んでいるいくつかの部門にフォーカスするといった点で、リスクの絞り込みの程度が異なっていることがわかる。

    医薬品事業部門に関連するのれんの帳簿価額に関する詳細については、以下を参照のこと。

    127頁(注記33、「重要な会計方針」)、46頁(注記1、「一般的な会計方針 - 主要な会計判断、見積りおよび仮定」)および68〜71頁(注記9「のれん」)。

    のれん評価の感応度分析の開示は、注記9「のれん」に含まれているが、割引率を1%増やすとともにキャッシュフローを5%減らしても減損にならないという分析が開示されている。BAE Systems 2018 Annual Report の163頁にある感応度分析では、CGUごとに減損損失発生までの余裕(Headroom)と感応度分析との関係が表形式で示されており、より詳細な情報を含んでいる。
    企業が財務諸表に開示している情報のレベルが、KAMへのリスク対応について監査人が記載する内容に影響を与えている可能性もあるかもしれない。


    次に、リスク対応手続を読んでいこう。

    我々は監査手続として、グループの予測の手続やマネジメントが評価に使用した割引キャッシュ・フロー・モデルの完全性の評価などを実施した。製品の商業的見通しとそれらが商品化されている市場についての我々の理解に基づいて、CGUの特定および割り当て(経営者によるCGUの再評価を含む)、予想キャッシュフロー、成長率および割引率といった、回収可能価額の決定に使用される主要な仮定の頑健性にチャレンジした。

    企業が採用する予測の手続や、モデルの完全性の合理性の評価をしたり、主要な仮定の頑健性に対する批判的検討をおこなったことはわかるが、リスク対応手続としての内部統制テストをどのように実施したかについては言及していない。

    当社は、マネジメントが利用した仮定と評価手法を検討するにあたって、特に割引率について、関連する仮定を業界および経済の予測と比較する上でのサポートとして、当社のバリュエーション専門家を活用した。さらに、過年度からの仮定の変化を識別および分析することにより仮定の一貫性を評価するとともに、仮定と入手可能な公表情報との比較を行った。また、過去の予測を実際の結果と比較することにより、マネジメントの過去の予測の正確性について遡及的評価を行った。

    会計上の見積りのテストとして、バリュエーション専門家を利用して、企業が利用した仮定をインダストリーのベンチマーク比較やマクロ経済予測と比較したことがわかる。また、過年度からの仮定の変化を分析して、一貫性をもって仮定が決められているかどうかを評価するとともに、さらに、パブリック情報との比較することにより、矛盾する情報が無いかをチェックしているものと思われる。

    しかしながら、実証テストでのリスク対応については言及されているものの、企業として見積りが正しいことをどのようにチェックしているのか、企業内の体制や内部統制をどのように理解したのかが言及されていない。また、企業による見積りの方法がIFRSに準拠しているか、企業の見積りが監査報告書発行日までの最新の情報を反映しているかなどについても言及していない。

    過去の予測と、実際の結果を比較することにより、マネジメントの過去の予測の正確性について遡及的に評価しているが、経営者の偏向(バイアス)が無かったか、不正による虚偽表示リスクにつながっていないかの検討なのかが明確でない。(ISA240.32)

    また、減損評価の結果の重要な仮定の変化に対する感応度に関するグループの開示が、のれんの評価に内在するリスクを反映しているかどうかを評価した。

    ISA540「会計上の見積り」は、会計上の見積りが「特別な検討を必要とするリスク」である場合、会計上の見積りに内在する不確実性について、マネジメントが適切に対処しているかどうかを評価することが求めている。しかしながら、繰り返しになるが、監査人が、このリスクを「特別な検討を必要とするリスク」と識別しているかどうかが判断できない。また、上の評価が、マネジメントが、見積りの不確実性に適切に対処しているかどうかを評価しているのか、開示されている感応度分析が合理的かどうかを評価しているのかが、明確でない。仮に、後者である場合は、KAMとして識別したリスクと対応手続が合致していないのではという疑問が生じてしまう。



    (参考) 監査報告書に記載されているKAMの原文(クリックして読んでください。)
    ロシュ_KAM2

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